比較的ちっちゃいですよ

 夜が明け、朝。

 俺たちは村を発つ準備を終わらせ、馬車に乗り込もうというところで村長がやってきた。


 別に見送りなんていらなかったが、わざわざこうして来てくれたなら無下にする気もない。


「本当に、お礼はそれだけでよろしいのでしょうか……」


 お礼を渡したいと村長に言われた俺は、この村で作られた作物を無理のない範囲でと頼んだ。

 村長は俺の頼みに笑顔を浮かべ、たくさんの野菜が入った袋を渡してくれた。


 本当はお礼のものなどもらうつもりはなかった。

 この村はこれからが大変だし、食料はいくらあっても足りないはずだ。

 それがわかっているのにもらうのは気が引けた。

 だが、お礼を断るのも村長は気にしてしまうだろうと思い野菜を受け取ることにしたのだ。


 しかし村長は、お礼がこれだけでいいのかと不安気だ。


「今回のことは王家に報告が行き、追って侯爵家に報酬が出るだろう。お前たちは後に来る王家の使いに、ここであったことをありのまま話してくれればいい。それで十分だ」


 すでに騎士の1人が父上に今回のことを説明するために王都へと出発している。

 その後侯爵家から王家に報告が行くことになり、そうなれば魔族討伐の報酬も確実。

 だから無理にこの村から報酬をもらう必要はないのだ。


「なるほど……では、私たちはレヴィ様の活躍を存分に語ってやることにします」


「大げさに話す必要はないぞ」


 にやりと笑う村長に、俺は一応釘を刺しておく。


「レヴィさま!」


 村長と話していると、村の方から1人の少女が俺の元は向かって駆けてきた。


 桃色の髪を伸ばした、小さな少女だ。

 歳は10歳にも満たないほどだろう。

 桜色を宿した瞳はキラキラと輝いて、一心に俺を見つめてくる。


「こら、お前!」


 村長が焦った様子で少女を止めようとするが、すばしっこく村長の手を掻い潜り、ひしと俺の腰に抱きついてきた。


「レヴィさま! 私、レヴィさまと結婚したいです!!」


「け、結婚!? レヴィさま結婚するんですか!?」


 少女の言葉に、なぜかメリーネが動揺する。

 まさか間に受けたのか。子どもの言うことなのだが。

 呆れた目を向けると、メリーネは自分の言動を客観的に理解したのか真っ赤な顔で恥ずかしそうにしゅんとする。


「も、申し訳ございませんレヴィ様! 私の娘が……こら、レヴィ様から離れなさい!」


「やだー!!」


 村長が引っぺがそうとするが、少女は必死に抵抗してなかなか離れようとしない。

 それにしても、この少女は村長の娘なのか。

 仕方なく俺は村長を離れさせ、少女に声をかける。


「あー、なぜ俺と結婚したいんだ?」


「レヴィさまかっこよかったからです! 私もレヴィさまみたいな魔法使いになりたいです!」


 なるほど、そういう感じか。

 憧れや尊敬を表現する語彙力が足らず、知ってる言葉の中で1番を表現できる結婚を用いたのだろう。

 子どもならよくあるやつだな。

 大きくなったら父さんと結婚する、みたいなやつ。


「そうか、魔法使いへの道は険しいぞ?」


「がんばるです! がんばって立派な魔法使いになってレヴィさまと結婚する!!」


 ふむ、しかし魔法使いになるにはそもそも魔力が必要なんだがな。

 俺は興味本位で少女に魔力があるか調べてみる。

 そうして俺は、その結果に思わず驚愕した。


「驚いた」


「?」


 きょとんとする少女の頭を撫でて、俺は少女に言った。


「お前には、かなりの魔力が眠ってる。きっとすごい魔法使いにもなれるだろう」


「ほんと!?」


 俺の言葉に少女は満面の笑みを浮かべ、村長は驚愕する。


 俺が調べたところ、この少女の魔力は今の俺に匹敵する。

 つまり並みの宮廷魔法使いの30倍くらいだ。

 まだ魔法使いになったわけでもない、10歳にも満たない子どもでこれだけの魔力量。

 明らかにおかしい。


 もしかして、魔族がこの村を襲った理由は――。

 思い浮かんだ答えを、俺はそっと胸の内にしまい込む。これは余計な推測だ。


 俺はエルヴィンに紙を1枚用意させ、簡素な手紙を書く。

 そしてそれを村長に渡した。


「村長、王家の使いが来るより先に、おそらく侯爵家の者が事件について聞き取りに訪れる。その際、この手紙を渡してくれ」


「これは……」


「お前の娘は魔法使いとして、俺に並ぶ才能を持っているかもしれん」


「な、なんですと……!?」


 村長は白目を剥いて驚いた。


「村長が許可し、その娘が望むなら侯爵家に魔法の師を用意させる。考えておいてくれ」


「は、はい……!」


 俺と村長の会話を聞いていた少女はぱあっと顔を明るくして喜ぶ。


「私、魔法使いになれるです?」


「ああ、なれる」


「そうしたら、レヴィさまと結婚できる?」


 それは難しいかもしれないが。

 貴族である俺と結婚するには、相応の身分が必要になる。

 側室という手もあるが、それにしてもある程度の身分はなくてはダメだ。

 というかそもそも俺はあまり側室とか作る気はない。


 平民の娘が侯爵家の当主になる俺と結婚するなんて、ほぼ不可能と言っていいだろう。


 しかしまあ。子どもの夢を壊すこともないか。

 どうせ、来年になったらそんなこと忘れているだろうし。


「そうだな、まずは立派な魔法使いになれ。そして王立学園に入学して、良い成績を残して卒業すれば結婚できるかもな。もしかしたらだけどな」


 王家の運営する王立学園。

 そこを特に優秀な成績で卒業すれば、一代貴族である騎士爵に叙せられる。

 たしか主席から10番目までだったか。

 騎士爵ではまだ侯爵に嫁入りするには足りないが、そこから功績を積んで大きな勲章を得ればあるいは。

 そうとう険しい道だけどな。


 俺がこの少女と実際に結婚するかどうかはさておき、次期侯爵になる俺と平民が結婚するにはそれぐらいの条件は最低限だ。

 むしろそれでもおそらく足りない。


 しかし魔法を学ぶ目標として、王立学園で良い成績を取るというのはちょうど良い。


「わかった! 私、がんばるです! 立派な魔法使いになります!」


「ああ、頑張れ」


 結婚云々はどうせ時間が経てば忘れるだろうから置いておいて、これで侯爵家は俺に次ぐ優秀な魔法使い候補を擁することができるだろう。

 そしてゆくゆくはメリーネに並ぶ頼れる仲間になってくれるはず。

 これは、王家から与えられるであろうどんな報酬よりも価値があるものになるに違いない。


「お前、名前は?」


「イブです! イブ・リース!」


「そうか。ではまたな、イブ」


 俺はイブと村長に別れを告げ、馬車に乗り込み村を発つ。

 期間としてはたった一夜だけの滞在だったが、いろいろなことがあったせいかなんだかもっと長くいた気分だ。


「レヴィさま、ちっちゃい娘が好きなんですか!?」


「はあ、何言ってんだお前?」


「わたしも比較的ちっちゃいですよっ!!」


「だから何なの……」


「はあ……またいちゃついてる。あ、トマトあるじゃん」


 馬車の中。やたらと詰め寄ってくるメリーネに辟易しながらも、馬車は領地への道を進んでいく。


 それにしても、イブか。


「なんか、どっかで見たことあるような……」


 しかしそんな小さな疑問は、やがて泡のように消えて忘れてしまった。

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