父親
ある日の昼下がり、俺は屋敷の中庭にいた。
中庭のベンチに腰を下ろし魔道書を読んでいる俺の近くでは、メリーネが剣の鍛錬をしている。
しかし、メリーネの動きはどこか鈍い。
普段は流麗で見事な剣技を見せるメリーネだが、今は一挙一動が重く大粒の汗をかいていた。
「メリーネ、魔道具の効果はどうだ?」
「すっっっごく動きづらいですっ! とっても疲れますっ!」
「よし、ちゃんと効果が出てるみたいだな」
「本当にこれで強くなれるんですか!?」
「多分」
「多分ってなんですかぁ!!」
メリーネは今、ミストに新しく作ってもらった魔道具を使って鍛錬している。
体に重さを付加する魔法が込められた魔道具だ。
これは俺の前世知識から着想を得たもの。
アニメや漫画などで登場する重りトレーニング。
高重量を日常的に体に与えて、重量に慣れた頃にそれを外したときに元の何倍にも身体能力が上がるというアレ。
そのトレーニング理論をこの世界で実践するために、ミストに作ってもらったのである。
俺の魔力負荷の魔道具と同じで、重さの調節が可能。
今は200キロの重さでやっているが、最大重量は1トンまでいける。
効果があるのかはわからないが、最初のうちは100キロでひーひー言ってたのを思えば身体能力は確実に上がってるはずだ。
俺は魔道書を読みながら魔法の勉強。
メリーネは鍛錬。
そんなふうにして過ごしていると、屋敷の方から1人の男が歩いてきた。
それを確認したメリーネは鍛錬を中断して姿勢を正し、俺もベンチから立ち上がる。
「2人とも、精が出るな。ああ、メリーネは気にせず続けていてくれ。邪魔をする気はない」
現れたのは金髪をオールバックにした大柄な男。
俺の父親でありドレイク侯爵家の当主、ルードヴィヒ・ドレイクだった。
「父上、帰ってきていたのですね」
「さっきな」
父上は半年ほど前から侯爵家の保有する領地に滞在していた。
普段は王都の王城で仕事をしているが、領地を任せている弟――俺にとっての叔父の体調が優れず様子を見に行っていたのだ。
「叔父上の様子はどうでしたか?」
俺が尋ねると父上は目を丸くするが、ややあって納得したように頷く。
なんなんだ。
「少し危ない時期もあったが、なんとか持ち直した」
「それはよかったです」
「本当にな。あいつは昔から体が弱くてなあ。我が家は血族が少ないのだから長生きしてくれないと困る」
そう言って父上は遠い目をした。
昔から体が弱いというくらいなのだから何かと大変なことがあったのだろう。
何にせよ大事なくてよかった。
父上の言う通り、ドレイク侯爵家は血族が少ないのだ。
当主である父上と嫡男で跡取りの俺。
それから今は領地にいる妹と、叔父上とその娘。
今の王国にドレイク家の正統な血が流れているのはこれだけしかいない。
祖父が亡くなっており、当主である父上を除いた唯一の大人が体の弱い叔父上だけなのだから父上の苦労もわかるというもの。
まぁ血族以外で言えば母上や叔父上の妻もいるのだが、それを加味しても少ないな。
「父上は側室を取らないのですか?」
「跡取りにはお前がいる。新しく子を作って将来お前の支えになるならそれでいいが、継承権の火種になる可能性がある以上無闇に作るのはな」
「俺に何かあったら大変ですよ」
「フッ、思ってもないことを言うな。お前ほどの天才に何かなどあろうはずもないだろう」
そう言ってにやりと笑う父上。
そんなこと言われてもちょっと困るんだが。
俺だって死にたくはないけど、この世界では俺の命は紙風船のように軽いぞ。
「レヴィ、お前は側室を作っても良いからな。お前の子どもならきっと皆優秀だ。ドレイク家はますます繁栄するだろう。メリーネ、お前もそう思うだろ?」
「えっ!? は、はい! レヴィさまのお嫁さんになれる方はとっても幸せだと思いますっ!!」
「ククク、良かったな。高評価だぞ、レヴィ」
「はあ」
思わず、気のない返事が漏れる。
婚約者すら決まっていないのに側室とかそんな話をするのは早すぎるだろ。
というか、俺はまず自分の命を何とかすることを考えなくちゃいけないのだから、そういう話をしている場合じゃないんだが。
「それにしても、今日帰ってきてから不在中の報告を聞いたが、お前の話でもちきりだったぞ」
「俺の話?」
「ああ。少し前から、見違えるようになったと評判だ。以前のお前は家人には無関心で、魔法の鍛錬もあまり乗り気ではなかった。しかし今はこうして熱心に努力し、メリーネとも仲良くやってるみたいだからな」
「それは、心機一転というか」
前世の記憶を思い出したから、なんて説明はできるわけがない。
でもたしかに、前世の記憶を思い出す前の俺は専属護衛のメリーネのことすら名前くらいしかまともに覚えていなかった。
他の騎士や使用人なんて、名前すら覚えていなかったのがほとんどだ。
魔法の勉強だって、天才の俺には必要ないとか思って適当にこなしていた。
実際それでも優秀な魔法使いだったのだ。
しかし今では才能にあぐらをかいて余裕ぶっこいてたら簡単に死ぬとわかっているので、とにかくがむしゃらに努力しているのだ。
「父として安心したぞ。素行の悪いクソガキが、大人になってくれたとな」
「最近のレヴィさまは、なんだかすごく話しやすくなりました。メイドの子たちも、レヴィさまが優しくなったってよく言ってますよ。……わたしも、レヴィさまはかっこよくなったと思います」
「普通にしてただけなんだが」
まぁ、元が悪すぎたからこそなのだろう。
不良が道端の子猫に優しくしている姿を見ると、ギャップでめちゃくちゃ良いやつに見えるあれだ。
2人とも大袈裟で困る。
「そうだ、父上。父上が帰ってきたら俺も相談しようと思ってことがあったんです」
「ほう、なんだ? 言ってみろ」
「俺も久しぶりに領地に行きたいなと思いまして」
「理由は?」
父上の問いに、俺は答える。
「ドレイク侯爵領にある――ダンジョンに挑戦したい」
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