浮雲の世界。涅槃はそこにあり。

くま既知

第1話 夕暮れから夜明けまで。

とある地方、と言うかかなり田舎。

付近には森や木々があり、かなり離れた感覚で家が建っている。

夕暮れ、畑をしていた高齢者たちは家に戻り、夜の晩酌を楽しむ。


そこに一日一回の連絡。

「どーも、体調お変わりないですか?体のどこかが痛くはないですか?何かあればすぐに駆け付けますんで。」

それぞれの家にはすぐに連絡がつくモニターがあり、高齢者はこの地域に住む介護者との一日二回の連絡を欠かさない。

モニターに映る、人の好さそうな若い男は集落全員の安全を確かめてから、定時連絡を済ませて、軽い度数のアルコールを飲みだした。


「この静寂は東京では二度と得られないんだよ。俺、暫くここにいていいかな?」

介護者を訪ねてきた同期らしき男は周囲の空間を見回して羨望のまなざしを浮かべる。

「まあ、居たければいていいよ。仕事は落ち着いたんだろ?あんたはあの土地で多分疲れてるんだ。都会という毒素を抜くには少し居たらいい。

 ただし、手伝ってもらうことはあるからね。前も来たから知ってるだろうけど。」

介護者の錬沸洋二は、東京から来た定家噤(つぐむ)を嗜めるように言ってから、

リビングから奥へと引っ込んで洋酒を持ってきた。

「ヨーロッパの従兄が送ってくれた本格的なウィスキーだよ。昨日来たんだ。ここまでも無人ドローンが余裕で持ってきてくれるからいい。」

噤はありがたく頂いて二人はレコードの音を聴きながら酒を楽しんでいる。

そこに、アラームが。

さっと我に返り、モニターに向かう洋二。

「荒木さん!どうしました?」

モニター越しに映るのは髪がそんなに白髪でない70代の男性だ。

「いやあ、スプラトゥーン15の相手が欲しくてさあ。君ら、参加しない?」

それを聞いて、安心する洋二。

「もう、アラームは緊急の時だけにしてほしいって何度も言ってるでしょ。全く。今の時差ならアジアの他の国に山ほどいますよ。いい加減に海外のユーザーと交流してくださいよ。大体中国語喋れるんだから。余裕でしょ。」

荒木と呼ばれた男性はばつが悪そうにして、

「そうやね、国内にもう敵いないからなあ。そろそろ頂上決戦しかけるかね。ごめんね。お休み、私は一時間ほど戦って勝ったら寝るから。ああそうそう、明日に鶏を絞めるから肉取りに来てね。じゃあ。」

モニターの映像は消えた。

洋二はふーっとため息をついて安心する。

「今の老年の人達はデジタル強いから俺らよりある意味強いよね。固定電話の時代とか、電話ボックスとか、あの人たちは知ってるもんなあ。」

噤は飲みながら今の様子を見ていたが大事に至らず安心した。

「あの人はここではまだ若い方だからなあ。上は90代で格ゲーを世界中と対戦してる人がいるよ。それが強いんだ、俺なんか相手にならない。聞いたら第二十回のeゲームチャンピオンだったそうな。それで食ってたんだって。凄いよなあ。

 今やVRがありすぎて規制がかかってるのにここはリアルに土地の香りがするから移住者が当選待ちだよ。待ってる人は最低でも常に20名くらいいるからね。」

噤は、ふと考えこむような表情をして、話し出した。

「最近東京ではVR性犯罪が増えすぎてこの間は小学生が中年を誘導して美人局になりかけたよ。こちらでは全国ニュースにもならんだろうけど。」

「ま、ニュースは体に悪いから見ないしね。大体世界中でVR犯罪が起こりすぎ、どんな酷いことも平気でするのが人間だね。」

 夜10時を迎えようとする洋二の家に無音で無人ドローンが来て、若い女性の声で、

「お疲れ様です。二週間後に暫く休暇を取って下さい。研修のものが二人来ますから。おやすみなさい。」

見かけはUFOのような形のドローンは去っていった。

「あんたも風流だね。ネットで済むものをわざわざああいう形にするんだから。」

「たまには悪くないと思ってね。そうか、二週間後か、月にでも行くかな。最近新しいスポーツ施設が出来たらしいし。何たって重力が六分の一だ。楽しめそう。」


それから二人は一時間ほど飲んでから寝た。


先に起きたのは勿論洋二だった。朝起きてから夜明けとともに集落の全員の安否を確かめてから急いで水質検査と食料を受け取るためにエアーバイクで集落全体を回った。戻ってくるときには鶏肉が二キロ、野菜は山ほど、コメも貰ってきた。


ようやく起きた噤は、

「すまん。寝過ごした、あまりに静かで気持ちよくて二度寝した。朝ごはんは俺が作るよ。最近は自炊が東京でも安心でな。だから前より腕は上がってるよ。」

噤は手際よく、新鮮な鶏肉と卵と野菜で親子丼とサラダを作った。

洋二はその間、竈で米を炊いた。


二人はしっかりと朝から食べて午前中にすることを確認してから畑作業着に着替えて、手伝いに行くのだった。


西暦2049年。ネットはもはや7Gにまでなり月へも福岡や愛知からでも行ける時代。宇宙は不可侵と条約で決めて月と宇宙ステーションは観光スポットになっていた。

ただし、世界中の人口密集地である都会は犯罪率が高く、そこから逃げ出す人も多い。しかし、都会幻想はこの時代でもあるのだ。


洋二は生まれは関西だが育ったのがこの地の為に関西弁がない。噤とはネットで出会い、二週間マッチング脳波テストをして友達になった。


今の時代、ユングのシンクロニシティではないが多様性を受け入れる為に脳の情報をぎりぎりまで解放できるかどうかが人付き合いの決め手であった。


ここにいる高齢者たちはそんな時代の前にこちらに移ってきた移住者ばかりである。

元は別々の土地に居たのである。むしろ、地の人間は洋二の方である。


だから彼はこの地の介護者の仕事を楽しんでいた。噤という都会を知る友人もいるし、ここにいる年配者の話は面白い。かつて、SNSというものがあったということを面白おかしく話してくれる。この時代にはSNSは全世界で禁止されている。


ここに至るまで非核第三次世界大戦があったが日本は無傷であった。2049年の日本の最大の売りはやはり、平和なのである。食べ物、世界をリードし続けたアニメ、漫画、ゲーム、聖地巡礼は日本中にある。世界中からくる。


この土地の平穏は確かな日本人の真面目さによって築きあげられた遺産である。


二人は畑仕事を楽しんで昼ごはんは荒木さんの家で頂いてそこに人が集まって昼間から飲み会になった。皆元気である。笑い声と鳥の鳴き声、自然のもののねが響くいい雰囲気が続くのである。

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