第16話 まるで10月祭



城壁に囲まれた大きな要塞の街、アートハイムに訪れたあたし達。


閉ざされた閉塞感がある街だが、とても活気に満ちていた。


この街なら、いい剣も売っているだろうと、プロテイウスはハレルを連れて、武器屋に向かった。

あたしとメメシアは、次の目的地に向かう為の食料や道具の買い物の為に、市場へ足を運んだのさ。


市場は賑わっていて、広場では何やらお祭り騒ぎ。


「メメシア。お祭りやってるよ。見てみようよ~」


「・・・あれは、どう見てもお酒を飲んではしゃいでいる、低俗なお祭りのようです。近付くわけにはいきません。」


「え~、ちょっとだけ~」


「マジョリン、あなたはどさくさに紛れて、お酒を飲もうとしているのでしょう。そんな堕落した考えは捨ててください。あなたの穢れた魂が、さらに穢れる事となります」


頑固なメメシアは、どんなに説得しても、地団太踏んでも、おぎゃあと泣きついても、お祭りの会場に近寄る事を許してくれないのよ。


だから、小さな声で呪文を唱えたの。


「・・・・ユバスベバイス」


これは幻覚魔法なの。

メメシアが市場の品物を見ている時に、あたしは幻覚魔法を使って、メメシアにあたしがずっと側にいる幻覚を見せたのさ。


「ねえマジョリン。この布、安いから買っておこうと思うのだけど、どうかしら?」


・・・・。


「そう、じゃあ買うわね」


メメシアはあたしの幻覚、メメシアにしか見えないあたしに向かって話している。

それが存在しないあたし、幻覚である事に気が付いていない。


しめしめ、これであたしはメメシアから解放されたから、お祭りの会場に行ってやるのさ。


お祭り会場は、沢山のテーブルと、ビールを飲んで楽しむ人達がいたのよ。

楽器を演奏して『我が計画は酒場における死』と言う古典的な酒の歌を歌っている人達もいたりして、とても賑やかだったのさ。


会場の入り口で、入場を案内している人がいたのよ。


「ようこそ。入場券を買いますと、ビールが飲み放題です」


「え!飲み放題!?」


「はい。地元のビール醸造ギルドの古いビールの在庫処分で開催しています」


入場料も格安だったのよ。

あたしゃ喜んで払ったのさ。


「はい、入場券です」


そう言って手渡されたのは、陶器のビールグラスだったのよ。


「これが入場券?!」


「はい。入場券を使って、沢山飲んで、楽しんでくださいね」


あちこちにビールの入ったグラスを持ったおしゃれに着飾った女の人達が、大きな錫の水差しを持って、来場客にビールを注いでいたのよ。


「今、入場したばかりでしょ。注いであげるわ」


「ありがと~。お、このビール、黒い!」


「そうよ。この街自慢の黒小麦ビールなの。麦芽を焦がして使っているから黒いのよ。黒というより、暗い色って表現もされるし、暗いビールなんて呼ばれ方もするのよ」


そうなのか・・・こんなビールがあったとは、ビールの世界は広いなぁ~・・・

さっそく、1口、飲んでみますか~・・・


ゴクリ・・・


「こ、これは・・・正直焦がした小麦と聞いて、苦みを想像していたんだけどさ、甘い!甘みがあって、とっても柔らかな感じで、飲みやすい!それに焦がし麦芽のいい香りとうま味が口の中にひろがるよ!」


「そんなに喜んでもらえると、私達もうれしいです」


「ビール姉さんは、ビール酒造の方なのかな?」


「はい。普段はビール醸造所で働いています。みんなが喜んでくれる顔を見れると、働きがいというものがありますよ」


そうか、ビールを造る職人が自らビールを注いでくれてるのか・・・

こんな素敵なビールを造って、注いでくれるお姉さん達は、間違いなくビール天使だわさ。


「うちのヴルストはいかがかい?無料で試食できるよ~!」


陽気な男が腸詰肉のヴルストを配っていた。


「お、豚の腸詰かい?」


「うちのは子牛肉を使っているんだ。どうだい?1つ、いかが?」


木の皿に乗せられたそのヴルストはなんと、白い色をしていたのだよ。


「え?ヴルストが白いよ。驚きの白さだよ。これ、なんなのさ?」


「これは白ヴルストっていう、この街の名物さ。クリームや卵白も入れているから白いのさ。ただ、日持ちはしないんだ」


陽気な男は、白ヴルストの両端を切り落とし、真ん中に少し切れ目を入れて、私に渡してくれた。


「このまま皮をむいて食べる事を進めるよ」


あたしは白ヴルストの皮をむいて、1口かじった。


ふわっとした食感、そしてジューシーで奥深い味、ハーブによって整っていて、とても美味しい。

今まで食べたヴルストの中で1番美味しいかもしれない。


このヴルストの後味を口に残しつつ、黒ビールを流し込む。


「っくぅーーーー!さいっこー!たまらんね!黒いビールと白いヴルスト。両極端の色の個性があたしの中で溶け合ったよ!」


黒いビール、白いヴルスト。

それが交じり合い、平和の味を奏でる。

お互いがお互いの個性を尊重し、対立することが無い。

なんと素晴らしい事なのだろうか。

そうか、これが世界を平和にする第一歩につながるのかもしれないよ。


その後もあたしはビールをお替りし、ビールと陽気な音楽に酔いしれて、最高の気持ちでいたんだけどさ~・・・


「ここにいたのですね・・・」


よく耳にする聞き馴染みのある声が背後からしたのよ。

あたしは恐る恐る振り返ると、満面の睨み顔のメメシアがそこにいたのさ・・・


「あなた・・・私に幻覚を見せる魔法使って、こんな所にいたとは・・・」


「あ、あははは・・・ちょっと、街の・・・調査みたいな・・・」


「あんたのおかげで、私は他人からは見えない、存在しない相手と話し続けていたのよ・・・周囲の人達から変な人って言われていたのよ・・・」


「あ~。ご、ごめ~ん。でも、ほら、何か守護聖人的な、聖霊的なものと対話しているってみんな思ったはずだよ。神秘主義的な~・・・」


「おめぇ、魔女狩りしてやろうか?!」


ああ、メメシアが暴言を吐いた・・・


その後、あたしは教会の裏に連れていかれ、こっぴどく叱られたのであった・・・



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