第16話

Alter&Sacrifice 16


兵士と僧侶


私は新たな生存者にあった。動かなくなった仲間より二本足で立って、ゆっくりとおしとやかに歩いている。黒い服に袖のふくらはぎには白く透明なビジューが幾つもついているのが特徴の僧侶服に、ジェーンの顔にそっくりな女が。ビルギットだ。あの時、天使の群れに襲われている所を見放したが、生きていた。やはり、やり手の女だ。ビルギットは私の事を強く睨んだ。言うまでも無い。

「元気かい?」私は皮肉を言う。

「喪に服する程度ですかね」ビルギットも皮肉で返す。睨みながら。

「喪に服する時間なんざ無いさ」

お互い、唇を片方上げ笑う。

私は歯を覗かせ、ビルギットは手に持っている刀の刃を月明かりで反射させ、煌めかる。

私も握っている剣を月明かりで反射させて煌めかせた。

大広間を抜け、上の階の様子を見に行こうとしたら、また出会ってしまった。上の階に続く階段も廊下も壁も天井も天使の手によって破壊され、崩落し、危険な場所になってしまっている。石造りの廊下の床にはヒビが入り、残って欠けた壁や天井には破魔の矢の焦げた跡と天使の死骸が窓ガラスや壁にくっついた虫の死骸のようにこびり着いている。

「ここにいる、ということは見ただろ?」私は刀に目を向けてから、ビルギットの顔を見た。

鬼の形相をしている。

「お前の求めているものは無いよ」ため息をつき、ビルギットに告げた。

何ですって……!!」目を大きく開けた。

「そのままの意味だよ」私はまたため息をついた。

「ジェーンの心臓は無い」前髪をかき上げ、ため息をまたついた。

ビルギットは両手を震わせ、歯をカチカチと何度か鳴らす。既にある復讐心で飲み込まれそうになっているのを抑えているかのようだ。

「僧侶らしくないな。落ち着けよ」私は無意識に眉間に皺を寄せていた事に気づき、緩めた。

「白薔薇隊、隊長のヴィクトリアに渡したよ」

場の空気は凍りついた。その時、風が強く吹き、風が私の肌に突き刺さるかのような感覚がした。さらに私は言った。

「だから、私の胸の中にはもう無い」私はまた前髪をかき上げた。風で髪が纏わりつく。

ビルギットの方を見ると上の空のようになり、空を見上げては私の方を見る。そして呟いた。「ヴィクトリア隊長が……? どうして……?」目を白黒にし、復讐の僧侶は狼狽えた。

“隊長”とビルギットが言っていたので点と点が繋がり、線となった。

「ヴィクトリア隊長はそんな事をしないはずでしょう」

「何を言っているのジナヴラ……」ビルギットは空笑いをした。

私はその様子を見て、静かに革鎧を外した。私は足を一歩ずつ出しながら、シャツのボタンを外していく。白いマントの前がけを片手の腕で首の方までおさえ、胸が見えるようにした。

剣を置いて。争う気は無いからだ。

「証拠は、あの時みたいに確認出来るぞ」私はシャツをはだけさせ言った。

胸の生々しい傷跡を見せつけた。ビルギットは私の傷跡を見て、よろめきながら歩き、私に近づいていった。ゆっくり左手をかざしながら、刀を握っている手は、力なく引きずっている。

刀が引きずった跡は石と砂と埃の上に描いて行った。

普通、目を覆いたくなり、口を閉ざすだろう。だが時には勇気を出して口にして言わないと行けない時がある。これはその時だ。

破魔の矢に数回、被弾した後に同胞の身につけている装備を壊し、壊した所からそこに数匹、狙ってやってくる。狙った箇所をくちばしで強く突っつき、肌が見えたら、更に突っつく。

肉が見えたら、更につっついては肉を引っ張る。つっついては引っ張り、つっついては引っ張りと繰り返す。

大広間の環境は曽都とは違い、破魔の矢を回避し辛い。遮蔽物は石柱と木製の家具などだけで、木の家具は破魔の矢の前にすれば何の意味もなくなる。

机の裏に隠れて、隙を突こうとした同胞は机ごと射抜かれていた。丁度胸辺りだ。天使らしいじゃないか。

何度も言うが装備を破壊して柔らかい所を狙うのは天使達の手口だ。いや、人もやるか。

あの時の湖の天使駆除と同じだ。違うのは外じゃなく、屋内という所だけだ。どう考えても不利だ。

しかし、こいつらが何処から侵入して来たのか?

ここの砦は整備や修理は小まめにやって来た。

どうやって?

私は、大広間を見渡す。どこも死体、死体、死体だらけだ。上の方を見上げると月明かりがさしている所を見つけ、さらに天井の方を見たら、破壊された跡があった。

大きく、丸く、満月がきれいに見える程の広さで大広間は吹きさらしとなっていた。

更に大きな穴の周りには焦げた跡や天使の死骸がいくつもくっついてはぶら下がっていた。

私は、一瞬何があったのかわからなかった。

気を取り直し、私は仲間の生存者を探した。

皆、亡くなっているのはわかっている。

声がけしながら歩いた。破壊された家具の下敷きになっている仲間にも、瓦礫の下敷きになっている仲間にも声がけをした。倒れている仲間にも。結果は何も返事は来なかった。

私は、声がすでに枯れているのにも関わらず、声をかけ続けた。声かけをする度、咳き込み咽る。

わかっている。わかってはいる。それでも声をかけ続ける。

私は赤い花びらと白い羽を掻き分ける。しゃがれ声で安否の確認を叫ぶ。

「誰か! 無事か!?」

「ジナヴラだ! 私は帰ってきた!」

天使の死骸も同胞の遺体も混じっている。近くに天使がいるかもしれない。死臭と私の声で呼び寄せるかもしれない。それでも抑えられなかった。

拳を握りしめ震える。

そうまでしても、人の息遣いさえも気配を感じられず、途方に暮れた。ただ、風が強く吹き叫ぶ音が鳴り響いた。冷たく。

私は同胞だった物の山の上を歩き回った。

天使の死骸は踏み潰し、骨も粉々にしてやった。もろいものだ。

弔う時間は無い。これだけいるのだから。

石造りの床の上で天使の骨を踏み砕く音が鳴り響いて続く。

私は使える剣がないかとまた探し始める。自暴自棄になる時ではない。辺りを見回した。同胞の持つ、ミザリコードを一つ一つ、一人、一人、確認した。

だが、武器庫の物と同じく、それよりかは損傷が激しい物しか見当たらなかった。戦っているときに駄目になってしまった物だろう。

しかし、慈悲の雫が入っているシリンダーは2本見つけた。

剣は使える剣はないのか。

また、同胞の遺体の山を見渡す。崩壊した所に目が入った。月明かりがさしている。

照らされた瓦礫の山の方へ自然と足が動いた。


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