どうあがいても死亡ルートしかない悪役だけど、生き残るために努力する

秋町紅葉

死亡ルートしかない俺

 無駄に広い豪華な部屋の中で俺は呆然と立ち尽くす。

 目の前にあるのは鏡だ。


 鏡に映るのは黒髪に金色の目をした男。

 整ってはいるが、三白眼のつり目は絵に描いたような悪役顔だ。

 体は細く、手足は長く、すらっと伸びた高身長。


 誰だ、この男?


 俺はどこにでもいるような目立たない容姿の男だったはずだ。

 こんなにキャラが立ったような顔はしていないし、身長だってこんなに高くない。

 自分で言ってて悲しくなるが、平凡という言葉をそのまま具現化したような男が俺なのだ。


 それなのになぜか、鏡に映るのは見知らぬ姿。

 試しに片手を上げてみる。すると、鏡の中の男も俺と同じように片手を上げた。

 今度は口元に笑みを浮かべてみる。

 鏡の中の男は人を小馬鹿にするようないかにも悪役って感じの笑みを浮かべた。


 鏡に映るこの男は俺の動きに合わせて同じように動く。

 つまり、どういうわけか俺はこの男になってしまったということだ。

 違和感がやばいな。


 しかしふと、俺は思い出した。

 この男を見たことがあるかもしれない。

 たしか……昔やったゲームに敵役として登場したキャラの中にいたような。


「……そうだ、レヴィ・ドレイクだ」


 小さく呟く。

 すると、知らないはずのレヴィ・ドレイクの記憶が次々と脳裏に浮かんでくる。


 そうか、俺はレヴィに転生したのか。

 前世の記憶とレヴィの記憶が統合していくと、自身が転生したということをすぐに理解する。

 平凡を絵に描いたような前世の俺も、前世の記憶を忘れたまま14年間生きてきたレヴィ・ドレイクとしての俺も。

 どちらも、間違いなく俺だ。


 再び鏡を見る。映るのは、レヴィの姿。

 それに対する疑問や違和感などはすでに消え去っていた。


「しかし、まずいな」


 前世の記憶を思い出した俺だが、その中に1つやばい記憶がある。


 それは『エレイン王国物語』というゲームの記憶だ。

 よくある剣と魔法のファンタジーを舞台としたロールプレイングゲームなのだが、そのゲーム内にレヴィが登場するのだ。

 しかも、悪役として。


 レヴィ・ドレイクはエレイン王国の貴族家であるドレイク侯爵家の長男だ。

 幼い頃から魔法の才能を発揮して、神童の名をほしいままにする天才。

 しかし、そんなレヴィの前に突如として現れたのが『エレイン王国物語』における主人公だ。


 主人公は平民でありながら特待生で学園に入学することになるが、その才能は神童と呼ばれるレヴィすら上回るほど。

 天才という自尊心を傷つけられ平民に負けるという屈辱を味わったレヴィは、やがて嫉妬に狂うようになり主人公と敵対。

 最終的に死ぬ。


 ひどいのが、レヴィはどんなルートを辿っても最終的に死ぬということ。

 あるルートでは中盤のボスとして立ちはだかり、ボスとして相応しい力を見せつけつつ悪役の宿命として討たれる。

 あるいは別のルートでは序盤の方でわりと雑に死ぬ。

 バッドエンドルートではラスボスの仲間として主人公を打ち倒すも、『お前など最初から仲間と思っていない』とエンディングムービー中に味方に背中を撃たれて死ぬ。


 そんな感じでレヴィはとにかく死ぬ。


 レヴィは悪役ではあるがキャラが立っていたのでかなりの人気があった。

 そんなファンの声が届いたのか、開発元が作ったファンディスクにも悪役でありながら登場したりしている。


 もちろん、ファンディスクでも死ぬけど。

 もはや公式公認のおもちゃ、愛されるネタキャラである。


「……どうせなら、主人公に転生させてくれよ」


 がっくりと肩を落とす。俺の未来があまりにも悲惨すぎて涙が出そうだった。

 俺だってさすがに死にたくはない。


 前世の俺は『エレイン王国物語』が好きでゲーム本編はもちろんファンディスクやノベライズにコミカライズなど、公式から供給されるすべてを楽しんだ。

 そんな大好きなゲームの舞台となった世界に転生できたこと自体は嬉しい。

 しかし、レヴィになってしまったのがとにかくつらい。


 せっかく転生したのに、死の気配が常にチラついている悲運な人生。

 そんな状況じゃ素直にこの世界を楽しめない。


「どうにかしないと」


 死なないためにどうすればいいのか。

 俺は考える。


「主人公と敵対しないようにする……まぁ、意味ないな」


 主人公と敵対しなければ死なないという考えが真っ先に思い浮かぶが、俺はそれをすぐに否定する。


 レヴィは主人公と敵対しないルートでも関係なく普通に死ぬのだ。

 それも、ひっそりとしたナレ死である。『クラスメイトのレヴィが、敵の幹部にやられたらしい』で終了だ。

 あまりにもひどい。この世界はレヴィに厳しすぎる。


「無難だが、強くなるのが1番か?」


 レヴィの死因は基本的に他殺だ。

 レヴィは魔法の天才という設定があって、実際にボスとして立ちはだかるレヴィはかなり強い。

 中盤のボスでありながらゲーム中トップクラスの難関と言われている敵キャラだった。

 俺も何度もリトライするほど苦戦した覚えがある。


 それなのに物語上でやたら殺されてるからおかしいのだが。


 まぁ主人公に殺されるケースがほとんどで、他のケースではラスボスやその配下に殺されたり大量の魔物に囲まれて殺されたり。

 レヴィより強い相手に殺されるか、わりとどうしようもない状況で殺されるものばかりだ。

 そんなわけでレヴィの天才設定はぎりぎり守られているとは思うが。


 とにかく、レヴィの死因は基本的に他殺。

 それをどうにかするのであれば、シンプルだが強くなることが1番確実かもしれない。

 それも、ただ強くなるだけじゃなくて主人公やラスボスに勝てるくらいまで強くなるのだ。

 誰にも害される心配がないほどまで強くなる。

 単純だが、そうすれば殺される確率は低くなるはず。


「そのためには……」


 強くなる方法。

 それをこの世界で14年生きてきて身に付けた知識と、前世で遊んだ『エレイン王国物語』のゲーム知識を総動員して考える。


 そうしてしばらく考えた俺は妙案を思いついた。

 賭けだが、もしこの案が成功すれば俺は確実に強くなれる。


 時間はあまりない。

 今の俺が14歳で、『エレイン王国物語』のシナリオが始まるのは15歳の学園に入学したその日から。


 後1年しか猶予がない俺は善は急げとばかりにさっそく思いついた案を実行に移すことにした。


 部屋の外に控えている護衛を呼び寄せ、俺は告げる。


「おい、街に出る。ついてこい」


 ……まずはこの悪役っぽい口調からなんとかした方がいいか?

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る