レヴィ・ドレイク

 流炎装衣は極めて高度で強力な魔法。

 精密な魔力操作と膨大な魔力、そしてそれを完全にコントロールする魔力制御。

 すべてが揃って、初めて発動できる俺の奥の手だ。


 この村に入った瞬間から常に行なっていた魔力圧縮は中断している。

 そして今、この魔法を発動するために俺の力を押さえ込んでいた魔力負荷の魔道具も解除した。


 正真正銘、こっからの俺は全力だ。

 全力で――生き残る。


「なんだよ、その魔法……」


「さてな。敵に手の内をさらすわけがないだろう」


「なら、ボクが暴いてあげるよ!!」


 魔族の6本の腕、それぞれの手に剣が現れる。

 さっきまでは剣を1つしか持っていなかったが、今は6つ。

 こいつも、本気を出したということか。


「――死ね!」


 魔族が駆け6本の腕で剣を振り下ろす。

 しかし、俺はその場から1歩も動かず魔族を迎え撃つ。


「無駄だ」


 魔族の剣、そのことごとくを俺の炎が妨げる。

 流炎装衣の隙を探そうと魔族は俺の周囲を旋回し、さまざまな角度から6つの剣を振り回す。

 それはさながら、剣の嵐。


 しかしその嵐の中心は、凪いでいた。

 俺は1歩も動く必要すらなく、ただ流炎装衣の防御に身を任せる。


「はあ、はあ、なんで、こんな……!」


「終わりか?」


「まだだよっ!!」


 今度は剣による攻撃に加えて、魔法攻撃が加えられる。

 炎の防御を打ち破るには水の攻撃。

 そんな定石通りの水属性魔法が怒涛のように打ち込まれる。


 6本の剣、多方面から打ち込まれる水の魔法。

 圧倒的な手数による飽和攻撃。

 しかしそれでもなお、俺の炎は破られない。


 剣の攻撃は遮り、水の魔法は蒸発させる。

 完全無欠の炎の盾だ。


「くそっ! くそっ! なんで!」


「さっさと諦めたらどうだ? お前は俺には勝てないぞ」


 俺の言葉に、魔族は怒りを露わにする。


「黙れぇ! 人間風情が!」


「そうは言ってもな……お前、男爵級の最下級魔族だろ」


「!? なぜ、それを……!」


 魔族は俺の言葉に驚愕する。


 魔族には階級がある。

 頂点を魔王級とし、公爵級、侯爵級、伯爵級、子爵級、男爵級と続く。

 その階級を決める指標はただ1つ、強さだ。


 魔族には魔族の社会があり、それを上手く回すために人間のものを参考に作られたカースト制度。


 俺がこいつになら勝てると判断したのも、この魔族が最下位である男爵級魔族であることに気づいたからだ。


 魔族は、とある理由によって力を強めるほど人と似た姿に進化していく。

 異形の6腕、それに加えて山羊頭のこいつなど典型的な男爵級魔族の姿だ。


 侯爵級以上の魔族は、対抗するのに神器が必須になるほどの強者揃い。

 しかし、男爵級の魔族はゲームの序盤で登場するような敵だ。そのため、今の俺なら問題なく勝てると踏んだのである。


 伯爵級だったら絶対に勝てなかっただろう。子爵級が相手ならば危険な戦いになったに違いない。

 だけど目の前の魔族は男爵級。最底辺の魔族。

 最初こそ油断したが予想通りの戦闘力。負ける要素は1つもない。


「なぜ、人間がボクらのことをそこまで知っている!」


「さてな」


 まともに答える必要もない。

 俺は適当にはぐらかし、動揺する魔族をあざ笑う。


「降参するなら今のうちだぞ。生かして返す気はないが、楽に殺してやってもいい」


「馬鹿にするな!」


「お前では俺の魔法を破ることはできないだろ。このまま無駄な抵抗を続けてもいいが、無意味だ」


「っ……! ハッタリだ! これほど強力な魔法、魔力の消耗だって早いはず!」


 魔族は自分で言ってから、ハッとしたように言葉を重ねる。


「ああ、そうだよ! だっておかしい! こんな強力な魔法を常に発動させ続けるなんて、魔力がどれだけあっても足りないよ! キミは人間だ、上級魔族なんかじゃない! 人間の魔力なんてたかが知れてる!!」


 魔族は徐々にその声音に喜色が混じり、わずかに浮かび上がった希望にうっすらとした笑みを浮かべる。


「キミの魔力が尽きた瞬間、ボクが勝つ! 体力はボクの方があるのだから、ボクはそれまで攻め続ければいいだけのことだ!」


 魔族は得意気に勝ち誇る。

 なるほど、たしかにその推測は正しい。


 俺の魔力が尽きれば、身体能力において魔族に圧倒的に負けている俺はなすすべもなく斬り殺されてしまうだろう。

 魔力がない俺なんてゴブリンにだってきっと勝てない。


 魔法使いは魔力がなければ戦えず、魔力が切れたら置物以下の存在に成り果てる。

 そんなことは最初からわかっているのだ。


 だから――鍛えた。


「切れないぞ」


 不敵に笑い、胸を張り、物語に登場する悪役のように俺は堂々と言い放つ。


「魔力は切れない。俺の魔力は、まだまだ残っている」


 魔力操作によって隠蔽し、悟らせないようにしていた魔力をあえてひけらかす。

 それは、まるで波濤のように押し寄せる魔力の奔流。

 せきを切って溢れ出す俺の魔力が相対する魔族を威圧する。


 この戦いが始まってから俺は多くの魔法を使ってきた。

 しかしそれでも、俺の鍛え上げられた魔力量はまだ8割近く残っていた。


「はっ、くっ――!!」


 それは絶望だろう。

 わずかな希望を思い描いた直後に無理矢理叩きつけられる圧倒的な絶望。


 魔族は俺の膨大な魔力に気圧されて、身動き1つ取れずに立ち尽くす。


 希望を抱いた相手を絶望に叩き落とすなんて我ながら悪役じみたものだ。

 なんて思ったが、そもそも俺は悪役か。


 ならば、悪役らしく情け容赦もなく敵を始末しよう。


「『劫火――」


「あああああああああッッッッ!!!!」


 俺が魔法を発動させようとすると、恐慌に陥った魔族が無鉄砲に突撃してくる。

 もちろん流炎装衣がそれを許すはずもなく、振りかぶられた剣とともに魔族の腕を炎が飲み込み――灰に変えた。


「なんで! ボクがっ、このボクがぁ!! このボクが人間なんかにぃぃぃぃいいい!!!」


「犠牲になった人たちに死んで詫びろ――『劫火槍』」


 俺の放った炎の槍が魔族の腹に突き刺さる。

 そして魔族は炎に焼かれ、悲鳴をあげる間もなく息絶えた。

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