タイミングが悪い
エリクサーが手に入ったあと、俺は念のためにダンジョンで魔物相手にその性能の検証をした。
魔物がどれだけダメージを受けていても瞬時に回復させ、欠損した部位も問題なく再生。
それどころか頭と胴体が離れた状態からでも、死ぬ前にすぐ使えば頭から胴体が再生する異常な回復力を発揮した。
俺はこの結果をもって、間違いなくこれがエリクサーであると確信したのだ。
「叔父上、少し良いでしょうか」
無事に検証も終わったためさっそく叔父上がいる執務室に行く。
しかし彼はどうやら、机に向かって書類仕事をしている最中だった。
執務室には他にも文官や使用人がいて、あくせくと領内に関する仕事をこなしている。
これはタイミングが良くなかったかと思ったが、叔父上は俺を見ると優しそうな顔でにこやかに笑った。
「ああ、レヴィか。どうかしたかい?」
「少し叔父上に用がありまして。急ぎのことではありませんので、仕事が落ち着いてからでもよいのですが」
「そうなんだね。じゃあ少しだけ待っててもらっていいかな。あとでレヴィの部屋に行くよ」
やっぱりタイミングが悪かったようだ。
俺は了承の返事をして、自分の部屋に戻ることにした。
「ロベルトさま、お忙しそうでしたね」
「体が弱いのに侯爵家のためにあんなに働いて、心配になるな」
「ですが、それも今日まで……ですよね?」
「ああ、この薬なら叔父上の病弱な体質を改善してくれるはずだ」
俺の部屋でメリーネと話す。
すると、部屋の中でダラダラと本を読んでいたジーナが頭を上げて興味深そうに尋ねてくる。
「なになに? ロベルト様の話?」
「そうだが……ジーナ、それよりもお前は紅茶くらい入れてくれ。俺がいない間は本読んでてもいいが、せめている間は仕事しろ」
「はぁい」
「もー! レヴィさまの言う通りですよ、ジーナ。いくらレヴィさまが優しいからって! それに最近はレヴィさまに対する言葉づかいもなれなれしいですよ、まったくっ!」
「うわわ、メリーネがお怒りだあ」
ぷんすかと怒るメリーネに急かされ、ジーナはてきぱきと紅茶とお菓子の準備を始める。
テーブルにはティーカップが3つ。
準備を終えたジーナは俺とメリーネにティーカップを配膳し、当然のように自分も同席して紅茶を飲み始めた。
俺も淹れられた紅茶に口をつける。その味は見事で、渋みもなく飲みやすいように淹れられた美味しい紅茶だ。
やはりジーナはやる気のなさやいい加減な態度とは裏腹に、メイドとしての仕事はかなりできる。
王都から連れてきたジーナとエルヴィンはこの城でも変わらず俺の専属使用人として働いている。
しかし今はエルヴィンが他の仕事をしていて部屋にいない。
普段から問題児であるジーナの手綱を握っているのは父親であるエルヴィンである。
そんな彼がいないのをいいことに、今日のジーナはやりたい放題しているようだ。
これはあとでエルヴィンに報告だな。
「それでそれで! ロベルト様の話よね? ロベルト様ってかっこいいわよね、薄幸な美人って感じがたまらないわ!」
「わたしはレヴィさまの方がかっこいいと思います。強くて優しくて、素敵です」
「まあ、レヴィさまも悪くはないと思うけど。ていうか、メリーネはレヴィ様が大好きなだけじゃない」
「だ、だいす――も、もー! レヴィさまの前で何言ってるんですかっ!!」
「あはは、メリーネは早くレヴィ様に告白しちゃえば良いのに。いっつもあんなに好き好き言ってるんだから」
「あ、あわわわわ! ジ、ジーナ黙ってください! こ、告白なんて身分差もあるし……! ってそうじゃなくて、レヴィさま! これはジーナが勝手に言ってるだけでっ!」
「いや〜、青春ね。まったく羨ましい限りよ」
真っ赤な顔でわたわたするメリーネと、それを見てにやにやと意地悪な笑みを浮かべるジーナ。
なんだこれは、俺は今ここにいていいのだろうか。
というかメリーネって俺のこと好きなのか?
