第27話 恋をするのに、愛を知るのに。

「ここまでだな」


悪魔は銃口を向けると、情け容赦なく引き金を引いた。


「死ね」


派手な効果音と共に相手は飛散し、僕は彼女の勝利を告げているゲーム画面を乾いた眼差しで見つめた。


ここはゲームセンターだ。ゾンビを撃ちまくる類いのゲームを、悪魔がここまで得意とするとは……


「見ろ!ソウト!ハイスコアだ!さすがあたしね」


ただでさえレティシアの思惑がわからなくて戸惑っているのに、きゃっきゃとはしゃぐ姿はただの少女にも見えて、戸惑いが増える。


「約束を果たしてもらおう、ツキシロソウト。あたしにぬいぐるみを取りなさい。UFOキャッチャー?とやらで!」

「わかったよ……どれがいい?」

「この獣だ!なかなか愛くるしい!」


びしりと指をさされ、僕はクレーンゲーム機の中のクマのぬいぐるみと向き合うハメになったのだった。



「わるくない。なかなかおいひい」


口の周りにべったりとクリームをつけた、クレープを頬張る悪魔に脱力したり。


「この服はあたしに誂えたように似合うな。ソウト、財布を開け」


服屋のマネキンの前で目を輝かせるのを、一生懸命宥め賺して諦めさせたり。


「柔いな。握ったら潰してしまいそうだ」


猫カフェでの呟きに慌てて叱りを入れたり。


そんなことをしながら、望まぬデートの時間は過ぎていく。


なんの生産性もないし、デートするならレティシアがいいことに代わりはないけれど、今日の悪魔は常識外れとは言えどただの女の子に見えないこともなくて、また戸惑いを覚える。


「あのさ、悪魔」

「ヴァイオレットよ」


ファストフード店でハンバーガーとコーラを堪能する彼女に、何気なく訊いてみることにした。


「今日のこの時間ってなんの意味があるのさ」

「天使様が望んだから乗ってやっただけだ。向こうに訊きなさい」

「……お前は僕に愛しているとか言うけど、それはなんでなんだよ」

「恋をするのに理由がいるか?愛を知るのに理由がいるか?愚問だ。あの日が運命の時だったというだけのこと。あの事故の日、幼いお前があたしを惹きつけただけのこと」


ぺろりと赤い舌先で口許のソースを拭い、悪魔は蠱惑的に微笑する。


「愛に理由がいると思っているなら、お前はまだまだ幼いな、ツキシロソウト」

「悪かったな」

「そんなところも愛おしい。問題ない。あと少しでお前を奪って魔界に帰れる。ああ、待ち遠しいな」


そんなことはさせるものか、と心の中で呟く。

けれど。


恋をするのに理由はいらない。

愛を知るのに理由はいらない。


そこだけは、確かにその通りだと思ったんだ。



午後6時を過ぎて、悪魔は公園をぶらつきたがったのでそれに不本意ながら従った。


僕は家でひとり待っているレティシアが気になった。


彼女は何をしているだろう。どんな風に一日中過ごしていた?


一刻も早く帰りたい。


そんな表情が浮かんでいたのか、悪魔はつまらなさそうに長い黒髪をかきやって言った。


「なかなか悪くない一日だった。あたしに振り回される人間とはよいものだな。もっとお前と一緒にいたくなったが、お前は……」

「断る」

「だろうな。だが、つれないところも悪くない。どのみちお前はあたしに魂のすべてを奪われる身。……今だって、身体の半分はあたしのものだ」

「うわっ!?」


悪魔がくいと指を動かすと、僕の半身は糸で操られたかのように勝手に動き、彼女の腰に腕が回った。意思とは無関係に。


「ふふ。こんなこともできる」

「やめろよ……」

「このまま唇を奪うこともできる」


悪魔の端整な顔立ちが近付く。息遣いが聞こえる。


「やめろ」

「さあ、どうしようか?デートのラストはキスで締める、というのも悪くないわ」


そのとき、渾身の、ありったけの力で抗うようにして、僕は飛びすさった。


悪魔は少し驚いたような顔をしたが、くすりと嗤うと肩を竦めた。


「なるほど。お楽しみは後に取っておくに限る。ツキシロソウト、今日は楽しめたぞ。ではな」


クレーンゲームで取ったクマを高々と掲げると、それを抱え直して悪魔はつかつかと去って行った。カラスに身を変えることもなく。普通の少女のように。


……僕はどうなってしまうのだろう。

あいつが本気を出せば、僕は本当に唇を奪われるところだった。

このままじゃ身体の半分、魂のすべてだって……

……とにかく、今は無性にレティシアに会いたかった。


彼女だけが、愛することに理由はいらない存在。光そのものなのだから。

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可愛がっていたベランダの小鳥ちゃんが麗しい天使様だった件について。 帆立ししゃも @hotate102

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