宴の夜
「レヴィ様、この度は本当にありがとうございました! 我々はあなたに救われました!」
「通りがかっただけだ。助けられない者もいた」
「たしかに死んでしまった者も多い。私の父も……ですが、今ここに私たちが生き残っているのはあなたのおかげです!」
しきりに頭を下げる男に、俺は若干居心地の悪い思いをしながらもその感謝を受け取ることにした。
彼は俺とメリーネが助けに行くまで教会を勇敢に守り続けていた男だ。
どうやら若い衆のリーダーという俺の予想はあっていて、彼はこの村の村長の息子だったらしい。
魔族を倒し、メリーネや騎士たちの働きによって魔物もすべて片付けた。
その後生存者を確認し、傷ついた者の手当てをして、遺体を埋葬し、廃材をある程度片付け。
それらの作業を終えると、空に星々が浮かぶ夜が訪れていた。
村に平穏が戻った。しかし、死んだ者たちは戻らない。
村人たちは悲しみに暮れているはずだ。
しかしそれなのに、彼らは恩人である俺たちを持てなすための宴を開くと申し出た。
「魔族殺しの大英雄、レヴィ・ドレイク様の未来に!」
「俺たちの明るい明日に!」
――乾杯!!
そんな掛け声とともに宴が始まる。
荒らされた後のちっぽけな村でありながら、かなり頑張って用意されたであろう大量の料理。
さらに、死んだ父の代わりに新しい村長に就任した男が、無事だった自宅の地下倉庫からありったけの酒を提供した。
村はどんちゃん騒ぎだった。
悲しみを忘れるために、明日を迎えるために、死んでしまった家族や隣人を安心して送り出すために。
「強いな、この村の人たちは」
「……そうですね」
「この光景を守れてよかったな」
「はいっ」
そんな宴を即席で建てられた手作りの貴賓席から眺めて呟くと、隣に座るメリーネも優しい笑顔を浮かべた。
「レヴィ様、私もいただいて本当によろしいのでしょうか」
執事のエルヴィンは肩身が狭そうにしている。
エルヴィンはジーナとともに村から離れた場所で待機していた。
そのため襲撃に対して何もしていないにも関わらず、この席に座っていることに罪悪感があるのだろう。
しかし、俺はエルヴィンのその向こうに座る少女を見やり答えた。
「そこのジーナは自由気ままに食べて飲んでるぞ。今更気にしても仕方ないだろ」
「
「この娘は……!」
「まあ許してやれ、エルヴィン。俺たちが楽しんでいないと、彼らが気にするだろ」
俺は怒れるエルヴィンを宥め、注がれた酒を口に含んだ。
――にっが。
どうやらこの体に酒はまだ早いらしい。
「メリーネ、飲んでいいぞ」
「レ、レヴィ様!? こ、これ……か、間接キス……」
酒が注がれたグラスをメリーネの前に置くと、彼女はなぜか顔を真っ赤にして慌てだした。
ぶつぶつと小さな声で呟いてるが、聞き取れない。
「いらないならエルヴィンにやる」
「い、いらないなんて言ってないですよっ!!」
メリーネは慌てて俺の渡した酒を一気に飲み干した。
そんな勢いで飲んで酔ったりしないのかと心配になる。メリーネは酒に強い体質なのだろうか。
羨ましい限りだ。
「
「ジーナ、咀嚼しながら口を開くのはやめなさい。まったく、淑女教育のやり直しが必要ですね」
「
俺たちが思い思いに過ごしていると、村長がこちらにやってきた。
「レヴィ様、楽しんでもらえているでしょうか。貴族様にお出しするには、いささか不足なものばかりで申し訳が……」
「ああ、楽しんでるぞ。これとかな」
そう言って、皿の上に置かれたじゃがいもを頬張る。
蒸したじゃがいもにチーズをかけて塩を振っただけの料理と言えるかわからないような代物だ。
しかし俺は前世ではこの料理が大好きだった。
手軽に作れて、美味しく、腹が膨れる。
思えば、この世界に転生してからじゃがいもなんて食べただろうか。
貴族の豪勢な食卓には、ぜいを凝らしたものばかり。
庶民の食べ物の代名詞とも言えるようなじゃがいもは、あまりにも安価すぎて逆に食べる機会なんてなかったからな。
貴族の料理もいいが、俺にはこっちの方が合っている。
「そ、そのようなものを」
「美味いぞ。よく育てられたじゃがいもだ。チーズもまろやかで、なかなかのものだ」
「! そのじゃがいもも、チーズもこの村で作ったものなんです!」
「そうか。なかなかやるな。今後も美味いじゃがいもを俺に食わせろよ」
俺は悪人面を歪め、にやりと笑う。
「はい……はいっ! またレヴィ様に褒めてもらえるよう、私たちは明日からも頑張って生きていきます……!」
そう言って村長は男泣きを始める。
だがその顔には生気と笑顔が浮かんでいる。元気付ける意図はあったが、まさか泣くとは。
「うおーい! 村長が泣いてるぜ!!」
「おいおい新村長! しっかりしてくれや!」
「まったく、あいつら……」
茶々を入れてくる村人に、村長は仕方なさそうに肩をすくめた。
「レヴィ様、私はここいらで失礼します。村長としてあいつらを懲らしめてやらねばなりません。料理はまだまだたくさんありますので、引き続き宴を楽しんでいただけたら幸いです」
そう言って丁寧に礼をすると、村長は村人たちの方へ向かっていった。
「うへへぇ……レヴィさまぁ……」
隣を見ると、いつのまにかメリーネはテーブルに突っ伏して眠っていた。
むにゃむにゃと口を動かし、だらしない笑みを浮かべながら何やら寝言を言っている。
「お前、酒弱いのかよ……」
俺はすやすやと眠るメリーネに呆れつつも、寝冷えしないように外套を掛けてやった。
テーブルに肘をついて村を眺める。
どんちゃん騒ぎの村中は悲劇にも負けずに笑顔に溢れ、誰もが元気に笑っていた。
そんな幸せな光景を見ていれば、頬は自然とゆるんでしまう。
「守れてよかったな」
俺は誰にも聞こえない小さな声で、そっと呟いた。
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