第12話 天使と修羅
「正体を現す気になりました?」
公園のお手洗いへ三歩踏み入ったわたしは、振り向かずに笑います。
「言ったでしょう。こてんぱんにして差し上げますと。もしわたしに御用なら何かおっしゃって下されば良いのに。ですが、創人様に何か危害を加えるつもりなら許しませんよ」
邪悪な気配は背後に迫っています。
大きく何かが振り下ろされるのを察知し、わたしは振り向きざまに躱しました。
そこに立っていたのは。
「あなたは……早乙女さん、ですね」
そう呼び掛けてから、いいえ違うと気付きます。彼女の瞳には光がありません。そしてこの邪悪な気。人間のものではないのです。
少女がゆらりと動きました。そしてまた右腕を、わたしの胸を狙って振り落とすところです。
咄嗟に飛び退ってよく見てみると、彼女は小さなナイフを握っているのでした。
殺意も感じます。それからこれは……嫉妬?
無言で突きつけられる刃をひたすらに躱し、躱し、躱して、その刃を狙ってわたしは片脚を宙に舞わせましたが、空振りに終わりました。獲物を叩き落とせれば、と思ったのですが。
とにかくこうなっては、一度ここから出るしかありません。でも。
外には創人様がいらっしゃる。彼を危険にさらすわけには……
すると、右頬を刃が掠めました。痛みはありませんが、すっと血が少々流れたようです。
「消えろ、消えろ、おまえなんて」
憎悪のどす黒い声が響きます。マリオネットのような動きをしながらも、彼女は落涙しながら何度も呟きます。
「あなたはわたしに創人様がとられるのが嫌なのですね。あのかたを慕っているのですね?」
それならば、わたしに消えて欲しいというお気持ちは当然のことでしょう。
ですが。
「ですが恋とは奪ったもの勝ち!わたしはいつか必ずあのかたをつがいの鳥にしてみせます!悔しければ早乙女さん、あなたも、同じ舞台に上がって下さいませ!そんなものは捨てて掛かっていらっしゃいな!」
わたしがごうと叫ぶと、彼女は怒りを露わにまたしても凶器を心臓目掛けて突き出そうとして……
「レティシア!!」
ですがそれは敵いませんでした。
「あなた様!」
息を切らせた創人様が、早乙女さんを羽交い締めにしていました。
わたしはすかさず彼女の首筋に手刀を当てて気絶させますと、創人様に向き直ります。
「どうしてこんな危ないことをなさるのです」
「君こそどうして助けを求めないんだよ。血が出てる」
「たいしたことはありませんよ」
「君は女の子だろ!」
びり、と空気を揺るがすほどの怒声。思わず肩がびくんと跳ねました。
「……僕は、頼り無いのかもしれないけど。独りでどうにかしようとしないでくれ」
その声に安堵したのか、わたしはへなへなとその場に頽れそうになりました。
優しくて、繊細な声に。
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