さらなる強さ

 メリーネと将来の約束をしてからしばらく経った。


 とはいえ、俺たちはまだそれらしいことはしていない。

 せいぜいが街でデートしたくらいか。

 それだって、よく考えたら今までも基本的に2人で行動していたのであまり変わらない気がする。


 別に仲が悪くなってしまったわけではない。

 今はこのくらいでいいと2人で話し合った結果だ。

 なにせ、今の俺たちはどうしたって侯爵家の次期当主と騎士爵の娘。

 婚約すらできない不自由な身分差がある。


 だからちゃんとした恋人になるのは、俺たちが壁を乗り越えて見事に婚約を果たすそのときまでお預けなのだ。

 なんせその方が、俺たちは頑張れる。


「えいっ! それ!」


 メリーネが2本の剣を振るい、ダンジョンの第3階層ボスであるグリフォンを攻撃する。


 その動きは第2階層を攻略したときよりも目に見えて良くなっており、速度も力も確実に強くなっていた。


「メリーネ、下がれ! ――『黒炎斬』!」


 俺の声を聞いたメリーネがパッとグリフォンから離れる。

 グリフォンはそれを追いかけて攻撃しようとするが、そうはさせない。敵の動きをさえぎるように俺の魔法が発動する。


「ルゥゥウウ!?」


 グリフォンの目の前で発生した黒い炎が、斬撃のような形を取って襲いかかる。

 避けようとするグリフォンだが、発生の速い魔法を完全には避けきれずに黒炎の斬撃が前脚の片方を切断した。


 A級の魔物であるグリフォンの体をたやすく斬り飛ばす炎の魔法。

 しかしその強力さとは裏腹にグリフォンの体に火をつけるようなことはなく、斬り飛ばされた前脚の切断面も綺麗なままだった。


「今度はわたしの番ですっ!!」


 俺が開発した新魔法が望み通りの結果を出したことに満足している中、4本の足の1つを失い態勢を崩したグリフォンへとメリーネが襲いかかる。


「ルァァアアアア!!」


 グリフォンは怒りをあらわにしながらメリーネを迎え撃つ。

 残った前脚から鋭利な爪を繰り出し、口からは炎を吐いて牽制する。


 しかしメリーネは止まらない。

 圧倒的な速度でグリフォンの攻撃をかいくぐり、その懐へと小さな体を潜り込ませた。


「そこですっ!!」


 力が込められたメリーネの剣がひらめくと、グリフォンの残ったもう片方の前脚を見事に斬り飛ばす。


「キュルルルゥゥゥアア!!??」


 あまりの痛みに絶叫し、大きくバランスを崩したグリフォンはとっさに大きな翼を羽ばたかせて空へと逃げようとする。


 だが、そうはさせない。


「『黒炎斬』」


 再度発生した黒炎が、今度はグリフォンの片翼を切断する。

 翼を失い飛ぶ力をなくしたグリフォンは、真っ逆さまに地上へと墜落していく。


 落ちていくグリフォンの落下点。

 そこにはすでに――剣を構えたメリーネがいる。


「これで決めますっ! やああああ!!」


 頭から落ちてくるグリフォンに、渾身の力を込めた剣を合わせ。

 下から掬い上げるように放たれたメリーネの剣戟けんげきは、そのそっ首を刎ね上げた。


「レヴィさまっ! やりましたっ!」


「ああ、確実に強くなってるな」


「えへへ、レヴィさまのおかげですよっ」


 グリフォンを倒したことで戦闘が終了し、駆け寄ってきたメリーネと言葉を交わす。


「現状、魔物の強さを基準に考えると俺は魔道具の制限がありでS級、なしでSS。メリーネは制限ありでA級、なしでS級ってところか」


「わあ、わたしたちってそんなに強くなってるんですね」


「努力したかいがあったというものだ」


「ですね!」


 順調に強くなっていることを確認し、笑い合う。


 メリーネは300キロの重量増加を完全に克服し、現在は400キロに挑戦中。

 その分身体能力はかなり高くなっている。


 一方で俺の方は課題だった火魔法の弱点を克服した。

 闇属性と火属性の魔法を合成した、黒炎魔法という新たな属性魔法を作り上げたのだ。


 黒炎魔法は火魔法と同等の威力を持つ。

 それに加えて闇魔法の特徴である性質の変化を行うことができる。この性質の変化は、影を媒介に発動する影収納のような魔法に現れる特徴だ。


 黒炎魔法の場合は通常の火より燃焼の力を高めたり、消えにくくしたり、今回のように逆に物を燃やさないようにしたりなどと応用ができる。

