魔族
魔族とは、端的に言うと人類の敵だ。
この世界では古くより、人間と魔族は敵対してきた歴史がある。
しかし魔族の拠点がどこなのか、その生態はどうなっているのか。
いまだに解明されていないことの多い未知の存在。
魔族について人類がわかっていることは少ない。
なぜか人間を積極的に襲うこと。高い身体能力と強大な魔力を持つこと。
どこからともなく突然現れること。
人語を理解し会話が成り立つこと。
わかっていることなんて、これくらいだ。
実際に人類の前に現れることは少なく、数年に1度目撃される程度。
しかしひとたび現れれば周囲の人間を手当たり次第に殺し尽くし、歴史に残るような理不尽な破壊をまき散らす。
魔族とは、この世界でもっとも身近な厄災の名前だ。
まさかこんなところで遭遇するとは。
「魔族……」
メリーネが呆然と呟いた。
無理もない。この世界の人間にとって、魔族は恐怖の象徴だ。
しかし転生者である俺にとって、魔族は『エレイン王国物語』に登場する敵勢力であるという意味しかない。
物語の各所で現れ、敵対し、最終的に主人公が討ち倒す。
それだけの存在だ。
奴らがどこに潜んでいるのかも知っているし、その目的もゲームの中で語られた。
未知とは恐怖だ。
この世界のことをゲームを通して他の誰よりも知っている俺にとって、魔族は未知ではない。
ゆえに過剰な恐怖は感じない。
ただ、魔物以上に強い敵ということだけが問題だ。
果たして勝てるかと俺は自分に問いかける。魔族において知り得るゲーム知識と、現状の俺の戦闘能力。
それらを踏まえて考え、何とかなるだろうと結論づける。
俺は怯えるメリーネの前に立った。
不安そうに俺を見つめる彼女の頭を安心させるように優しく撫でて、俺は決然と言い放つ。
「問題ない。勝てる相手だ」
「レヴィさま……」
俺の言葉を聞いたメリーネは、ぎゅっと目を瞑る。
それからすぐに閉じた目を開くが、その目はさっきまでのような怯えた少女のものではなく。
覚悟を決めた、騎士の目だった。
「……申し訳ございません。少し取り乱してしまいました。わたしはレヴィさまの騎士です。それなのに守られるだけだなんて、絶対ダメです!」
「戦う気か?」
「わたしはレヴィさまほど強くありません。魔族と戦うなんて怖くて逃げ出したいです。だけど、ここで逃げたらわたしはこの先、レヴィさまのお隣に2度と立つことができませんっ!!」
メリーネの自分に言い聞かせるような宣言を聞いて、俺は思わず笑みがこぼれる。
すごいな。俺だって目の前の魔族に立ち向かおうとしているが、それは勝算があるからだ。
敵の実力も知らず、幼い頃から言い聞かせられてきたであろう恐怖の象徴が相手。
そんな中で立ち向かえるメリーネはすごい騎士だ。
しかし、そんなメリーネの覚悟を聞けたばかりだと言うのに、耳障りな声が町に響く。
「ああ! 感動的だ! これが勇気と友情と、人の愛っ! 守るべき者のために強大な敵に挑む勇者と、愛する者のために奮い立つ少女!! ああ、魔王様! ボクは人間界に来て良かったっ!!」
空に浮かぶ魔族が、大仰に手を広げて叫ぶ。
「あ、あい……愛? わたし、レヴィさまを……あれ? もしかして……」
魔族の言葉に、メリーネは困惑したような顔をする。
「メリーネ、聞くだけ無駄だ。魔族と会話なんてしようと思わなくていい」
「え、えっと……はいっ! わかりました!」
魔族と人間の価値観は根本的に相容れない。
仮に言葉が通じたところで、植物や昆虫と意思の疎通なんてできるわけがない。
魔族は人間にとって、そういう次元の化け物だ。
「まったく、つれないなぁ。でもいいよ。だって君たちってすっごく素晴らしい!! こんな素晴らしい人間を――壊して、殺して、砕いて、潰す! きっとすっごく気持ちがいいよ!!!!」
魔族の叫びを皮切りにひび割れた空から魔物が溢れ出す。
その数は数えるのも馬鹿らしいほどに途方もない。
だけど、そんなものとは最初から付き合ってやるつもりはない。
「まずは数を減らす――『炎竜爆破』」
