第29話 魔王配下の魔法使い



―――おかしい・・・

いにしえの石碑、マトロナエの石碑を魔改造し、トロールを大量発生させるアーティファクトが粉々に砕かれている・・・

周辺の村を襲い続け、神聖帝国の戦力を分散させる計画が妙に鎮座してしまう・・・

これは、私が術式を間違えて壊れてしまったのだろうか・・・


いや、違う・・・

破壊されたようだ・・・


しかし、簡単に破壊されるはずがない。

元のマトロナエの石碑自体に、迫害されたドルイド僧の怨念が強く宿っていたのだから・・・

はるか昔、教会の教えに背き、迫害されたドルイド僧が恨みを書き残した石碑だ・・・

普通の人間にこれを破壊する事なんて不可能のはずだ・・・


まてよ、すると、勇者の血筋の者が現れたのか?

だとすれば、納得がいく・・・


そもそも、勇者という存在が面倒くさい厄介な存在なんだ。

勇者は聖書に存在しない。

なのに魔王に対抗する者として存在する。


勇者の起源は大帝国以前の、都市国家同盟時代にさかのぼる・・・


始めの勇者とされる人物、それは多神教の最高神と人間の間に生まれた子だ。

彼は様々な功業で名をはせ、巨人戦争でも活躍し、最終的に神になった。

その彼の子、子孫が初めの勇者の存在である。

肉体的にも強く、強靭で、戦闘都市国家の王でもあった。

しかし、この初期の勇者の血筋は続く戦争で消えて行った・・・


続いて現れたのが第二の勇者だ。

これは大帝国時代、北方の蛮族とされた民であった。

雷神を祭る部族がいて、特殊な雷を操る事が出来る為、敵対した大帝国は大変苦戦した。

しかし、彼等と戦うのではなく、彼等を仲間にしようと考えた帝王の方針で、彼等を神の雷を操る者として、特別な地位を与え、配下に置いたのだ。

そこで、当時の大帝国も信仰していた多神教の最高神の子であるとして、勇者の地位をつくったのだ。

この制度は教会が権力を握った後も、度重なる蛮族や騎馬族との争いに必要な戦力であったため、聖書に記載が無いのに帝国は存在を否定せずに認め続けたのだ。


大帝国は東西に分裂し、勇者の血筋も各地に分散されて行った。

その後、聖地回復運動にも勇者の血筋とされる者達は多く参加した事もあった。


今、再び勇者の血筋が特別な扱いを受けるようになっているのは、教皇が原因である。

今の教皇は、それこそ大帝時代に巨人を打ち倒した勇者を祖に持つメディシス家の者だ。

彼は勇者に特別な支援をするように諸侯に伝達をしている。

自信の家の名声の為でもある。

そして、魔王対勇者の構図による各地の戦争停止も目的にあるとも言われているが、それは正直信用できない話だ。

それに、東帝国がトケツスタンによって崩壊した今、魔王対勇者の構図を作り上げた所でなんの平和も訪れはしない。

むしろ、勇者をトケツスタンの進行抑止に使おうと考えている方が現実的だと思う。


魔王様は異教徒のトケツスタンとは同盟を組もうとは考えていない。

だが、チャンスであるとは考えている。


下手をすると、教皇がトケツスタンのスルタンを魔王として認定するかもしれない。

教皇が魔王認定を下す事は過去にも事例がある。

大帝国末期、神の鞭として恐れられた騎馬遊牧民の大王は、教皇が初めて魔王として認定した存在である。

神の鞭の存在は、元から魔王だった説と、教皇が魔王認定した説があって、どっちかはっきりはしないけどね・・・

聖地回復運動中も、度々この魔王認定を使っている。

約100年前に神聖帝国皇帝が教皇と協力して集めた聖戦軍を打ち破った、宗教改革の武装過激派を率いた隻眼の傭兵隊長なんかも魔王認定される所だったって話しだし、人によっては魔王と呼んでいたそうなのよ。

今回もこの認定権を執行すれば、現在魔王が2人存在する事になる。

しかし、これは厄介な問題が付きまとうはずだ。

スルタンを魔王認定した場合、教皇として、神の恩恵が少ない人物と評価される可能性があるからだ。

すると、教皇は保身の為に、スルタンを魔王認定する事をためらうであろう。

そもそも、本当にするつもりならば、とっくにやっているはずだ。

また、魔王という存在に、諸侯もあまり脅威を抱いていないようにさえ思える。


過去の魔王は出現する度に、勢力を拡大する以前に撃ち滅ぼされていた。

大体は各地に分散した勇者の血筋の者の手による。

他にも、北方の異教徒を束ねようとした魔王は、騎士修道会が聖戦を呼びかけ、諸侯から派遣された聖戦軍によって撃ち滅ぼされた事もある。


今、トケツスタンを警戒する中、かつての聖戦軍も組めぬ状況で、我らが魔王軍は非常に恵まれた状況にある。

ただ、勇者の血筋の者には気を付けねばならぬ。

それ以外はチャンスに満ち溢れている。


話しを大きく戻して、今回の石碑の失敗はこれからの戦略の変更をするターニングポイントになるだろう。

神聖帝国の戦力分散は、権力のある諸侯の関係図を乱す事。

魔物では、多く現れ庇護される野良の勇者にやられてしまう。


だから、人間を使うしかない。


今、私の手元にあるこの冊子・・・

これには印刷技術で印刷されたもので、『閉ざされた天国の門』と題され、前教皇を非難する内容が書かれている。

魔王様が私に今後の計画の為にと渡してくれたものだ・・・

だが、詳しくは説明をしてくれなかった。


現在の教皇も大きな問題がある教皇だ。

神聖帝国内では商人によって売られる免罪符によって、教会への不信が広がっている・・・


帝国内部の分断はこうした教会へ対立する改革派の意志を悪用すれば、容易にいくかもしれない・・・

いや、何もせずとも自然と分断し、内乱に陥るかもしれない。


印刷技術が誕生し、多くの印刷物が刷られ始めている現在、文字を読める人口は増えつつある・・・

これで聖書を読む者が増えれば、勇者の血筋の者が聖書に存在しない事を知る者が増えるはずだ。

そうすれば、厄介な勇者の血筋の者が非難され、その支援も打ち切られる事になるかもしれない。

上手く行けば、勇者の血筋の者が迫害されるかもしれない。

そうなれば、魔王軍の脅威も減る。


やり方はいくらでもある。

こうした情勢に魔王軍がいかに立ち回るか・・・

いや、魔王様はもう行動に出ている。

私もやるべきと思う事を速やかに行うべきであろう・・・―――



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