ロベルト・ドレイク

 叔父上を部屋に招いて、俺と叔父上以外の人は全員部屋を出てもらった。

 エリクサーの話をする以上、ジーナや叔父上の付き人に聞かせることはできないからだ。

 メリーネだけ残すのもおかしな話なので、スラミィを預けて他の人と同様に部屋の外で待機してもらう。


 今は正直メリーネと顔を合わせるのが気まずいということもある。

 叔父上が来たせいか、あるいはおかげか。

 こうして少し冷静になってみるとさっきまでの俺は変なテンションだった。

 メリーネとは頭を冷やしてから改めて話をしよう。


「レヴィ、それで用事っていったいなんだい? 他の人には聞かせられない話みたいだけど」


「用事というのは、これのことです」


 そう言って、叔父上にエリクサーの入った小瓶を見せる。


「それは? 赤いけど、回復ポーションのように見える」


 疑問符を浮かべる叔父上に、俺は声をひそめて伝える。


「これは、エリクサーです」


「な――!?」


 叔父上は驚愕の声を上げそうになるが、それをすんでのところでこらえる。

 信じられないようなものを見る目でエリクサーを見つめて、俺と同じように小さな声で言った。


「レヴィ、本当にこれがエリクサーなのかい?」


「ほぼ間違いなく。ダンジョンの魔物が対象ですが、すでに検証もしました。手足の欠損どころか、頭部以外を消失した魔物でもすぐに使えば再生しました」


「……たしかに、そんな異常としか言えない回復効果を持つ回復薬なんて、エリクサーしか思い浮かばないね」


 それでも、叔父上は半信半疑という様子だ。

 目の前にあるものがエリクサーだという可能性が高いとしても、なかなか信じ切ることができないのだろう。


 無理もない。

 証拠など目の前で示したわけではないし、叔父上が判断する材料は俺の言葉だけだ。


「しかしこれが。……僕が子どもの頃にエリクサーがダンジョンから回収されたことがあるんだ。そのエリクサーはオークションにかけられて、城が立つほどの値段で取引されてたよ」


「それは、なかなか」


 今度は俺が驚愕する番だった。

 俺はエリクサーやそれを生成するスラミィの価値をわかっているようで、わかっていなかったかもしれない。

 城が立つなんて、想像以上だ。


 だがこうなると、なおさらエリクサーを市場に流すわけにはいかないな。

 目先の金に手を出したところで、出どころを探られてもっと面倒なことになるのが目に見えている。

 とくに俺の場合、それが直接死亡フラグになるかもしれない。

 気をつけなくては。


「レヴィ、これをどこで?」


「……申し訳ありません。今の話を聞いて、たとえ相手が家族だとしても出どころを話すのはやめておくことにしました。ただ、安定的に継続して入手する手段を得られたとだけ」


「うん、良い判断だよ。もっと言うなら継続して得られることも隠したほうがよかったけどね。このことを知ってるのは他にいる?」


「俺以外だと、メリーネだけが知ってます」


「そうか。メリーネは信頼できるかい?」


「――はい。俺はメリーネのことを世界で一番信頼しています。彼女なら、絶対に誰にも言いません」


 俺は確信を持って言いきった。

 メリーネは俺を裏切らない。仮に裏切ることがあるならば、それはきっと俺が間違っていたときだろう。

 人をこれほど信頼するのは、前世を含めた俺の人生の中で間違いなく初めて。

 それほどまでに、俺はメリーネを信じてる。


 叔父上は俺の答えに満足したように頷く。


「世界一か。そこで僕や兄上の名前が出てこないのは少し寂しいけど、レヴィがそこまで言うなら僕も信じることにするよ。良い女の子を見つけたね」


 にやりとからかうように笑う叔父上の言葉を聞いて、俺はさっきまでのことを思い出してしまいそうになる。

 しかし、今は真面目な話だ。

 頭を振って煩悩を振り払い、俺はまじめくさった顔を無理矢理作る。


「話を戻します。俺はこのエリクサーを、叔父上に飲んでもらいたいんです。これを飲めば、おそらく叔父上の病弱な体質は劇的に改善されるはず」


「まぁ、僕にこの話を聞かせている時点で予想はついていたけど」


 叔父上は目の前のエリクサーを眺め、遠慮がちに言う。


「いいのかい? こんな貴重なもの……でもなかったか。たとえレヴィにとって継続的に手に入るものだとしても、エリクサーの価値は変わらない」


「それでも叔父上には、ぜひ飲んでいただきたい」


 遠慮する叔父上に、俺の考えを話す。


「叔父上は病弱な体で、領内のことを一手に引き受けてくれています。その働きは、当主である父上と比較してもなんら遜色そんしょくなく。だからこそ、俺は次期ドレイク家当主として、その多大な働きに報いたい」


