第10話 秘密のドラゴンごっこ



あたしはテレ・フォン・サビス卿の奥様、フリダイアさんの部屋に招かれたのよ。


ある程度装飾はされているけど石の壁が目立つし、小さな窓が1つしかない閉塞感のあるあるお部屋だったのさ。

本棚にはどうやら魔法関係の本があったのよ。


「フリダイアさんは勉強熱心なんだねぇ。この本、ルーン文字の解説本だわさ」


「お恥ずかしいです。こんなの、本職の魔法使いさんからしたら、ただのお遊びですわ」


「お、これは盾の乙女の物語が書いてある本。いいご趣味をお持ちで~」


「お恥ずかしいですわ~」


「おお、これは・・・これは・・・悪しき魔女に与える鉄槌・・・・・」


「それは、悪い魔法使いをあぶりだす為の本ですが、色々魔法について記載してあるもので・・・ほら、魔法使いさんは善良なる魔法使いですから、お気になさらず~」


さりげなく魔女狩りの本まであるとは・・・

おお、おっかない・・・

正直、魔法使いの良い悪いは教会や宗教学者のさじ加減できまる所があるから怖いのよ。

魔物達がはびこる世界じゃなかったら、あたしらみたいな人間はどうなっていたか、怖くて考える事も出来ないねぇ~・・・


「ねえアポテレーゼ。あれ、運んできて」


「承知しました」


すると、アポテレーゼと呼ばれた女性の召使いは深底の丸いボウル皿に何か液体を入れて持って来て、テーブルに置いたのさ。


「魔法使いさん。これは西の島の王国で流行っている遊びなの。本物の魔法使いさんには失礼かもしれないけれど、私達が魔法っぽい事をする楽しい遊びなのよ」


アポテレーゼさんが蝋燭の火を使って、小さな附木つけぎに火をつけて、その火をボウル皿に持って行ったのよ。


ボッ


ボウル皿から紫色の炎が立ち上がったのさ。


「このボウル皿にはブラントワインが入ってるの。お酒成分が高いから、火が燃えるのよ。そして、ここからが面白い遊びのはじまり」


酒成分の高い蒸留酒のブラントワインだから起こる現象だわさ。

フリダイアさんは火のついたボウル皿に手を突っ込んで、すばやく何かを取った。

紫色の火に包まれた干しブドウだったのよ。

フリダイアさんはそれを火が付いたまま口の中に入れてパクリ。


「んふふ。炎を食べるの。どう?魔法っぽいでしょ?」


口の中に入れば、口内という限られた密閉された空間で、燃焼時に発生するフロギストンの空気中許容量の限界を超える為に炎が鎮火されるから、火傷をしないって仕組みか~。


「確かに面白いねぇ~。炎を食べるって、確かに魔法らしいと思うんだわさ」


「でしょ?魔法使いさんもどうぞ」


あたしも素早く炎の中の干しブドウを掴み、口の中に入れて食べたのよ。

ブラントワインが染みた美味しい干しブドウの甘み。

程よく温かみがあって、とても美味しいし、燃えている状態のものを食べるという行為から得られる知的なワクワク感があって、とても面白いのよ。


アポテレーゼさんはこの遊びが上手く、いっぺんに3つの干しブドウを食べたのよ。

口から火が出てる状態で、まさにドラゴンらしい感じ。

フリダイアさんのお褒めの言葉ももらってアポテレーゼさんは上機嫌さ。


でも、しばらくして、ブラントワインの炎は消えちゃったんだわさ。

ブラントワインに含まれるフロギストンが空気中へ発散しきった為に炎が消えたのだが、酒成分はフロギストンと強く結ばれた存在である為に、燃焼と共に酒成まで空気中に発散してしまったのだわさ。

きっと、酒とフロギストンは切っても切れぬ縁なのだわさ。


「この残ったブラントワインはレーズンの味がついて、甘くて美味しいソースになるんですよ。ぜひ、干した果物を付けて食べてみてください」


っと、アポテレーゼさんは小さなかごに干した果物を入れて持ってきてくれたのよ。


「後、こうやって食べる干した果物には、ブラントワインがよくあうんですよ」


銀のゴブレットに注いでくれたのよ。


「おお、銀のゴブレットなんてお高いもの、あたしには勿体ないのよ~」


「魔法使いさんに似合わないなんて、そんな事ありませんわ」


あたしはゴブレットを持って、ブラントワインの香りをかぐ。

濃厚な蜜のような甘い香りだ。


「そういえば、銀のゴブレットは体温を伝えやすいから、ブラントワインに適切な人肌の温度で飲むことが出来るって、お師匠さんが言ってたな~」


あたしは銀のゴブレットにびびりながらもブラントワインを1口・・・


「ああ、とっても美味しい・・・蜜のような甘さ。でも下手にべたつかず、樽の木の香りも重なって、とってもエレガンスだわさ。上品な甘さってやつ。それにこの銀のゴブレットの口に触った時の感触、薄いふちが下手に邪魔にならない感じで、酒成分が高いのに飲みやすくしてる感じ~」


そして、干した火の消えたブラントワインソースに干しリンゴを付けて食べる。

なんって甘くておいしい。

リンゴとソースがとてもあう。

そして、この甘さの後にブラントワインを飲んでも、ブラントワインの味の邪魔にならないのがとても素晴らしいのよさ。

変に甘みが強い食べ物の後に、それより甘さが控えめなものを食べると、甘さが薄く感じるじゃん?

でも、この組み合わせの場合は、むしろブラントワインの香りをさらに引き立てるのよ。

果物由来の食べ物のソースと飲み物、やはり相性がいいって感じなのだわさ。


「もうこれは、ブラントワインというより、ワインブラントだわさ~」


まあ、言い換えただけなんだけどさ・・・

高級感、増したような気がするんだわさ。


「うふふ。魔法使いさん、よっぽどお酒が好きなのですね。その幸せそうな顔、見ている私までうれしい気持ちになりますわ。しかも、飲んだお酒について詳しく語れるなんて、お酒の詩人になれそうですわね」


「詩人は流石に無理だわさ~。あたしはお師匠さんにお酒の話しは色々教わったからさ、だから自然と感想がでるだけなのよ」


「ねえ、お師匠さんって、魔法のお師匠さん?」


「魔法と酒飲みのお師匠さんって感じかな~」


「へえ~、お師匠さんの所ではどんな勉強をなさったの?」


興味津々のフリダイアさん。

色々話して、みんな凄く興味を持ってくれて、話すのが楽しくなる人だったのよ。

我が強い反面、聞き上手のフリダイアさんには、色々聞かせてあげたくなっちゃうのさ。


そんな感じで、楽しい夜を過ごしちゃったのだわさ。



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