家族
数日に渡る馬車の旅を経て、俺はドレイク侯爵領の領都であるアルマダに到着した。
領都アルマダにはドレイク侯爵家の城があり、さらにダンジョンも存在する領内最大の都市だ。
今回領地に戻ってきた理由はダンジョンだが、さすがに領都に着いたその日に行くわけにもいかない。
俺たちはまず城に向かうことにした。
「おかえり、レヴィ。長旅は疲れただろう。湯の準備をさせているから、疲れを癒すといいよ」
「お気遣いありがとうございます、叔父上」
アルマダにある侯爵家の城に着くと、わざわざ叔父上が俺を出迎えに来てくれた。
ロベルト・ドレイク。
父と同じ金色の髪を長く伸ばし、1つに束ねた線の細い男。
俺や父上のような悪人顔ではなく優しげで女にモテそうな顔立ちだ。
病弱な彼の肌は青白く不健康に見えるが、一目見た感じではとくに体調が悪そうには見えない。
父上の言っていた通り、今は病気が治って安定しているということなのだろう。
「父上から伺ってはいましたが、元気そうで何よりです」
俺がそう言うと、叔父上はぽかんと口を開けて驚く。
「レヴィ、いつから君はそんな風に他者に気が遣えるように……」
俺が普通にしてるだけで、みんな驚くな。
それだけ前世の記憶が戻る前のレヴィがよっぽどひどかったってことなのだろうが。
それにしても、病気してた人を気遣うくらいはしておけよと我ながら思う。
「子どもは少し目を離すだけで見違えるほどに成長するんだね。安心したよ。レヴィに任せておけば、侯爵家は安泰だ」
そう言って叔父上は嬉しそうに笑みを浮かべた。
人を気遣うだけで褒められるとか、ちょっと意味がわからない。なんだこれは。
その後メリーネたちといったん別れ、城に入る。
侯爵家の城は立派なものでかなり広いのだが、俺の中のレヴィの記憶がどこに何があるかを教えてくれる。
叔父上が準備してくれた風呂に入り、さっぱりとしてから自室に向かう。
しばらく離れていたにも関わらず、俺の部屋は綺麗なままだった。
使用人にとってそれが仕事なのだから当然と言えば当然だが、こうして綺麗にしてくれているとありがたいものだ。
しばし部屋でゆっくりしていたら、ドタバタとした足音と話し声が聞こえてきた。
その音は徐々に近づいてきて俺の部屋の前で止まると、バァンと勢いよく部屋のドアが開け放たれた。
「お兄さま! 帰ってきたのになぜ真っ先にわたくしのところに来ないのよ!!」
ベアトリス・ドレイク。
豪奢な金髪に、金色の光を放つ意志の強そうなつり目。
俺と似たような悪役顔の彼女は、俺の実の妹だ。
歳は4歳差の10歳。イブと同じくらいの年頃の少女である。
そんなベアトリスは、俺の部屋の入口でふんぞり返る。
腕を組み、胸を張り、傲岸不遜に堂々と仁王立ち。
「ごめんね、お兄ちゃん。止めようとしたんだけど、ベアちゃんが早く会いたいって」
「こ、こら! わたくしはそんなこと言っておりませんわ!」
ベアトリスに続いて俺の部屋へと顔を覗かせたのは俺にとっての従兄弟であり叔父上の娘、ルーテシア・ドレイクだ。
ベアトリスと同じ金髪だが、ルーテシアの方が明るめ。
目の色は青色で、ベアトリスとは真反対の優しそうな顔立ちをした少女である。
まるで悪役令嬢とヒロインだな。
この世界がゲームが現実になった世界だと知った今だと、2人を見て思わずそんな考えが浮かんでくる。
「悪いな、2人とも。疲れてたんだ。ほら、お土産」
「わあ! 王都のお菓子!」
「お、美味しそう……! ……まあ、今回はこのお菓子にめんじて許してあげてよくってよ!!」
あらかじめ王都で買っておいたお菓子を2人にあげると、目をキラキラさせて喜んでくれる。
彼女達についてきた侍女がテキパキとお茶会のセットを始めて、俺の部屋はティーパーティ会場へと早変わりしてしまった。
「ほら! お兄さまも来なさい!」
「お兄ちゃん、私の隣に座って!」
強気で悪役令嬢っぽいベアトリスと、正統派で優しいヒロイン属性っぽいルーテシア。
真反対の2人だけどまるで本当の姉妹のような大の仲良しで、とても楽しそうにしている。
「お兄さま、ダンジョンに行くために戻ってきたのよね? いつ行くのかしら」
「明日、と言いたいところだが。まあ急ぐつもりもない」
どうせ今の実力ではまだ最下層まで到達できないからな。
神器を手に入れるのは、来年の王立学園入学までに達成できればいい。鍛錬を欠かさず、実力を付けつつ着実にやるつもりだ。
「お兄ちゃん、どれくらいこっちにいる予定?」
「さてな。まあ、少なくとも半年はこっちだろう」
「本当!? やったあ! 嬉しいね、ベアちゃん!」
「べ、別に……」
「素直じゃないなあ」
「うるさいわよ! ルーちゃん!」
この2人が俺にこれだけ懐いているのには理由がある。
なんと、前世の記憶が戻る前のレヴィはこの2人にだけはやたらと優しかったのある。
他者に関心を示さず、魔法や勉強もいい加減にこなしていたレヴィだが意外と押しに弱いところがあった。
普通の人はレヴィの冷たい反応を見て離れていく。
しかしこの2人は子ども特有の無敵さでレヴィに突撃して、その懐にするりと入り込んだのだ。
基本的に不真面目で冷たい少年という印象を持たれがちだったレヴィだが、この2人にとっては優しい兄でしかなかったのだろう。
今の俺は前世の俺とレヴィ・ドレイクが複雑に入り混じった状態だ。
だから、この2人に対する親愛の情が強くある。
「お兄ちゃん、この間ベアちゃんがね――」
「ちょっと、それは言わない約束よ。それよりお兄さま――」
俺は2人の話を聞きながら、ティーカップに注がれた紅茶に口をつける。
領地での日々は、王都にいたときよりも少し騒がしくなりそうだな。
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