第15話

Alter&Sacrifice 15


静寂が動き出す。


風が強く吹き叫び、砦の窓やら壁の隙間やら、どこからも風が入り、笛を吹くような音が鳴る。

私が帰って来るのを待ちわびたかのようだ。ただし、喜びの音ではない。風の音だから。

私は砦の大扉を前で立ち止まり、自分の胸の中心に手を当てる。

私は何故、立てるのか?

私は何故、歩けるのか?

私は何故、目が見えるのか?

私は何故、耳が聞こえるのか?

私は何故、息ができるのか?

自問自答をしている。答えは見つからない。それは祭壇者として、それが理だからとしか言えない。

古びた大扉の前でたたずみ、周囲の様子を伺うため、耳を澄ませた。人の生活音、足音、息使いすら聞こえなかった。静寂だけが残っている。まるで皆、どこかへ去ってしまったような静けさだった。

私は思った。私がいない間、何がが起きたのだろうと。いや、もう予想している事が起きている。私は一歩ずつ足を動かし、

また立ち止まっては深呼吸をする。顔を上げ、重く古い扉に手をかけ、開いていった。開くと金切り声のような音と地を削る音が鳴り響く。この砦に。

今の私に何が出来るのだろう。このまま去ってしまっても罰が当たらないのかという思考に揺れ動く。だが私は進み歩く。

「取り返してやる。待っていろ」自分に言い聞かせるように呟く。

大扉を通ると、中庭があり、広場を中心に武器庫や倉庫などに通ずる通路がある。人が歩く場所は石で作られた石畳となっており、その石畳の隙間から生えてきた草花を抜き取っては刈り取り、手入れをしていた。草取りは当番制で中にサボる人はいたが、ほぼ毎日手入れをされ、草が生えている状態というのは、ほぼ無かった。

だが今私がいるこの場所の状態は草が生え、生い茂っている。こんなことは無かった。

サボる人はいたがかわりに庭弄りが好きな人がやっていた事もあり、こんな事はなかった。

おかしい。おかしい。駄目だ。答えはもうわかっているのに!

全部の部屋を確認をし、最後に武器庫の方へ確認した。使えそうな剣がないか探した。

だが、見つかったのは全部、刃こぼれした物やシリンダーの故障を起こした物しかなかった。

門から真っ直ぐに続く通路は砦の大広間に続く。私は大広間に行き、重たい木の扉を開ける。ずっしりと重たい。

開けた瞬間、部屋中からの風が異臭と赤い花びらと白い羽を私の元へ運んで来た。

異臭が私の鼻にぶつかる。私の予想が的中したのだ。

同胞が皆亡くなっている。

今、この場にいる私を除き、皆、剣を持って亡くなったのだ。遺体の状態は、破魔の矢とくちばしでやられたようだ。

そして、皆、目がえぐり取られている。

普通、目を覆いたくなり、口を閉ざすだろう。だが時には勇気を出して口にして言わないと行けない時がある。これはその時だ。

破魔の矢に数回、被弾した後に同胞の身につけている装備を壊し、壊した所からそこに数匹、狙ってやってくる。狙った箇所をくちばしで強く突っつき、肌が見えたら、更に突っつく。

肉が見えたら、更につっついては肉を引っ張る。つっついては引っ張り、つっついては引っ張りと繰り返す。

大広間の環境は曽都とは違い、破魔の矢を回避し辛い。遮蔽物は石柱と木製の家具などだけで、木の家具は破魔の矢の前にすれば何の意味もなくなる。

机の裏に隠れて、隙を突こうとした同胞は机ごと射抜かれていた。丁度胸辺りだ。天使らしいじゃないか。

何度も言うが装備を破壊して柔らかい所を狙うのは天使達の手口だ。いや、人もやるか。

あの時の湖の天使駆除と同じだ。違うのは外じゃなく、屋内という所だけだ。どう考えても不利だ。

しかし、こいつらが何処から侵入して来たのか?

ここの砦は整備や修理は小まめにやって来た。

どうやって?

