エリクサー

 フィロソフィーズスライムは人工の魔物。

 その最大の特徴はなんと言っても核として賢者の石が使用されていることだろう。

 賢者の石の持つ力をその身に宿し、スライム種として持つ能力が極限まで高められた魔物だ。


 そんな魔物が、人工なのにも関わらずなぜか魔物の卵から産まれたのだがそれはこの際いいだろう。

 ダンジョン自体が謎しかない場所なのだから、そこから出てくる代物もまた謎。とりあえず今はそう納得する。


 錬金術の秘奥、伝説のアイテムである賢者の石。

 その力は主に4つ。

 1つは賢者の石の逸話としてもっとも有名な永遠の命を与える力。

 2つ目は万能薬であるエリクサーを生み出す力。

 3つ目は卑金属を黄金に変換する力。

 そして最後の4つ目は、人造の生命であるホムンクルスを作る力。


 フィロソフィーズスライムはこの中の1つ目と2つ目の力を宿している。

 そしてそれに加え、スライム種の持つ能力である擬態――それを超強化した変身能力を持つ。

 

 スライム種はときおり、他の魔物などに擬態することがある。

 しかし強さはそのままで動きも遅く、ただ見た目が変わるだけの擬態能力だ。

 しかしフィロソフィーズスライムのそれだけは違う。

 こいつは体内で溶かして吸収した生物の姿に変身し、その能力のすべてを使えるようになるのだ。


「――ス、スラミィってそんなにすごいのですね」


 メリーネにフィロソフィーズスライムがどんな能力を持つ魔物なのか教えると、彼女は唖然として驚いた。


 錬金術師しか知らないような伝説級のアイテムである賢者の石についてはピンとこないようだが、その効果を知れば誰でも驚愕するだろう。


 俺にとって、このスラミィを仲間にできたことは本当に幸運だった。

 なにせ、あらゆる怪我や病気を治すエリクサーが取り放題になるわけで。

 生き残りを人生の目標に定めている俺にとってこれほど嬉しいものはないだろう。


「でも、どうしてレヴィさまはこの子についてそんなに詳しいのですか?」


 膝の上に乗せたスラミィを撫でながら、メリーネは不思議そうに尋ねてくる。

 俺はその言葉にぎくりとする。

 前世でゲームとしてこの世界を知っていたから――なんて説明をしてもしょうがない。

 なんとか適当に誤魔化すことにした。


「本に書いてあってな」


「そうなんですね。わたしもスラミィのことについて詳しく知りたいので、今度その本を見せてもらえませんか?」


「あ、ああ。いや、どこで読んだか覚えてなくてな。その本が今どこにあるかわからないんだ」


「残念です。もし見つかったら読ませてくださいね」


 しょんぼりとするメリーネに罪悪感を刺激されるが、こればっかりはもうどうしようもないのだ。

 この話を続けていても誰も幸せにならないので、俺は話を変えることにした。


「メリーネ、スラミィを貸してくれ」


 そう言って、メリーネの膝の上でくつろいでいたスラミィを受け取る。


 それから俺は上着の内側、影になっているところに影収納を発動させて影から小瓶に入った回復ポーションを取り出した。


「あ、昨日のダンジョンで手に入れたものですね。レヴィさま、何をするのですか?」


「エリクサーを作れないかとな。――スラミィ、これをエリクサーにしてくれるか?」


 俺がそう言うと、スラミィは心得たとばかりに体を震わせる。

 そうしてジェル状の体から一部を切り離して、小瓶の中に切り離した体を入れた。


 すると緑色をしていた回復ポーションはみるみるうちに色が変わっていき、透き通るような赤色へと姿を変える。


「これが、エリクサーですか」


 メリーネが息をのむ。

 最高等級回復薬として認定されている超貴重な魔法薬がエリクサーだ。

 作成するのに賢者の石が必要で、その賢者の石自体が伝説上の代物。

 そのためエリクサーは人工的に作ることは実質的に不可能な回復薬だとされている。


 この世界に存在しているエリクサーはすべてダンジョンから回収されたもので、そのどれもが超高額で取引されているという。


 そんなやばいものが、今俺たちの目の前にある。


「ど、どうしましょうレヴィさま。わたし震えてきました。こ、これ、もしバレたらスラミィがいろんな人に狙われるんじゃ……」


 俺はがたがたと震えて顔を青ざめさせるメリーネを落ち着かせる。


「落ち着けメリーネ。たしかにこいつはやばい代物だが、売ったりしなければ誰にもバレることはない。やむを得ないとき以外は、身内の間だけの秘密にしておけばいい」


「そ、そうですよねっ! スラミィはちょっとすごいスライムで、これはエリクサーじゃなくてちょっとすごいだけの回復薬ですっ!」


「ああ、フィロソフィーズスライムは本当に珍しい魔物だ。俺はたまたま知っていただけで、他に知ってる人なんてまずいない」


 いるとしたら俺と同じく魔物の卵で従魔にした運の良いやつか、あるいは『エレイン王国物語』を知っている転生者だ。


「エリクサーだって実物を見たことがある人なんて極々少数だ。黙っていればただ赤いだけの回復ポーションだ」


「よ、よかったです。それならスラミィは攫われたりしないですよね」


 メリーネはほっと息を吐いて安心したように脱力する。

 とは言ったものの、俺はさっそくこのエリクサーを使いたい人がいるのだが。


「安心してもらったところ悪いが、俺はエリクサーを使ってやりたい人がいるんだ」


「エリクサーを使いたい人……レヴィさま、もしかして」


 俺の言葉に、メリーネはハッとしたような顔をする。


「おそらくメリーネの予想通りだ。このエリクサーなら――叔父上の体を治せるかもしれない」

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