新しい仲間

 第2階層を攻略した俺はしばらくダンジョンの探索を中断することにした。

 魔法の研究をし、新しい魔法を開発するためだ。


 そんな日々の中、ついに魔物の卵が孵化する日を迎えた。


「レヴィさま! そろそろ産まれそうですよっ!」


「やばいな、緊張する」


 城内にある中庭でメリーネと2人、卵の孵化を待つ。

 魔物の卵は何が産まれてくるかわからないガチャだ。だからこそ、ここまでワクワクする。

 日本人特有のガチャ好きの遺伝子。

 どうやら体や世界が変わっても、その遺伝子は変わらず俺に流れているらしい。


 固唾を飲んで卵を見守るなかついにその瞬間が訪れる。

 黒い球体状の卵が光だし、孵化が始まったのだ。


「産まれるぞ――!」


 光が収まり、やがて現れたのは小さな魔物。

 半透明で青色をした弾力性のありそうな丸っこい体。

 その中心には、何やら結晶のようなものが浮いている。


「――スライム?」


 メリーネが目を丸くする。


 魔物の卵から産まれたのは、スライムだったのだ。

 スライムはこの世界の魔物の中で最弱とされる。その弱さは、10歳程度の子どもでも簡単に倒せてしまうくらいだ。


 動きは遅く、攻撃力なんてものは皆無。半透明の体のせいで弱点である核は外から丸見え。

 いちおう物を溶かす能力を持つが、それだって瞬時に溶かすのではなく時間をかけてゆっくり溶かすもの。

 危険はまるでない。


 そんな魔物が、楽しみにしていた魔物の卵から孵化してしまったのである。


「レ、レヴィさまっ! 元気出してください! スライムは強くないですけど……あの、えーと、そう、かわいいっ! ぷにぷにしててかわいいですよっ!」


 メリーネが何やら言っているが、俺はそんな言葉はまるで耳に入ってこなかった。


「ああ、なんてことだ――」


 俺の体は思わず震える。

 このスライムを見た瞬間、俺は心の底から驚愕したのだ。

 まさか、こんな魔物が産まれてくるなんて。

 この魔物が、俺の従魔になるなんて。


 ああ、そんなの――


「最高すぎる!!」


 俺は思わず立ち上がり、拳を天に突き上げた。


「レ、レヴィさま!? ど、どうしよう、スライムで喜ぶなんて、レヴィさまがおかしくなっちゃった。かくなる上は、わたしがレヴィさまを癒してあげなきゃ……!」


 メリーネがなぜか俺の頭をやたらと撫でてくる。


「よしよしレヴィさま、つらいことがあってもわたしがずっと一緒にいてあげますからね! わたしにいっぱい甘えてくださいねっ」


 俺はメリーネにされるがままになりながらも、それに意識を向けられるほど心理的な余裕がない。

 ただ一心に、目の前のスライムに注目する。


 スライム種にも種類がいて、その判別はジェル状の体の色と中心に浮かぶ核でつく。

 目の前のスライムは青色の体色という原種と同じ色をしている。しかし、その中心に浮かぶ核は違う。

 血のような赤黒い色をした結晶を中心に、銀色の鎖が拘束具のように巻き付いていた。


 たしかにスライムは弱い。

 まごうことなき最弱の魔物だ。スライムにもいくつか種類があるが、そのほとんどがおしなべて弱い。

 だがそんな中で、ある一種のスライムだけは違うのだ。

 この特徴的な核――賢者の石を核とするスライムだけは。


「――フィロソフィーズスライム」


 まさか魔物の卵から産まれてくるなんて思わなかった。

 だがこの魔物は、フィロソフィーズスライムはドラゴンや不死鳥なんかよりもよっぽど当たり。

 大当たりの魔物だ。


 ゲームでは錬金術の最終到達点である賢者の石というアイテムを使用することで、作り出すことのできる人工のスライム。

 しかし賢者の石の作成はとにかく困難を極め、『エレイン王国物語』をかなりやりこんだ俺でも作成できたことはない。