炎によって形作られた翼の無い蛇のような竜が10体現れ、空の亀裂へと向かって昇っていく。
やがて10体の竜は次々と亀裂の中へと飛び込んで――爆発した。
炎竜爆破は俺が作ったオリジナル魔法のひとつ。
敵に向かって自立して飛んでいき、着弾と同時に爆発して炎を撒き散らす範囲攻撃魔法だ。
射程距離の長い範囲攻撃というコンセプトで作ったのだが、さっそく役に立ったらしい。
「へぇ、君すごいね! 今ので持ってきた魔物が8割くらい死んじゃった!」
魔族が感心したように言うが、その言葉とは裏腹に焦った様子などはない。
「ま、2割も残れば十分かな。ほら、後ろの人間を殺してこい!」
どうやら狙いは俺やメリーネではなく教会に匿っている村人らしい。
だが、やすやすと殺されてたまるか。
「『炎竜――」
「――おっと、君の相手はボクだよ!」
魔法で残った魔物を倒そうとした瞬間、空中にいた魔族が俺の目の前に急に現れる。
その手にはさっきまでは持っていなかった剣。
振りかぶられた剣が、俺の頭上へと迫る。
「レヴィさまっ!」
だが、魔族の剣は俺には届かなかった。
とっさに反応したメリーネが、俺の前に割り込み魔族の剣は防いだのだ。
「悪い、メリーネ。助かった」
「お役に立てて良かったです!」
メリーネはそう言ってくれたが、完全に油断だ。
教会の方へと向かう魔物に気を取られて魔族から注意を逸らしてしまった。
メリーネがいなかったら死んでたかもしれない。
生き残りを目標に掲げているくせに、油断するなんて何という体たらくだろうか。
俺に待ち受ける死の運命を覆せる余裕が持てるほど、俺は強くなんてないのに。
もう、油断はしない。
目の前の魔族に確実に勝つために全力を出そう。
「メリーネ、教会の方に行ってくれ。こいつの相手をしながらだと向こうに手が回りそうもない」
「!? ですが、レヴィさま……」
メリーネが不安そうに俺を見る。
まあ、さっき油断をさらして助けてもらったばかりだ。俺を1人にするのに抵抗があるのもわかる。
だが俺とメリーネが2人がかりで魔族と戦っていては、教会に避難している村人に犠牲者が出てしまう。
騎士はいるが、その中にはメリーネほど強い者はいないし人数も心許ない。
魔物たちの中には、さっき俺が倒したゴブリンジェネラルだっていた。
あれは俺以外ではメリーネくらいしか対処できない魔物だ。
騎士たちでも連携すれば勝てるとは思うが、それではその間に他の魔物に村人たちが襲われてしまう。
俺がこいつを倒して、メリーネが教会を守る。
それが最善策だ。
メリーネもそれはわかっているのだろう。
村人を助けなきゃという気持ちと、俺を1人にする不安。顔には迷いがあった。
「大丈夫だ。信じてくれ」
時間も無いので、言葉少なに説得する。
メリーネは躊躇いがちにこくりと頷くと、身をひるがえす。
「レヴィさま、信じてますっ!」
去っていくメリーネを見送り、俺は1人で魔族と対峙する。
「いいんだ? あの子も結構強かったし、2人でならボクに勝てるかもしれないのに」
「さっきは油断しただけだ」
「へぇ? 死んでから後悔しても遅いけどねえ!!」
再び魔族が高速で動き俺へと剣を振り下ろす。
しかし今度は油断せず魔族の動きをしっかりととらえていた。
俺は、迫る魔族を前に魔法を発動する。
「『流炎装衣』」
魔法によって生み出された炎が魔族の剣を遮るように噴き上がり、俺を守る。
「っ!?」
超高熱の炎を前に、魔族はたまらず攻撃を中断して後ろに下がった。
この魔法は、炎の盾だ。
魔法によって放たれた炎が俺の周囲に待機し、敵の攻撃に反応して自動的に防御する。
この盾は物理的な壁ではない。
ゆえに、無理をすれば突き破ることもできる。しかしその場合その者は炎に焼かれてたちまち灰と化すだろう。
俺の身を守る盾であり、敵対者を滅する剣でもある。
生き残ることを目的とした俺にとって、最高傑作と言える魔法がこの流炎装衣。
「おい、魔族。こっからが本気だ。――俺は絶対に死なないぞ」
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