メリーネといると楽しいし、俺がこの世界で一番心を許している相手は間違いなく彼女だ。
俺が死亡ルートしかない人生で絶望しないのも、努力ができるのも、隣で一緒に頑張りながら支えてくれるメリーネの存在によるところも大きい。
そんなメリーネが、俺のことを好き?
いや、そんなまさかな。
これで勘違いしたら恥かくやつだろ。陰キャの俺はそういうのに詳しいんだ。
「見せびらかすようにペアリングなんてつけちゃってさあ。メリーネ、それっていったいなんのつもりなのさ」
「や、ちょ、これはあの、違くて……!」
ペアリング。
俺はその言葉につられて、左手につけている指輪に目を落とす。
ダンジョンの宝箱から出てきた2つの指輪の片割れ。もう1つは、今もメリーネの左手の小指に着けられていた。
たしかに、これってペアリングってことになるのか。
あまりにも恋愛的な知識や常識が乏しくて、今の今までまったく意識していなかった。
しかしそうなると、この指輪を見つけたときのメリーネの言動って。
「レヴィ様、メリーネのことどう思ってるの?」
「どうって。一緒にいて楽しいし、仲間として頼りにしてるし、従者として信じてる」
「女の子としては? メリーネってかわいいでしょ。さらさらの銀髪も、小柄だけど健康的な体も、顔だってあたしが知る限りではかなり良いと思うよ。猫耳なんて付けちゃってさあ、かわいすぎると思わない?」
「そうだな。メリーネはかわいいと思う」
そんな言葉がするっと口から出てくる。
メリーネはかわいい。かなりの美少女だ。それは間違いなく、前から思っていたことだった。
「か、かわ!? わわわ――!!」
真っ赤な顔に嬉しさを隠しきれないような笑みを浮かべながら、メリーネは慌てる。
「意外と積極的なのにすぐに照れて真っ赤になっちゃうところも可愛いよね〜。ねぇ、レヴィ様。メリーネのこと、もらってあげたら?」
「!? レ、レヴィさま! あの、わたし、レヴィさまのこと――!」
にやにやと笑うジーナと、顔を真っ赤にしながら期待と不安がごちゃ混ぜになったような目でこちらを見るメリーネ。
え、これマジのやつなのか?
本当に、メリーネって俺のことを?
やばいな。緊張してきた。心臓の音が速くなってすげえうるさい。
女子とまったくもって関わりのなかった人生を送ってきた俺がメリーネと恋人になる?
そんな未来を想像しただけで、心の底からいろいろな感情が湧きあがる。
喜び、幸せ、嬉しさ。そんな感情があふれてくる。
そうか、俺はあまりにも恋愛経験がなさすぎて今までまったく気づかなかったのだ。
思えばメリーネの過去の言動を振り返ると、気づかない俺が馬鹿だった。完全にアホである。
俺に限ってそんなことはありえないっていう無意識がふたをして、見て見ぬ振りをしていたのだ。
自分の気持ちも、メリーネの気持ちも。
俺は、メリーネのことを――
口を開きかけたまさにそのとき、ガチャリと部屋のドアが開く音がする。
「――レヴィ、お待たせ。それで話ってなにかな」
部屋に入ってきたのは、叔父上だった。
あちゃあと天を仰ぐジーナ。
耳まで真っ赤にしながら顔をテーブルに突っ伏してバタバタと悶えるメリーネ。
錆びついたブリキのおもちゃのように固まる俺。
ぐるりと部屋を見渡して、俺たちの様子を見た叔父上は頭を抱えてとても申し訳なさそうに言った。
「すまない。どうやらタイミングが悪かったようだね……」
「いえ、お待ちしていました、叔父上――」
がっくりと肩を落とした俺は、なんとかそんな言葉だけを口にすることができた。
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