え?
「メリーネ、機嫌を直してくれ。俺が悪かった」
「……」
俺はメリーネを追いかけた先の城の中庭で、彼女を説得する。
しかし、メリーネはなかなか機嫌を直してくれない。
いったいどうすればいいのかわからず、俺は頭を抱えた。
「レヴィさま、悪かったって言ってますけど。何が悪かったと思ってるんですか?」
「いや、わ、わからん」
メリーネの質問に、俺は歯切れ悪く答える。
マジでわからない。だが、こうしてメリーネが怒っている以上俺が何かの選択を間違えたのはたしかだ。
おそらく、あのときにもっと先に進む必要があったのだろう。メリーネはそれを望んでいたのだ。
だが、そんなのは別に恋人になったあとならいつでもできるだろ。
だからなんで怒るのかわからないんだ。
「レヴィさま、何もわからないのに謝ってるんですね」
メリーネはじっとりとした目で俺を見る。
「ムードって言葉、知ってます?」
「それはわかるが」
たしか気分とか、雰囲気とか。
ムードがあるって言うと、意味としては良い雰囲気になっているって感じで使われる言葉のはずだ。
「わかるのになんでですか……」
メリーネは深いため息をついた。
「でも、レヴィさまが鈍感な朴念仁なんて、今に始まったことでもないか。わたしの気持ちにも全然気づいてくれなかったですし」
「うっ」
それを言われると弱い。
というか、あのときにジーナが俺の前でメリーネをからかうことがなければ、俺は多分ずっと気づかないままだった。
そして俺に気づかれないままひっそりとメリーネの恋心は終わりを迎え、俺は彼女と恋人になる機会を永遠に失うことになるのだ。
想像するだけで虚しくなるな。
「メリーネ、本当に悪かった。お前が知っての通り、俺は恋愛のこととか女子の気持ちとかまるでわからないんだ。だから、できれば全部教えて欲しい。俺はお前を、大切にしたいんだ」
「っ――!」
俺の言葉を聞いたメリーネは、顔を真っ赤にしてうつむく。
「うぅ、これが惚れた弱みなんですね。レヴィさまものすごく情けないこと言ってるのに、他の誰よりもかっこよく見えます……」
「な、情けない」
俺はがっくりと肩を落とす。
情けないなんて、好きな女の子に言われたくない言葉ランキングでも上位に入るんじゃないか?
同時にかっこいいって言われたからまだ救いはあるが。
メリーネはうつむいていた顔を俺に向ける。
その表情は優しいもので、さっきまで怒っていたのが嘘のようだった。
「まったく。レヴィさまはしょうがない人です。でも、そんなレヴィさまがわたしは大好きなので、良いですよ。レヴィさまには恋愛も、女の子のことも、全部わたしが教えてあげますね」
「不束者だが、頼む」
「えへへ、それって言うのが逆ですよっ」
ぱっと花が咲いたように笑うメリーネを見て、俺は胸を撫で下ろした。
よかった、機嫌を直してくれたみたいだ。
「なんて一丁前に言ってるけど、メリーネも恋愛初心者よね」
「ジ、ジーナっ!?」
ふと後ろから声が聞こえてくると、そこにいたのはジーナだった。俺がこの中庭までメリーネを追いかけてきたのは、彼女が早く追いかけろと言ってくれたからだ。
少し遅れてだが、きっと心配してついてきてくれたのだろう。
「ま、なんにせよ2人ともおめでとう。良い青春を見させてもらったわ」
「ああ、ジーナもありがとう。俺が自分の気持ちに気づけたのはお前のおかげだ」
「うぅ、わたしもきっかけをくれたことに感謝したいけど。ジーナはわたしたちをからかって楽しんでただけですよね」
「あはは、バレてるのね」
「もー! ジーナはまったく!」
にやにやと意地悪な笑みを浮かべるジーナと、それにぷんすかと怒りを表すメリーネ。
そんな2人を眺めながら俺はぼんやりと考える。
恋愛なんて、本当に俺とは無縁のものだと思っていた。だが、今はこうしてメリーネと恋人になることができた。
メリーネは俺にはもったいないくらいの女子だ。
夢じゃないかと疑いそうになるが、これは紛れもない現実。
俺はメリーネとの関係を終わらせたくはない。
これから先、死ぬまで一緒にいたい。
しかしそのためには、越えなければならない壁がある。
「メリーネ。これからのことを話したい」
「これからのこと、ですか?」
俺がそう声をかけると、メリーネは首をかしげる。
「ああ。メリーネもわかっていると思うが、俺とお前が添い遂げるのは今のままでは無理なんだ」
「身分、ですね」
沈んだ表情で答えるメリーネに、俺は頷く。
メリーネの父は、ドレイク侯爵家に仕える騎士だ。
それもただの騎士ではなく、騎士爵を与えられた貴族という立ち位置になる。
そのためメリーネは騎士爵家の娘という肩書を持つ。
