ダンジョンを目指して

 ダンジョンは半永久的に魔物が出現する魔物の巣窟だ。


 どうやってできるのか、存在している理由も不明。

 ただ世界中の各地に点在するもので、俺の住むエレイン王国には王家直轄領にある王立学園都市とドレイク侯爵領、それから他に2つで計4つ存在している。


 その全容は謎に包まれているし、『エレイン王国物語』のゲームでもとくに語られていない。

 メタ的に言ってしまえば、ファンタジーの定番要素だからゲームに登場していただけで深い理由なんて別になかったのだろう。


 内容としてはゲームに登場するようなよくあるダンジョンと変わらないものだ。

 魔物が出現して、宝箱が出現して、ボスがいて、最下層まで攻略すると宝物が手に入る。


 ゲームでは主にレベリング目的で頻繁に利用していた。

 しかし現実となったこの世界にレベルという概念はないので、ゲームのときほど有用性はない。

 とはいえ現実になったからこそ有用性が増した面もある。


 例えば、資源的な価値。

 ダンジョンに出現する魔物の中には、食用に適した動物型の魔物がいたり体に鉄を含んだゴーレムなどいる。

 そういった魔物が半永久的に湧き出てくるダンジョンは、まさに尽きない鉱脈と言える。


 エレイン王国で領内にダンジョンを持つ3つの貴族家は軒並み大きな権力を持っている。

 その背景には、ダンジョンの存在は大きく寄与していることだろう。

 ドレイク侯爵家にとっても、ダンジョンはかなり重要なものだ。


 俺のダンジョンに挑戦するために領地に行きたいという要望は、その場で了承をもらえた。

 そして数日後、出発の日を迎える。


 供をするのは専属護衛のメリーネと、身の回りの世話をする執事とメイドが1人ずつ。

 それから侯爵家の騎士が10人。

 合計14人の大所帯だ。もっとも、大貴族の跡取りが動くにしては少ない方である。


 先に執事が御者台に、メイドが馬車に乗り込む。

 メリーネが馬車に乗り込むところで、俺はふと思いついて口を開く。


「メリーネ、馬車に乗るときは魔道具は切っておけよ。重いからな」


「む……!」


 領地へと向かう馬車に乗る際、メリーネに重量付加の魔道具をオフにしておくように言うと睨まれてしまった。

 頬を膨らませて、拗ねたような様子だ。


 何で怒るんだ。200キロの重量をそのままに馬車に乗ったら馬に無駄な負担がかかるだろ。

 俺、別に変なこと言ったわけじゃないよな。


「フッ、レヴィは女性の扱いというものを知らぬな」


「そりゃ、知らないですけど」


 だって、前世では常に隅っこで影を薄くしてひっそりと過ごすような陰キャだった。

 前世の記憶を思い出す前のレヴィも、周りと壁を作って女どころか男すら寄せ付けない陰キャだ。


 そんな俺に女性の扱いとかどうとか言われても困る。

 普通に無理である。


「前途多難だな」


「よくわかんないですけど。そろそろ行きますね、父上」


「ああ、達者でな。困ったときは弟を頼れよ。あいつは病弱だが、とても頼りになるやつだ」


「はい。学園に入学する時期には戻ります」


 見送りに来た父上に別れを言い馬車に乗り込む。

 4人乗りの馬車で隣にメリーネ、正面にメイドのジーナだ。


 ジーナは茶髪におさげ髪の素朴な感じの少女だ。

 連れて行く人員はメリーネ以外は誰でも良かったのだが、メリーネとジーナが同年代で仲が良いらしいので彼女にした。


 騎士たちは馬車には乗り込まず、馬車の周りを馬に乗って着いてきている。


「そういえばレヴィさま、どうしてダンジョンに行くのですか?」


 街道を進む馬車の中ふいにメリーネが問いかけてくる。


「ああ、言ってなかったか」


 俺がダンジョンに挑戦する目的はダンジョン産の魔道具だ。

 ダンジョン産の魔道具は、人工のものよりも基本的に強力な物が揃っている。