 これによって俺は火魔法を使うと素材がボロボロになり、闇魔法だと火力が足りないという問題を解決したのだ。


 この黒炎魔法はゲームにすら登場しなかった完全な新属性魔法。

 それどころか、異なる属性の魔法を合成させる『合成魔法』自体が俺のオリジナル。

 やはりレヴィ・ドレイクの魔法的資質は本物だ。


 黒炎魔法は有用な代わりに魔力の消費がかなり激しくなる。普通の魔法使いに扱える消費量ではない。

 しかし俺の現在の魔力量は、魔力増加の鍛錬を始める前と比べて100倍くらいまで伸びた。

 これだけあれば消費の激しい黒炎魔法だって問題なく使いこなせるのだ。


 ただ、最近は魔力の伸びが鈍化しているのが気になるところではある。そろそろ限界なのだろうか。


「あ、スラミィに食べさせなきゃですね」


 メリーネはハッとしたように呟くと、俺の足元で待機していたスラミィを抱えて倒れたグリフォンのそばへ行く。


「ほら、スラミィ。ごはんですよ」


 スラミィのジェル状の体が薄く伸ばされてグリフォン包み込む。スラミィの体に飲み込まれたグリフォンは少しずつ溶かされていき、やがて完全に消え去った。


「スラミィ、グリフォンに変身してくれ」


 俺が言うと、スラミィの小さな体はどんどんと大きくなる。

 やがて2メートルほどの体高のグリフォンのシルエットが出来上がり、直後に体色が変化していく。


 そうして現れたのは、さっきまで俺たちが戦っていたグリフォンとまったく同じ姿をしたスラミィだった。


「ルゥゥ」


「わあ! もふもふしてます!」


 グリフォンの姿になったスラミィに、メリーネが抱きつき幸せそうな声を上げる。


「やはり、スラミィは別格の魔物だな。エリクサー精製能力だけでも十分すぎるが、それに加えてこの変身能力だ」


「今のスラミィは、グリフォンとまったく同じ強さになってるんですよね?」


「ああ、フィロソフィーズスライムは変身した相手の能力をすべて引き出すことができる。さっき戦ったグリフォンが仲間になると思えば、この先のダンジョン攻略が少し楽になるな」


「それに移動手段も、これで手に入りましたね」


「グリフォンなら陸も空も移動できる。この大きさなら騎乗するにもちょうどいい。あの店でおすすめされただけはある優秀な種族だ」


「この大きさなら2人乗りもできそうですよっ!」


「今度2人でスラミィに乗って別の街まで行ってみるか。ダンジョン攻略の息抜きにはいいだろ」


「えへへ、デートですね」


 そう言って腕に抱きついてくるメリーネにドキッとするが、俺も頭を撫でてやって答える。

 あの日以来、メリーネはこういったスキンシップをときおり取ってくるようになった。恋人関係になることは先送りにしたが、このくらいなら問題ないだろう。


「レヴィさま。わたしこの調子で強くなって、絶対に剣聖様に認められる剣士になりますねっ!」


 剣聖が七竜伯を引退していたり、変態とかいう謎の七竜伯が就任しているというのは計算外だった。

 しかしそもそも剣聖は伯爵家の元当主とかだったはずだ。そんな剣聖の養子になれば、彼の跡を継いだ現伯爵の義妹という立場になる。

 それなら十分、侯爵家とつり合う。


 ならば、方針は変わらない。


 メリーネの目標は強くなること。

 それに剣聖に認められるくらいの強さという明確な到達地点ができ、さらにそれを達成すれば俺と婚約ができるという報酬までついてくる。

 それゆえに、今のメリーネはやる気にみなぎっている。


「ああ、一緒に頑張ろう」


 もちろん俺も、さらなる強さを求めて魔法の研究を進めている。

 生き残るためという目的は変わらずだ。

 しかしそれに加えて、運命を覆して生存しメリーネと添い遂げるという目標ができた。


 それだけじゃない。

 この世界で数ヶ月を過ごす中で、父上や叔父上に妹たちのような家族。

 そしてジーナやエルヴィンといった俺についてきてくれている従者たち。

 メリーネも含めて、そんな彼らを守りたいという思いが今の俺にはある。


 ただ自分のために生きるというだけじゃない。

 俺はこの世界で、ちゃんと生きていく理由を見つけることができたのだ。


 だからこそ、俺は絶対に死なない。

 死の運命になんて、負けてやるものか――

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