キレてるよ!

 俺とメリーネはダンジョンの第2階層までやってきていた。

 昨日第1階層を攻略してから2日連続の探索となる。


 ダンジョンの入口には転移魔法陣があり、1度攻略した階層は飛ばして次の階層に飛ぶことができる。

 帰りも同様にダンジョンの入口に転移魔法陣で戻ることができるようになっていた。


 ゲームでは快適に進めるための仕様として認識していたものだが、これが現実になるととんでもない代物だ。

 できたらこの魔法陣を解析して流用したいところ。

 しかし、ものすごく高度な魔法陣だそう簡単に解析できるようなものではない。


 エレイン王国で転移魔法陣が開発されたなんて話は聞いたことがないし、多くの先人たちができていないような魔法陣の解析を俺ができるかと言うとかなり難しいだろう。

 いずれできたらいいなという話だ。


 今はそれよりも第2階層だ。


「草原の次は荒野ですか」


「第1階層よりは戦いやすそうだな」


 第2階層は第1階層とはガラッと景色が変わって、草木の枯れた見渡す限りの荒れた野だった。


 周囲に燃えるものが少ないこの環境は、火属性の魔法を扱う俺にとっては好都合。

 メリーネにとっても、草に足を取られないこっちの方が動きやすいだろう。


 とはいえ素材として回収することを考えると過剰に傷つけてしまう火魔法はやはり使いづらい。

 メインで使っていくのはここでも変わらず闇魔法になるだろうな。

 それでも、いざというときに火魔法が使えるのは心理的にもかなりやりやすくなる。


「レヴィさま、さっそく来ましたよ!」


 剣を構えるメリーネ。

 どうやら、第2階層に降りて早々に魔物がやってきたらしい。


 ドドドドドと足音を立てて駆けてくるのは、2足で走るヒクイドリのような姿をした魔物。

 スプリントエミューだ。

 体高はそれほど高くないが、すばしっこく動き回り強力な脚力で蹴りつけてくる戦闘方法をとってくるD級の魔物だ。


 それが合計で10体ほど。

 大勢で足音を響かせながら向かってくる。


「レヴィさま、行ってきます!」


「ああ、援護しよう」


 メリーネが両手にそれぞれ剣を持ち、スプリントエミューの群れへと飛び込む。

 その速度はスプリントエミューを上回り、剣は流れるように首を切り落とす。


「『ダークスラッシュ』」


 俺はメリーネに恐れをなして逃げ出そうとするスプリントエミューへと闇の斬撃を放ち仕留めていく。

 メリーネの剣でも、俺の魔法でもすべて1撃。ほとんど作業のようなものだ。


 D級の魔物ではまだまだ俺たちの相手にはならないな。

 これくらいの敵であれば鍛錬用の魔道具によって能力を制限された状態でも余裕で対処できる。


 すぐにスプリントエミューの群れは全滅し、俺はその死体を影収納で回収していく。

 急所だけを狙って攻撃して倒したので、回収したスプリントエミューは綺麗なままだ。

 これならよく売れるだろう。


 ときおり襲いかかってくる魔物の相手をしつつ、俺たちは第2階層の探索を進める。

 アルマダのダンジョンは下の階層に行くほど1つの階層の広さが大きくなっていく。

 第1階層でも街と同じくらいの大きさで、その上さらに広くなるとなれば攻略にはかなりの時間がかかりそうだ。


「それにしても『獣のダンジョン』って、本当に動物型の魔物しか出ないんですね」


「それがこのダンジョンの特徴だからな」


 獣のダンジョン。

 それはこのアルマダのダンジョンの別名だ。


 ダンジョンにはそれぞれ特徴がある。

 例えばゴーレムが多く出るものだったり、アンデッドが中心のダンジョンだったりといった感じだ。


 第1階層に出現したアーミーラビット、スクワッドウルフ、ボスのローンウルフ。

 第2階層のスプリントエミュー。

 他の魔物も含めて、今までこのダンジョンで遭遇した魔物は今のところすべて揃って動物型の魔物だけだった。

 それゆえに、獣のダンジョンと呼ばれている。


 重要なのが、そんな動物型の魔物がダンジョンの性質上いくら倒してもほぼ無限に湧いて出てくること。

 倒しても倒しても時間が経てば自動的に補充され、それでいて手元には倒した魔物の亡骸だけが残る。


 養殖する必要はなく、個体数を管理する必要もなく。

 狩っても狩ってもなくならない動物型魔物という資源。


 ドレイク侯爵領はこのダンジョンのおかげで食肉や毛皮製品などの輸出量が王国内でトップを誇る。

 王国や近隣国ではアルマダ産のそれらが広く流通しており、アルマダのダンジョンは王国の衣食住を支える屋台骨の1つと言っても過言ではない。

 侯爵家にとっては、極めて重要な財源だ。


「猫の魔物とか出てきたら、やだなあ」


 メリーネが呟く。

 たしか彼女は、猫が好きだと言っていたか。

 ミストの店で俺が買ってやった猫耳魔道具を肌身離さず愛用しているくらいだから、相当な猫好きだ。


 だが、そんなメリーネに残念なお知らせだ。


「第2階層のボスは猫の魔物だぞ」


「そんなぁ。わたし、戦えるでしょうか」


「どうしても無理なら戦わなくてもいいぞ」


「そ、それは……もしわたしが戦えなくて、それが理由でレヴィさまの護衛騎士を解任なんてなったら嫌なのでがんばります」


 別に猫の魔物と戦えないくらいで解任なんてしないが。

 わざわざそんなこと言って、頑張ろうとやる気を出してるメリーネに水を差すこともないな。


 その後も探索を続け、数時間が経過したころに俺たちは第2階層のボス部屋の前へと辿り着いた。

 俺はためらうことなくボス部屋の扉を開き、その先へと足を踏み入れる。


 ボス部屋の真ん中に鎮座するのは、やはり魔物の石像。

 俺と変わらないほどの背丈を持つそれは短い2本の後ろ足で立ち上がり、前足は地に届くほど異様に長く。

 筋肉質な胴体は毛皮に包まれていて、楕円形の頭はマスコットキャラを想像させるような異様な大きさ。

 そしてその頭頂部には三角形の2つの耳。

 縦長い瞳孔の丸っこい目、ニヤリと笑みを形作る口元。


 表面の石が剥がれて動きだしたボスは、俺たちに襲いかかるでもなくその場でなぜかポージングを始める。

 前足は筋肉によって太く膨れ上がり、腹筋は見事なシックスパック。

 ボスがポージングするたびに、隆起する大胸筋が不気味に歩きだす。


 その姿はまさしく2足歩行する猫であった。


「ほら、猫だ」


「ね、猫? ??」


 メリーネは戸惑ったような様子で、目の前のボスを見つめる。

 そのとき、ボスはおもむろに俺たちに対して背中を見せつけて、見事なポージングをキメてくる。


 それは、見事な筋肉であった。

 鍛え抜かれた筋肉の厚みと、それによって生じる肉と影のコントラスト。


 その背中を例えるのであれば、そう――鬼の顔である。


「――あんなの猫じゃなくてただの筋肉おばけですよーっ!!!!」


 メリーネが絶叫した。

 

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