ダンベル

 しばらくして片付けが終わると、さっそく商談だ。

 俺はミストに欲しいものを要望する。


「魔力量を鍛える魔道具、ですか〜」


「ああ、あるか?」


 俺がミストに要求したのは魔力量を鍛えるか、あるいはそれに準ずる効果を持つ魔道具。


 この世界の魔法使いの強さを決める要素はいくつかある。

 使える魔法の強さ、その熟練度。

 魔力操作と魔力制御の2つの基本技術。

 さらに、それらを応用した発展技術なども魔法使いの強さの根幹を成すだろう。

 しかしその中でもっとも重要と言えるのが、魔力量。


 魔法は技術や熟練度によってその威力を高めることが可能だ。

 しかし、1番手っ取り早く強い魔法を放つ手段はシンプルに大量の魔力を投じて魔法を強化する方法。

 1の魔力を消費して発動する魔法に、100の魔力を投じれば通常の10倍くらいの威力にすることができる。

 いわゆる、『過重魔法』と呼ばれる技術だ。


 100倍の魔力を消費して10倍の効果しか得られないのだからかなり効率は悪い。

 それに過重魔法で無限に威力を高められるわけでもなく、高すぎる威力によって魔法の術式が破綻してしまう限界点だってある。

 しかし魔法を強化する方法としては、小手先の技術や工夫を必要としないためもっとも簡単。


 デメリットとしては当然、魔力をより多く消費することによる魔力枯渇の危険性。

 だが、戦いにおいて過重魔法は必須の技術。

 これを万全に扱うために俺はとにかく魔力量を増やしたかった。

 他にも、魔力量は継戦能力に直結する要素なので生き残るという俺の目標を考えれば魔力はあればあるだけ良い。


 一応、俺は伊達に天才と呼ばれているわけではなく魔力量はかなりある。

 それこそ、宮廷魔法師にだって劣らないほどの魔力だ。

 しかし足りない。

 俺はそんな程度の魔力では死んでしまう。

 この世界は俺に厳しいんだ。


 普通にやってても魔力は鍛えられる。しかし、それではどうしても時間がかかる。

 あと1年でゲームの舞台が始まるのだから、悠長にしてはいられない。

 早急に魔力量を効率的に、通常の数倍以上のペースで鍛えられる環境を整えたい。


 とにかく魔力だ。魔力が欲しい。

 具体的には今の3000倍くらい。それでやっと俺の不安は解消されて安心して熟睡することができるだろう。


「ふ〜む、むむむ〜」


 ミストは目を瞑りながら腕を組んで考え込む。

 彼女ならと思ってここを訪ねたのだが、果たしてどうだろうか。


 ミストはゲームでは特別なアイテムを売ってくれる存在だった。

 リアルマネーを投じて、ゲームを便利にしたり有利に進めたりできるアイテム――課金アイテムを売ってくれる人物だ。


 この世界は、現実になった影響か何もかもゲーム時代と同じというわけではない。

 魔物を倒してもレベルは上がらないし、習得するだけでその道の達人みたいな技術が身につくスキルは無く。

 装備することで、運だとか命中率やらクリティカル率だとかが上がるとかいう、現実的に考えると意味不明な効果の武具なんてものは存在しない。


 そんな世界でも魔道具というものはある。

 といってもゲームに登場するような非現実的な効果のアイテムではない。

 たとえば、込められた魔法によって切れ味が上がる剣だとか。

 あるいは、防御面以上の範囲に魔力の盾を形成する盾。

 はたまた、旅のお供として心強い水が湧き出る水筒だとか。

 そういった類のものが魔道具だ。


 ゲームの公式設定で天才魔道具師として紹介されているミストなら、俺の要望を満たすかそれに近い成果を出す魔道具を作れるんじゃないかと。

 そんな思いで、俺は今日ここに来たのだ。


 ややあって、考え込んでいたミストは口を開いた。


「う〜ん。たとえばですが〜、あらかじめ魔力を貯蔵しておいて、必要なときに引き出すような魔道具とかはありますよ〜。ですが、レヴィさんが求めるものとは少し違いますよね〜?」


「ああ、たしかに少し違う。だけどその魔道具は良いな。それはそれで欲しい」


 俺が欲しいのは一時的なものではなく、恒常的に俺自身の魔力量の上限を増やせるような代物だ。

 魔力を貯めておく魔道具というのは似たようでいて、少し違う。

 身も蓋も無い感じでぶっちゃけると、俺はトレーニング器具が欲しいのだ。


 つまりダンベルだ。

 筋肉ではなく魔力を鍛えるダンベルを所望する。


 だがミストの言う魔道具もとても優秀そうだ。持っておけば役立つ場面は必ず現れるだろう。

 やはり、ミストを頼って正解だった。


「わあ! そう言ってくれて嬉しいです〜!」


 満面の笑みになったミストはガサゴソと魔道具の山を漁り、1つの魔道具を取り出した。

 血のような赤黒い色に怪しく輝く球体だ。

 なんというか、おどろおどろしい。


「これはですね〜! 生体同位機構を持った魔道具でして〜! 使用者の体内に埋め込むと自動的に余剰魔力を回収してくれるようになる優れもので、蓄えた魔力はいつでも引き出すことができるのです〜。魔力許容量はなんと〜、およそ平均的な魔法使いの10000倍!」


「すごいな10000倍か。そこまで貯まることはなさそうだが……体に埋め込むとなると、人体に悪影響はあったりするのか?」


「いえいえ〜! 生体同位機構によって脳や神経回路はこれを臓器の1つとして認識するようになりますので、馴染むまでは少し大変かもしれませんが最終的に人体に悪影響はありませんよ〜! 実際に使用したことはありませんが、理論的には99.9パーセントの確率で問題ないはずです〜!」


「よし、買おう」


「ちょ、ダメですよ! 危険すぎます! レヴィさま?!」


「え、でも99.9パーセントで大丈夫らしいぞ」


「99.9パーセントなんてむしろ胡散臭すぎますって! それになんですか体の中に埋め込むとか、脳が臓器として認識するとかって! それに試験もされてないとか、不穏すぎますよっ!!」


「でも、10000倍だぞ?」


「多分安全ですよ〜!」


「多分!? ――とにかくダメです! これはダメ! ぜ〜ったいにダメですよっ!!!」


「そ、そうか。10000倍なのに……」


 あまりにも必死に止めてくるメリーネ。

 その顔には一歩も譲らないという断固とした意思があった。

 俺としてはこの魔道具が欲しいのだが、メリーネが俺を心配する気持ちで止めてくれているのもわかってる。

 仕方なく、俺は諦めることにした。


「残念です〜」


「このマッドめ。レヴィさまに危険が及ばないようにわたしが注意しておかないと」


 俺とミストが揃って肩を落とす中、メリーネの小さな決意だけが店に虚しく響いた。

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