旧市街の魔道具師
王都の中心から外れの方にある街区。
俺は今、王都の人たちの間で旧市街と呼ばれる場所に来ていた。
再開発が遅れ半ば放置されたその周辺は、家屋や路地などが前時代的で古びた印象を抱かせる。
しかし、ここの家は家賃が安いため意外と人が多い街区だ。
旧市街だからと言って、スラムになっているようなこともなく活気があり賑わいを見せている。
一方で俺の住む貴族街はとにかく綺麗で立ち並ぶのは大きな屋敷ばかりだ。
住んでいる人も少ないため閑静な高級住宅街といった風情なので真逆である。
個人的には、俺は貴族街よりこっちの方が好きだな。
古い街並みには古い街並みなりの魅力があるものだ。
そんな旧市街を歩いて、俺はすぐに目的地へと辿り着く。
「ここだな」
そこは小さな商店だった。
陽当たりの悪い路地裏にある店で、手入れのされていないボロボロの看板に『魔道具、あります』とだけ書かれている。
「レヴィさま、本当にこんなところに入るのですか?」
「嫌なら外で待っててもいいぞ」
連れてきた護衛が微妙な顔をする。
彼女は、俺の護衛として付けられた侯爵家の騎士の1人。
たしか、メリーネ・コースキーだったか。
髪は銀色のボブで目は青色。
服装は侯爵家の女性騎士の標準装備である軍服っぽいデザインの黒いワンピースで、その上に侯爵家の紋章が刺繍された外套を羽織っている。
腰には剣が2本。両手に1つずつ持つことを想定しているのか刃渡りは短めのショートソードだ。
身長はそこまで高くなく体型も細いので戦いに向いてるように見えないが、その立ち姿には一切の隙がない。
俺よりは歳上だろうが、かなり若い騎士だ。
この歳でドレイク侯爵家の騎士で、その上跡取りである俺の護衛を任されているのだからきっと相当強いのだろう。
ゲームには出てこなかったから実際のところはわからないけど。
前世の記憶が戻る前の俺は周りの人間に対する関心などまったくなかったから、メリーネについて名前くらいしか思い出せないのが我ながら嫌な感じだな。
まあそれは置いておくか。
今は、目の前の店についてだ。
メリーネは、どうやらこの店を相当怪しんでいるらしい。
こんなちゃんとした店なのか疑わしいボロボロの店に護衛対象の俺を入れたくないという様子だ。
そもそも旧市街はそもそも俺みたいな貴族が来るところじゃないだろうしな。
俺だって、この店の存在をゲームで知らなければ近寄ろうともしなかっただろう。
「こんな怪しい店、レヴィさまの身に何があるかわかりません。危険です!」
「であれば、何かあればお前が守れ。そのために連れてきたんだ」
「! 差し出がましいことを言いました」
メリーネは俺の言葉に目を丸くすると、すぐに納得したようでうやうやしく礼をする。
俺を守れなんて自分のプライドを傷つけるような言葉、ゲームでのレヴィは絶対言わないセリフだ。
今の俺にはレヴィの記憶もあるが、人格的には8対2くらいで前世の影響が強いので言えてしまうけど。
プライドなんて生き残るために捨ててしまえ。
といってもこの店に危険なんてない。
それは、ゲーム知識でよくわかっている。
店のドアを開け中に入る。
店の中は雑多にものが散らばっていて、足の踏み場もないような様相。
まるでゴミ屋敷。
間違っても健全に店をやってるような雰囲気には見えない。
これには、俺もメリーネも揃って頬を引きつらせる。
「おい! 店主はいるか!」
「は〜い! 今行きま〜す!」
俺が大声で呼びかけると、間延びしたような声が返ってきた。
ややあって店の奥から現れたのは、20代くらいの女だった。
伸ばしっぱなしでぼさぼさの長い黒髪。
濃い隈ができた赤い目と、不健康そうな白色の肌。
服装は色気も洒落っ気もないぶかぶかのツナギ。
「いらっしゃませ〜! 魔道具師ミストのアトリエへようこそ〜!」
彼女はミスト・コール。
『エレイン王国物語』に登場する人物の1人だ。
ミストは俺の姿を見ると、目を丸くする。
「やや! もしかして、お貴族様ですか〜?」
「ああ、ドレイク侯爵家のレヴィだ」
「わあ! ドレイク家の方ですか〜! お会いできて光栄です〜!」
ミストは両手をぱんっと合わせて嬉しそうに微笑んだ。
「世辞はいい。今日はこの店に買い物に来たのだが」
ふと俺は商店の中を見渡して思ってしまう。
こんなごちゃついたところで買い物とか、どうなんだと。
別に俺は綺麗好きでも潔癖症でもない。
だからといって、こんなゴミ屋敷みたいな場所で買い物しようなんて気分が萎えて仕方ない。
「あー、ミストと呼んで良いか? 商談の前に掃除してくれないか、こんな様相では商売とかできるもんじゃないだろ」
「あはは、私お片付けが苦手で〜」
だろうな、という言葉は飲み込む。
そんなものこの状況を見れば誰でもわかる。
「……俺も手伝おう。悪いがメリーネも頼む」
「わ、わたしの名前……初めて呼んでくれた……覚えてたんだ」
「どうした?」
「い、いえ! レヴィさまがやるのであれば、わたしももちろんお片付けを手伝いますっ!」
メリーネから頼もしい言葉が返ってくる。
拳を胸の前で握りしめ、ふんすと気合いを入れる姿は身長の低さも相まってどこか小動物みたいだった。
「わあ〜! お2人ともありがとうございます〜! よ〜し、私も頑張っちゃいますよ〜!!」
「お前の店なのに、なんか他人事みたいだな……」
俺たちはさっそく、店の片付けに取り組むことにした。
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