しかし、騎士爵はエレイン王国の貴族の中でもっとも低い爵位となる。
なぜなら、騎士爵は一代限りの貴族なので男爵以上の貴族のように名跡を子に継がせることはできないからだ。
貴族ではあるが、実質的には平民と貴族の間くらいの準貴族とも言うべき地位が騎士爵という爵位。
当然ながら、侯爵家の当主となる俺と婚約するには騎士爵の娘では身分が足りない。
この世界は、前世の日本ほど自由な恋愛ができる仕組みにはなっていないのだ。
「でも、側室なら良いんじゃないの?」
ジーナが言う。
彼女の言葉は正しい。侯爵家の当主といえど、正室として身分確かな女性を迎えていれば側室には誰を置いたところで咎められることはないだろう。
だが、俺は首を横に振る。
「側室を取る気はない。俺はメリーネ以外の女はいらない」
「レヴィさま……!」
俺の言葉にメリーネが嬉しそうな笑顔を浮かべる。
日本人として生きた前世の記憶を持つ俺にとって、側室というのは少し受け入れがたいものだ。
もちろん、俺も男。
ハーレムやら一夫多妻やら、そういったものに夢を見ないわけではない。
だがそれはあくまで夢であって、現実でやりたいかというとそれは違うのだ。
やっぱり、結婚する相手は1人だけでいい。
そしてその相手は目の前にいるメリーネがいい。他はいらない。
「レヴィ様はかっこいいねえ。好きな人にそんなこと言われて嬉しくならない女の子はいないよ。でも、それならどうするのさ」
茶化すようなジーナの言葉に、俺は考えていた案を答える。
「身分が足りないなら、借りれば良い」
「借りる……?」
「ああ。メリーネを高位貴族の養子にしてもらえば、侯爵家の俺と釣り合いがとれるようになる」
メリーネが目を丸くする。
「そんなこと、できるのですか?」
「できる。平民が貴族の養子になり貴族と結ばれるというのは珍しい話だが、なくはない」
他ならぬ『エレイン王国物語』でも貴族のヒロインと結ばれるために、平民の主人公が貴族の養子となる展開があった。
「メリーネを養子にしてくれるような貴族の当てもある」
それもまた、ゲームで得た知識。
主人公を養子にとった男であれば、ある条件を満たせばメリーネのことも同じように養子にしてくれるはずだ。
「それって、どこのもの好きな貴族?」
ジーナの問いに、俺は笑みを浮かべて答える。
「――七竜伯の1人、『剣聖』だ」
王国最強の七竜伯の爵位を持つ、剣聖。
剣の達人であり、すでに80を越える老人でありながらその地位に座す怪物。
ゲームにおいて彼は、主人公が力を示すことで気に入られれば養子にしてくれるという展開があるのだ。
であればメリーネも同じく。
剣聖に認められるほどの強さを得た上で、それを示せば養子にしてくれるかもしれない。
そんな俺の言葉を聞いた2人は――なぜか微妙な表情を浮かべた。
「あの、レヴィさま……剣聖はすでに数年前に七竜伯を引退していますよ?」
「え」
俺は耳を疑った。意味が分からなかったからだ。
まだゲームの物語が始まる1年前の今、剣聖が引退しているわけがない。
ルートによっては引退してその後釜に主人公が座ったりするのだが、それにしたって早すぎる。
『剣聖』
『聖騎士』
『聖女』
『賢者』
『竜王女』
『山割』
『不滅』
この七人がエレイン王国の七竜伯のはずだ。
剣聖がすでに引退しているなんて、そんな馬鹿なことがあるのか。
まさか七竜伯が入れ替わっているなんて考えもしなかった。
だからとくに情報収集などしていなかったし、七竜伯についての知識はゲームでのものしか持っていない。
「メリーネ、剣聖が引退して誰が七竜伯になったんだ?」
俺は問いかける。
何にせよ、剣聖の代わりにどんな奴が七竜伯になったのかはかなり大事な事項だ。
なにせ、七竜伯の存在は魔族との戦いにおいて人類が生き残るためにも必須なのだ。
これは俺の死亡フラグとかそういうレベルの話じゃなく、世界レベルの話になってくる。
しかし俺の問いに、メリーネはなぜか顔を真っ赤にしてもじもじと言いづらそうにする。
ジーナはそんなメリーネを見てにやにやするだけで代わりに答えてくれそうにない。
しばし待つと、メリーネは呟くように小さく答えた。
「……たい、です」
「メリーネ?」
「あの、へん、たいです」
「え?」
へん、たい。
へんたい。
変態?
「お、おいメリーネ。聞き間違えたかもしれん。もう一度言ってくれないか?」
「も、もー! ですからレヴィさま、変態ですって! 変態っ! 剣聖に代わって七竜伯に就任したのは、『変態』の2つ名を持つ人ですっ!!」
「え」
え?
――え?
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