第13話 天使とくちづけ
「ごめんなさい、ごめんなさい、わたし……!」
ぐったりとしていた早乙女さんは、わたしと創人様に支えられ、公園のベンチに寝かされた瞬間に目を覚まされました。
そして大粒の涙を溢し、しゃくり上げながら語ります。
「わたしっ、どす黒い気持ちでいっぱいになって、そしたら天宮さんを消しちゃえって声が頭に響いて、気付いたら何がなんだか……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「許せない。レティシアは怪我をしたんだ。君のせいだ。僕は、怒ってる」
わたしの頬にハンカチを宛がいながら、創人様は冷たくあしらいます。
そんな素振りは初めてでしたので、わたしは驚きながら創人様の手に触れました。
「良いのですよ。わたしは無事でしたから。それに早乙女さんは、きっと悪しきものに操られていたのです。邪悪な気を感じました」
そう告げると、彼は目を見開いて、それからそっと瞼を伏せました。
「どうしてそんな……」
「わかりません。けれど早乙女さんの意思ではありません。赦しましょう。わたしはなんともないのですよ。ね、早乙女さん」
「……天宮さん、……ありがと……やさしいね……」
泣き続ける彼女の背中を撫でていると、いつの間にか日が暮れていました。
創人様は複雑そうな表情でわたしたちを御覧になっていましたが、暫くすると帰ろう、とただひとこと仰いました。
*
「創人様、……きゃっ」
創人様のお部屋に帰り着き、頬の傷を癒やしてもらっている間、彼はずっと無言でした。けれど手当が終わったと同時に、わたしを抱きしめたのです。強く、強く、かき抱いたのです。
「創人様……?」
胸がどきどきと騒ぎます。頬がかっと熱くなりました。高鳴る鼓動に目を泳がせていると、彼はいつもより低い声で囁きます。
「殺されてもおかしくなかった」
「大袈裟でございますよ……と云いたいところですが、仰るとおりです」
「死んでいたかもしれなかったんだ」
「はい」
これは叱責?苛み?それならどうして抱きしめるのですか?こんなにも強く……
「僕はもう誰も喪いたくなくて、だからずっと独りで生きてきて、そこに君が現れたんだ。毎日毎日傍にいて、いつの間にか僕の日常になって、……かけがえがなくて」
きゅ、と胸が痛みました。そうです。このかたは誰よりも孤独で、寂しくて、せつなかった。わたしは大ばか者です。
「ごめんなさい、創人様。レティシアはもう、あなたのお傍を離れません」
「ずっと?」
「はい。いつまでも、あなたのお傍に」
甘く囁いて、愛しい人の頬に触れました。そっと指先でなぞると、視線が絡み合いました。
そのまま、創人様はわたしの唇へ遠慮がちに唇で触れました。
ほんの短い間。
闇より深く苦い悪魔の味。けれどわたしには、甘い甘いくちづけ。2度目の。
「レティシア」
「創人様……?」
「僕より先に、死ぬな」
「あなた様」
「約束して。そうしたら僕は、君のどんな鳥にでもなる」
つがいの鳥に、でも?
わたしの問いに、彼は小さく肯きました。
弾むけれども切なく痛む胸を押さえ、わたしはこくこくと肯きました。
「お約束、致します。創人様……お慕い申し上げております」
「……うん。ありがとう。僕も、レティシアのことが」
好きだよ。
その言葉のあとに、わたしたちの吐息は再び重なりました。
みたびとなるくちづけは、苦く甘く、切なく熱く、どうにかなってしまいそうで。
わたしは彼の背中に腕を回し、その夜はいつまでもそれに応え続けたのでした。
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