 といってもミストの作る魔道具は人工の物にしては破格なものばかりで、ダンジョン産の物にも劣らない。


 そんなわけで、彼女と伝手がある俺が求めているのは普通の魔道具ではない。

 俺が欲しいのはダンジョンの最下層まで攻略した者だけが手に入れられる特級武装。


「俺の目的は――神器だ」


「神器、ですか?」


 きょとんとした顔で、メリーネは首を傾げる。


 神器のことを知らないらしい。

 俺はゲーム知識として知っていたが、そういえばこの世界では神器の存在はおおやけにはされてなかったか。


「ダンジョンを完全攻略したものにだけに与えられる専用の特級武装だ。他の魔道具とは隔絶した効果を持っているらしい」


「そんなものがあるのですね」


「七竜伯。王国で神器を持ってるのは、あいつらだな」


 七竜伯はエレイン王国の最強戦力である七人。

 一代貴族でありながら国章である竜を冠することを許された、最高位貴族でもある。


 彼らは、ゲームでも終盤に味方陣営として活躍する強者たちだ。

 各々の神器を使い、バッタバッタと敵を薙ぎ倒していく姿はとてもかっこ良く人気があった。


「わあ、七竜伯ですか! 神器ってすごいのですね」


 騎士として、最強と称される七竜伯に憧れでもあるのだろう。

 メリーネはキラキラと目を輝かせる。


 しかし、メリーネはふと何かに気づいたようにハッとしておずおずと聞いてきた。


「あの、七竜伯以外にその神器というものを持ってる人は?」


「王国には、いないな」


「いないんですか!?」


 隣に座るメリーネが、ずいっと身を乗り出して顔を近づけてくる。


「そ、それってダンジョンの完全攻略には七竜伯クラスの戦闘力が必要ってことにならないですか?!」


「まあ、そうなるな」


「無理ですよっ! むりむりむりむり! レヴィさま死んじゃいますよ!」


「大丈夫だ。七竜伯にできたってことは、俺にだってできるってことだから」


「すっごい自信っ! 七竜伯って王国最強ですよ!」


「なるほど、なら次の最強は俺だな」


 メリーネは目をくわっと見開いて驚愕する。


 いやまあ、最強は言いすぎたかもしれない。1年後には俺以上の才能の主人公が現れるのだから。

 とはいえ、七竜伯クラスの実力なら何とか届くはず。


 そもそも、ゲームの終盤では神器が無いやつは死ぬしかないほどの強敵がぽこじゃが出てくるのだ。

 七竜伯だってルートによっては何人か死ぬ。

 主人公とパーティメンバー全員が神器を手に入れるのは、ゲームクリアに向けての必須条件でしかない。


 俺が生き残るには神器の所有は前提として必要なのだ。


「というか、メリーネ。人の心配ばかりだが自分の心配はいいのか?」


「へ?」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、メリーネは呆けた声をあげる。


「いや、だってメリーネも一緒にダンジョン攻略する予定だから。メリーネにも神器を手に入れてもらう」


「ま、まままま待って待ってっ! 聞いてないですよーっ!」


「あ、言ってなかったか。悪いな」


「言ってくださいよ! そういう大切なことは、ちゃんと言ってくださいっ! というかいやです! 七竜伯しか持ってないって、そんな難易度高そうなとこにわざわざ行って死にたくないですっ!!」


「俺だって死にたくはないし、大丈夫だ。多分」


「多分ってなんですか!!??」


「ははは」


「笑って誤魔化すなーーーっ!!!!」


 メリーネの心からの叫びが馬車を揺らす。


 そんな中、これまで一言も喋っていなかったジーナがぽつりと呟いた。


「この2人仲良すぎでは。あたし、お邪魔じゃん」

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