第14話 誘惑
いつまでそうしていただろう。かたく抱き合っていた僕らは、おずおずと身体を離して互いを見つめた。
「……頬の傷、痕にならないといいけど」
「大丈夫です。天使の治癒力は人間より高いのですよ」
ご心配なく、と微笑むレティシアの、傷のない方の左頬を撫でると心地好さそうに目を閉じる。もう一度キスしたくなったけれど、レティシアに連続して苦い味を与えるのは気が引けた。
「創人さま」
「うん」
甘やかな声で彼女は呼ぶ。
「創人さま創人さま」
「なんだろう」
「創人さまはー、わたしのことがー?」
「……好きだよ」
きゃあっと小さく黄色い悲鳴を上げて、レティシアはベッドに倒れ込み枕に顔を埋め白い脚をばたつかせる。
……とりあえず楽しそうだからよしとしよう。
「それよりレティシア」
「なんでしょう、あなた様」
「君が感じた邪悪な気、って悪魔のことなんだろう?」
「はい」
ぱっとベッドから身を起こして、レティシアは真剣なまなざしへ切り替える。
「悪魔の仕業であったことは、間違いないと思います」
「僕と契約した悪魔だね?」
「どうなのでしょう。早乙女さん……いえ、悪魔が狙ったのはわたしでした。明確な殺意がありました。わたしを邪魔だと思う悪魔がすなわち、あなた様と契約した悪魔とは限りませんし。判断材料が少なすぎます」
「……レティシアを狙ったのは、僕に天使の加護がついたと思ったから、とか。そうすると僕の身体のもう半分を奪いに来にくくなる、とか」
「なるほどですね。ありえる話です」
考え込む姿勢を取りながら、レティシアはうなる。
「暫く様子見をしましょう。もし次の手を打ってくるようなら、わたしは捨て身であなた様をお守りいたします」
「捨て身はなし。さっきの約束はどこにいったんだよ」
「あら。ごめんなさい、創人さま」
ぎゅっと僕に抱き着いて、レティシアはよしよしと背中を撫でる。長い髪から甘い香りがして、理性が揺らぎそうになるがぐっと押し留める。
「無茶は致しません。ずっとあなた様のお傍におります」
「……ありがとう」
きめ細やかな白い肌。なだらかな曲線を描く細い身体。鼻腔を擽る微かな甘い香り。
思えばレティシアは、女の子としてこれ以上にないほど魅力的なのだ。
キスくらいですんでいる僕はすごいのかもしれない。
「あなた様」
「え、な、なに」
「煩悩を感じますが?」
くすっと悪戯っぽく笑うレティシアに、僕はかっと顔を真っ赤に染めた。
「わ、わかるんだ」
「わかります。わたしに触れたいのですか?」
「そりゃあ……でも、レティシアがいやがることはしたくないし、責任を持てないことはするつもりないよ」
「ふふ。してくださってもかまいませんのに」
「天使なのに悪魔的なことを言うな」
「教えてください。創人さまが触れたいのは……ここ?」
ちらり、と。制服を片手で着崩して、輝くように白い胸の谷間を見せつけてくる。ごくりと喉が動いてしまいそうになる。
「あなた様……」
蕩けそうな甘い声で僕を呼び、彼女は腑抜けの僕を床に押し倒す。
そして、また唇を重ねながら豊満な胸を布越しに押しつけてきた。
「ん、ちょ、っと、レティシア!」
「わたしと創人さまはもう恋人同士なのではないですか?そのことを……わたしの身体に、教えてくださいませ」
潤んだ瞳に紅潮した頬。桃色の唇はキスをしたことで妖艶にぬらりと光り、いけないものを見ている気持ちにさせられた。
揺らぐ、揺らぐ。理性が揺らぐ。
「もっと、わたしに触れて……あなた様……感じさせてください」
ぴたりと身体を重ねられて、僕は……
「ダメ」
「えっ」
「それ以上やったら怒るよ、レティシア」
彼女の身体を起こさせて、僕は僅かな理性を奮い立たせて告げる。
「悪魔が何をしてくるかわからない今、隙を作るようなこんなことをしている場合じゃないし、もっと自分を大事に……」
しかし、それ以上言葉は続かなかった。
先程まで僕を押し倒していたレティシアが、その右腕から炎を上げたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます