初陣

 朝に王都から出発して現在は日が沈み始める時間。


 予定だとそろそろ村に着くはずだ。


 たしかケールの村だったか。

 領地へと続く道の途中にある村で、事前に計画している行程だと今日はケールの町で1泊する手筈だ。


「ふう、やっと休めるな。馬車は疲れる」


 馬車の旅は、意外と疲れるものだった。

 乗ってて苦痛を感じるほどではないが、自動車ほど衝撃を軽減してくれないのでまあまあ揺れる。

 そんな馬車に1日中乗っていれば、疲れるのも仕方ないだろう。


 何というか、早く外に出て体を動かしたい気分だった。


「わたしも馬車は苦手です……」


「体を動かすのが好きなメリーネはそうよね」


「ジーナは元気そうだな」


「あたしは運動嫌いなので。むしろ、こんな良い馬車に乗れる上に楽させてもらえて嬉しいです」


 馬車の中は退屈だったので、今まであまり話したことのなかったジーナともよく話した。

 貴族と従者という関係だからある程度の線引きはあるが、そこそこ仲良くなれただろう。


 ジーナは本を読むのが好きで、出不精なインドア気質らしい。

 前世の俺みたいで親近感があるな。


 そんな彼女が侯爵家に奉公するようになった理由は、今もこの馬車の御者をしている執事、エルヴィンだ。


 エルヴィンはジーナの実の父。

 仕事も結婚もする気がなく引きこもっていたジーナを見かねたエルヴィンは、彼女を自身が仕えているドレイク侯爵家にメイドとして放り込んだという。

 そんな経緯があってドレイク侯爵家に仕えてるなんて聞いていてなかなか面白い話だった。


 今は働くことに対する不満はありつつも、待遇が良いので何とか我慢できてるとジーナは言う。

 しかし願わくば、もっとダラダラとした生活を送りたいとか。

 そんなことを仕えてる家の跡取りに言うなんて、ずいぶんと明け透けというか怖いもの知らずというか。

 だけど、このくらい遠慮なく言ってくれる方が俺にとっては気楽だな。


 根幹が貴族じゃなく、前世の一般人な俺だ。

 笑顔の裏で何を考えてるかわからないやつより、ジーナみたいな良くも悪くも素直なやつの方がよっぽど好感が持てる。


 思えば最近のメリーネも俺に遠慮がなくなってきているし。

 この2人はいずれ主従関係を越えた友人として付き合っていける得難いやつらかもしれないな。


 そんなとりとめもないことを考えていると、ふいに隣に座るメリーネが窓の外に身を乗り出した。


「おい、どうした?」


 音を聞くのに集中しているのか、メリーネが頭に装着している猫耳の魔道具がぴくぴくと動く。


 少ししてメリーネはバッと振り返り、慌てた様子で叫んだ。


「――レヴィさま! 街道の先からたくさんの悲鳴が聞こえますっ!」


「なんだと!?」


「おそらくケールの村が襲われています! 襲っているのは鳴き声からして魔物かと!」


 メリーネの言葉を聞いた俺は、すぐさま窓から身を乗り出し周りの騎士たちに指示を出す。


「おい! ケールの村が襲われてる! 急げ!」


「!? では、我々は先行いたします! レヴィ様はここで馬車とともに待機を――」


「――いや、俺も行く! この中で最も強いのは俺だ!」


 目の前に襲われている人がいて、俺には天才と称されるほどの力があって。

 それなのに後方の安全圏で引きこもるなんてそんなのできないだろ。


「お前らは2騎を残して先行。残った2人は馬を俺とメリーネに預けてここでジーナとエルヴィンの護衛だ!」


「し、しかしそれでは護衛の意味が――ええい、絶対に死なないでくださいねレヴィさま! 護衛対象を危険に晒した上に死なせたとなれば俺たち全員打ち首だ!」


「――聞き分けがよくて結構だ! 俺は死ぬ気なんてまっっったく無いから安心しろ!」


 エルヴィンにすぐ馬車を止めてもらう。

 俺とメリーネは騎士から馬を預かると、馬にさっと跨りすぐに先行する騎士たちを追いかける。


 前世では馬なんて乗れなかったが、レヴィとして生きてきた14年の中で貴族教育の一環として乗馬をやらされていた。

 そのおかげで、メリーネほど上手くはないがしっかりと手綱を制御することができている。


 そうして先行する騎士たちに遅れること少し。

 村にたどり着いたが、そこには地獄のような景色が広がっていた。


「クソ、気分が悪い」


 村の中、いたるところにかつて人だったものが転がっていた。

 広場は血で染まり、家屋は崩れ、畑は荒らされ、醜悪な魔物たちが我が物顔で村を闊歩する。


 レヴィとしても、もちろん前世としても。

 こんな光景を見たことなんかない。


「レヴィさま……」


 気遣わしげなメリーネに背中を撫でられ少し落ち着く。

 情けないな。

 あれだけ死なないために強くなるとか天才だとか言ってたけど、俺はまだこの世界の厳しさをちゃんと認識していなかったらしい。

 

「悪いな、メリーネ。もう大丈夫だ」


 胃から迫り上がってくる苦いものを無理矢理飲み下す。

 俺を新たな獲物だと見定め、こちらに向かってくる魔物――ゴブリンに対して手のひらを向けて魔法を放つ。


「くたばれ――『劫火槍ごうかそう』」


 俺の背後から放たれる超高熱の炎の槍。

 炎の槍は高速でゴブリンへと迫り、身を躱す余裕すら与えずその身を貫き――肉片ひとつ残さず燃やし尽くして消し炭にした。


 初めて実戦で魔法を使用したが、消し炭になるとは思わなかった。少し威力を上げすぎたかもしれない。

 だけど魔力はまったく消費してないし、今の威力ならまだ1000発は撃てる。


 やはり魔力量を上げる方針は間違っていないな。

 このレベルの魔法を乱射できる魔力があれば、たいていの脅威を跳ね返せるだろう。


 それにしても初めて魔物を、生物を殺したわけだが特に動揺などはなかった。

 この村の光景が脳裏に焼き付いている中では、魔物を殺してどうこうなどというセンチメンタルな気分は抱きようもないのだろう。


「レヴィさまの魔法、すごい……!」


 俺の魔法の威力に驚いたらしいメリーネがキラキラと目を輝かせて俺を見る。

 メリーネに賞賛される気分は悪くないが、今はそれよりも村を襲う魔物たちを早く駆除しなくては。


「メリーネ、生き残りがどこにいるかわかるか?」


 俺が問いかけると、メリーネは耳をぴこぴことさせて周りの音を集めだす。

 するとすぐ、彼女はぴっと指で方向を指して答える


「あっちの方に固まってますっ!」


「よし、助けに行くぞ!」


「はいっ!」


 俺たちは村を駆け出した。

 

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