 ゆえに、フィロソフィーズスライムはゲームでも入手したことのない魔物だ。


「最高だ。生きててよかった」


「わ、わたしのなでなでをそんなに喜んでくれるなんて」


「は? いや、メリーネ。お前何してるんだ」


 フィロソフィーズスライムが産まれた衝撃が少し落ち着き、ハッと気づくとメリーネがやたらと俺の頭を撫で回していた。


 やめてほしい。

 嫌とは言わない。メリーネみたいなかわいい女子に頭を撫でられて嫌な気持ちになる男はいない。

 しかし普通に恥ずかしいのだが。


「メリーネ、やったぞ。こいつは大当たりだ」


 メリーネを引き剥がし、フィロソフィーズスライムを抱え上げる。


「えっと、でも、スライムですよね」


「ああ。たしかにスライムだ。だが、こいつだけは別格の魔物なんだよ」


「そうなんですか? わたしてっきりすごく弱い魔物なのかと思って――へ、へんなこと口走ってたかも」


 よくわからないが顔を赤くするメリーネに、俺はフィロソフィーズスライムを手渡す。


「ほら、メリーネも可愛がってやってくれ」


「わあ! か、かわいいですっ!」


 魔物でありながら暴れる様子は一切なく、俺やメリーネに甘えるようにすりよる姿はなかなか可愛らしい。


 魔物の卵は手に入る魔物がランダムだし、強さも産まれたての状態から始まるから成長させないと最初は弱い。

 しかし、デメリットばかりではなくメリットもある。

 それは、誕生した魔物が簡単に懐いてくれることだ。


 どうやら、魔物の卵から産まれた魔物は卵だったころに世話をしてくれた人間を覚えているらしい。

 そのため、誕生後に最初から懐いてくれるのだ。

 これは野生の魔物を従魔にしたり、成獣を店で買うのと比べて明確なメリットになる。


 しっかり上下関係を教えていない従魔は、時として飼い主を襲うからな。


 このフィロソフィーズスライムの場合、俺とメリーネが2人で卵の世話をしていたからこうして懐いてくれているのだ。


「メリーネ、名前を付けてやってくれ」


「そ、そうでしたね!」


 俺が言うと、メリーネはスライムを撫でながらうんうんとうなって考えだす。


 そんな彼女を、俺は戦々恐々としながら見つめる。

 一度メリーネに名前を付けてもらうと決めたのだ、それをやっぱりなしとは絶対に言わない。

 しかし、俺はメリーネのネーミングセンスに疑惑を持っている。

 変な名前をつけられるのではないか。そう考えると、不安だ。


 俺はメリーネの名付けを祈るように待つ。

 せめて、まともな名前をつけてほしい。良い名前じゃなくてもいいから、変な名前はやめてほしい。


「決めました!」


 やがてメリーネは自信満々な笑みを浮かべ、フィロソフィーズスライムの名前を口にした。


「――スラミィ! この子はスラミィにしますっ!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺はふうと息を吐いて脱力する。

 よかった、普通の名前だ。

 別に良い名前ではないし、なんだか間抜けな感じがするゆるい感じの名前だ。しかし、変な名前ではない。

 それだけで俺は救われた気持ちになった。


「どうですかレヴィさま? スラグレートかスララララン、スラノフジと悩んだのですが――」


「――いや、スラミィが良いと思うぞ! 素晴らしい名前だ! メリーネに名付けを頼んで正解だった!」


「えへへ、喜んでくれて嬉しいですっ! 新しい従魔ができたときには、またわたしが名付けてあげてもいいですよっ!」


「ははは」


 俺は冷や汗をかきながら笑顔で誤魔化した。


 ともかく、これで新しい仲間ができた。

 スラミィはきっとこの先、俺の死亡ルートを破壊するために大活躍してくれるはずだ。

 

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