「レヴィ……」


「先ほど、叔父上はエリクサーの価値が城に匹敵すると話してくださいました。ですが、ドレイク家にとって叔父上の価値は城の1つや2つなどではとうてい及ばない」


 仮にこの城がなくなったとしても、ドレイク家は続くだろう。

 なんらかの問題は発生するかもしれないが、そんなものは乗り越えることができる。

 だが、もし叔父上がいなくなってしまえばドレイク家は瓦解してしまうだろう。

 それほどまでに、この人のドレイク家への貢献は大きい。


「叔父上はドレイク家にとって、何よりも大切な柱の1つです――」


 俺がそう断言すると、叔父上は息を呑む。

 それから叔父上はどこか肩の荷が降りたような、安心したような様子で微笑んだ。


「レヴィ、君はすごいね」


「すごい、ですか?」


 突然の言葉に首をかしげると、叔父上は穏やかに語り出す。


「実は僕は、ずっと不安だったんだ。病弱な体に生まれて、子どもの頃からすぐに体調を崩しては兄上に頼ることばかりで、それは今も変わらない。ついこの間だって王都で忙しくしている兄上をわざわざ呼び出してしまうことになった」


「叔父上……」


「僕は本当にこの家のために役に立っているのか、兄上は内心で僕のことを疎ましく思っているんじゃないかって。ふと、そんなことを思ってしまう夜があるんだ」


「……父上はそんなことを思ってはいないと思いますが」


 俺が王都を出るときも困ったら叔父上を頼めと、頼りになるやつだと父上は言っていた。

 それは間違いなく、父上の信頼の証だ。


「うん、わかってる。でも、兄上はレヴィみたいに素直に信頼してるなんて僕に言ってくれたことがないんだよ」


 そう言って、叔父上は苦笑する。

 意外だった。父上はわりと率直に人を褒めるタイプの人という印象だったから。


「兄上はいつまで経っても僕に対してはただの兄のまま。多分、素直な言葉を僕に言うのが恥ずかしいんだろうね」


「何やってるんだ、父上」


 俺は呆れる。

 たしかに、無邪気だった子どものころの姿を知ってる相手に、大人になってから急に大人ぶるのが意外と難しいという感覚はわからないこともないけど。

 それにしても、である。

 なんでこんなに思いつめてる叔父上を放置してるのさ。


「だけど今、レヴィがはっきりと言ってくれた。僕はドレイク家の柱だと、城よりも価値のある存在だと。僕はそれが、とても嬉しい」


 叔父上は突然立ち上がると、椅子に座る俺の前にさっと跪いた。


「お、叔父上!? なにを――!」


「――ロベルト・ドレイクは宣言する。ドレイク侯爵家、ルードヴィヒ・ドレイク、そしてレヴィ・ドレイクに忠誠を。我が身は御身とともにあり、この身朽ち果てるそのときまで、変わらぬ誓いをここに示そう」


 それは、臣下が貴族に対して行う宣誓だった。

 俺は突然の展開に驚きながらも、なんとか叔父上の宣誓に返す。


「――ロベルト・ドレイクの忠誠は我が血へと。その誓いは我が身とともに。汝のその身が朽ち果てるまで、変わらぬ忠道を我に捧げよ」


「御意に――」


 一連のやり取りの後、叔父上は立ち上がりにやりと笑う。


「レヴィ、エリクサーはありがたく受け取るよ。元気な体を手に入れてできるだけ長生きして、君がこの家を継いだ後まで僕が支えて見せよう」


「叔父上、大げさですよ……」


 俺は背もたれにぐったりと背中を預け、緊張した体から力を抜いてため息をついた。


「大げさなもんか。僕は心の底からレヴィに感謝してるんだ。ありがとう、僕を認めてくれて。僕の体を治してくれて。レヴィはきっと、他の誰よりもすごい貴族になるよ」


 叔父上は晴れ晴れとした顔でそう言うと、小瓶の中に入ったエリクサーを何のためらいもなく一気にあおった。

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