私は、大広間を見渡す。どこも死体、死体、死体だらけだ。上の方を見上げると月明かりがさしている所を見つけ、さらに天井の方を見たら、破壊された跡があった。

大きく、丸く、満月がきれいに見える程の広さで大広間は吹きさらしとなっていた。

更に大きな穴の周りには焦げた跡や天使の死骸がいくつもくっついてはぶら下がっていた。

私は、一瞬何があったのかわからなかった。

気を取り直し、私は仲間の生存者を探した。

皆、亡くなっているのはわかっている。

声がけしながら歩いた。破壊された家具の下敷きになっている仲間にも、瓦礫の下敷きになっている仲間にも声がけをした。倒れている仲間にも。結果は何も返事は来なかった。

私は、声がすでに枯れているのにも関わらず、声をかけ続けた。声かけをする度、咳き込み咽る。

わかっている。わかってはいる。それでも声をかけ続ける。

私は赤い花びらと白い羽を掻き分ける。しゃがれ声で安否の確認を叫ぶ。

「誰か! 無事か!?」

「ジナヴラだ! 私は帰ってきた!」

天使の死骸も同胞の遺体も混じっている。近くに天使がいるかもしれない。死臭と私の声で呼び寄せるかもしれない。それでも抑えられなかった。

拳を握りしめ震える。

そうまでしても、人の息遣いさえも気配を感じられず、途方に暮れた。ただ、風が強く吹き叫ぶ音が鳴り響いた。冷たく。

私は同胞だった物の山の上を歩き回った。

天使の死骸は踏み潰し、骨も粉々にしてやった。もろいものだ。

弔う時間は無い。これだけいるのだから。

石造りの床の上で天使の骨を踏み砕く音が鳴り響いて続く。

私は使える剣がないかとまた探し始める。自暴自棄になる時ではない。辺りを見回した。同胞の持つ、ミザリコードを一つ一つ、一人、一人、確認した。

だが、武器庫の物と同じく、それよりかは損傷が激しい物しか見当たらなかった。戦っているときに駄目になってしまった物だろう。

しかし、慈悲の雫が入っているシリンダーは2本見つけた。

剣は使える剣はないのか。

また、同胞の遺体の山を見渡す。崩壊した所に目が入った。月明かりがさしている。

照らされた瓦礫の山の方へ自然と足が動いた。

私を呼んでいる。

月明かりに照らされた瓦礫の山の裏側に一瞬、輝いたものが見えた。一筋の流星のように。

瓦礫の山の裏側から1本の銀色の棒が見える。私は足早と瓦礫の山の裏側へかけよった。岩や折れた木に足が引っかかりそうになりながら、それでも気にせず、進んだ。確信した。

あった! あったのだ!

剣が、ミザリコードが。

ミザリコードは汚れや傷はあるが故障を起こしているようには見えない。他と違う所は生きている同胞が剣の向こう側で瓦礫の山に背中を預けて座っている。

「ずいぶんと遅かったじゃない」

同胞が顔を上げ、私に話しかけた。セージだ。

セージは髪の色が明るい緑色よりのブラウンで髪の長さは伸ばし、後ろ髪を黒いリボンでまとめている。まとめ髪は毛先の部分がうねっている。目は垂れ目でオリーブ色をしていて、眉は怒り眉に近く線が細い。顔の輪郭は痩せ気味のため、顎が少し尖っていて、頬は少し痩け、そのおかげでか鼻もするどく高く感じる。声はどこか甘ったるく、高い。全体的に見ると優しそうな印象を与えるが、どこか近寄りにくい。

私は剣の向こう側にいるセージにかけよった。私は涙が枯れていると自分で思っていたが泣きそうになったが堪えた。

静寂が動き出した。

「すまない。大丈夫か?」私はそう言いながら、セージの様態を確認をする。

「大丈夫じゃないわ。見てわかるでしょ? 

らしくないわね」と冗談と皮肉が交じりに微笑みながら言った。

セージは右腹の方を手でおさえている。彼女は気だるげにため息をつく。安心も痛みからの物だろう。

「ジナヴラちゃんが帰ってくるのが遅くて、私の事を忘れ去られていると思っていたわ。覚えている? 庭弄りが好きでよく庭の手入れをしていたセージよ」眉間に皺を寄せながら、痛みを我慢している声でセージは話した。

「覚えている。お前、剣の薬を使っていないのか? 早く使え!」

私は持って来た慈悲の雫のシリンダーを1本使おうとした。

「先輩に「お前」呼ばわりは相変わらずだったわ。らしいわ」クスクスと笑い、咳き込んだ。

口を手で抑え、抑えた跡の手の平には唾液と血の色が薄くなった物で染まっていた。

セージの目は鋭く、ジナヴラ、私の目を見つめた。

わかっているでしょ?と言わんばかりに。

「他の人が来たらと思って使わないでいたわ。他の仲間も私も天使に奇襲されて戦ったけど、このザマよ」目をつむりながら、セージは自分の右腹を傷を強く抑えた。血がまた滲み滴り落ちる。

「もう喋るな」

私は手当てをしようとし、スカーフを取り、セージの側までかがみ込んで止血を試みようとした。が、セージに手を跳ね除けられた。

「私、もう喋らないわ。ジナヴラちゃんの頼みだし」またセージは私の目を強く見つめた。

私は自分のスカーフを持った手を大人しく引き下げ、スカーフを強く握りしめた。

早く行け。

私は静かに立ち上がり、セージからそっと離れ、ミザリコードを引き抜いた。引き抜いた時の剣はまた光をさした。

私はシリンダーが回るか確認するため、軽く引き金を引き、金属同士が軽く叩く音が辺りに響いた。

故障は無いようだ。シリンダーの中の薬も入っている。

私はまたセージの方を見ると、セージは頭を下げ眠っていた。喋らない。もう。

私は喋らないセージと同胞を後にし、あるき出した。

託された慈悲の剣を握り、静寂は動き出す。

握っていたスカーフをまた首元に締め直した。


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