あ、バカがいる

 話し合いが終わると、叔父上はすぐに仕事に戻った。

 エリクサーの効果はすぐに実感できるくらいあったらしく、今までになく体が軽いと言って喜ばれた。


 生まれながら病弱な体がなんらかの病気だったとして、それが治ったのならこれからは体調を崩すことも少なくなるはずだ。

 経過観察は必要だが、これでひとまず安心だな。


 しかし叔父上の件は一段落だが、俺にはまだ対処しなければならないことがある。


「メリーネ、さっきの話の続きだ」


 俺の部屋でメリーネと2人で向かい合う。

 今はジーナもいないし、他の誰かに邪魔されることはないだろう。


「あの、レヴィさま。わたし、さっきは――」


「メリーネ、俺はうやむやにする気はない」


 不安そうな目で俺を見るメリーネに、そう断言する。

 きっとメリーネは怖いのだろう。

 自分の気持ちを相手に伝えて、良くも悪くも関係性が変わってしまう。良くなればいいが、悪くなればそこには後悔しか残らない。


 俺だって怖い。

 しかし思えば、前世の俺は他人に踏み込むことがなかった。

 だからいつまで経っても学校や職場などの集団の隅っこで、当たり障りのない人間として生きていたのだろう。


 変化というのは、怖いのだ。

 だから誰にも踏み込まず、誰にも踏み込ませない。

 そんな人生は、振り返ってみれば安定というラベルを貼って誤魔化しただけつまらない人生だった思う。


 そんな俺が転生して、また子どもからやり直している。

 これはチャンスなのだ。自分を変えて、前世とは違う人生を送るチャンス。

 この世界がゲームで知っていた世界で、そこに登場する悪役のレヴィ・ドレイクが今の俺。

 だからって、自分を変えない理由にはならない。


 ――俺の方から、踏み込もう。


 変化を恐れる心にふたをして。

 緊張でうるさく鳴りだす鼓動を無視して。

 俺は自分の意思で人生を変え、その先に進む決意を決める。


 なんたって俺は悪役だ。

 嫌いなものはすべて壊して進み、気に食わないなら踏み潰す。

 定まった死の運命を変えようとする悪役の俺が、変化の無いつまらない人生を甘んじて受け入れるなんて馬鹿げた話だ。


 目の前で不安そうにする女の子に、俺は笑いかける。

 自分勝手にして、傲岸不遜。胸を張って堂々と、悪役らしいいびつな笑みを浮かべた俺はメリーネに言った。


「俺はメリーネが好きだ」


 俺の言葉を聞いたメリーネが息を呑む。


「我ながら鈍感だった。ついさっき、俺は初めて自分の気持ちに気づいたんだ。まさか俺が、誰かを好きになるなんて想像もしていなかったからな」


 前世で誰かを好きになったことはない。

 恋人を作ったこともない。恋愛なんて、真剣に考えたことなんて一度たりともなかった。


「だが、どうやら俺はとっくにお前のことが好きだったらしい。気づいたからには、気持ちに嘘はつかない」


 そうして俺は、その言葉を口にする。


「――メリーネ、俺といつまでも一緒にいてくれ。俺の隣に立つのは、お前以外にありえない」


「レ、レヴィさま……!」


 メリーネは顔を真っ赤に染めて、嬉しそうに俺の名を呼ぶ。そして彼女は――涙を流した。


「うわーん! レヴィさまっ!」


「え、な、なぜ泣く? まさか、嫌だったのか」


 だとしたらショックなんてものじゃない。

 好きな女の子に告白して嫌がられるなんて、想像しただけで物言わぬ石になって今すぐ土に帰りたくなる。

 俺はショックで白目を剥きそうだった。


 踏み込むのやめればよかった。


「違いますっ! 嬉しくて、わたし……わたしも――わたしもレヴィさまのことが大好きですっ!!!」


 そう言って、感極まったような様子でメリーネは俺に抱きついてくる。

 その体を受け止めて、俺たちは至近距離から見つめ合った。


「えへへ、そーしそーあい、ですね。レヴィさまっ」


「ああ、メリーネ。俺はお前を一生離さない」


「レヴィさま」


「メリーネ」


 涙を流し、潤んだ瞳は熱を持ち。

 俺を一心に見つめるメリーネとの距離が少しずつ縮まって――


「――待て、早くないか?」


「レ、レヴィさま?」


 至近距離のメリーネが、首をかしげる。


「いや、それをするには早すぎる気がする。こういうのは、少しずつ段階を踏んでいくものじゃないのか。恋愛とは、もっとこう崇高なもので」


「レヴィさま……」


「うん、そうだ。それに俺たちが本当の意味で結ばれるには、まだ乗り越えなければいけないものもある」


「……」


「危なかった、メリーネがかわいすぎて我を失うところだった。悪いな、メリーネ。俺は焦りすぎていたかもしれない。ゆっくり関係を進めていこう」


「レヴィさま」


「メ、メリーネ?」


 メリーネがじっとりとした眼差しで俺を見る。

 いわゆるジト目というやつだ。しかし、なぜそんな目で見られるのかわからない。


 俺は正論を言ったはずだ。

 恋愛というものをしたことはないが、恋愛は尊いものだという認識はある。

 だからこそ、メリーネとはちゃんと段階を踏みたいのだ。


 それに身分差という壁だってある。

 俺とメリーネが結ばれたところで、簡単にそれを許してくれる世界ではない。

 だから、その壁を越えるための計画を今からだな――


「うわーん!! レヴィさまが急にヘタレになったよーっ!!! さっきまであんなにかっこよかったのにっ! わたしだけの王子様だったのにっ!!」


「え、メリーネ……?」


「レヴィさまのわからずや! ヘタレ! バカ――!!!」


 メリーネは突然叫びだすと、俺の部屋を走って出ていった。


「……メ、メリーネ」


 残された俺は呆然とする。

 俺はいったい、何を間違ったのだろうか。俺が告白し、それをメリーネが受け入れて。

 途中まではかなり良い雰囲気だったはずだ。

 それなのに、いったい――


 ふと気づくと、ドアの横から部屋の中を覗き込んでいるジーナと目があった。


 そして彼女は、心底呆れたような様子でこう言ったのだ。


「あ、バカがいる」

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