VLOOKUP告白法
村田鉄則
VLOOKUP告白法
『放課後、情報室に来て。』
昼休みにスマホにメッセージアプリで届いた、その短い文言が、彼女の回りくどい告白方法の始まりだった。
僕はそのメッセージを受け取って、顔を赤らめ、心臓の音が高まった。
まさか…
植芝さんは僕の小学校からの幼馴染だ。
常に彼女は黒髪ロングかつ、前髪を綺麗に一直線に切り揃えた髪型をしている。
顔立ちは、幼っぽさが残っていて、丸い小さい顔に大きな黒い瞳が二つあり、所謂リス顔に近い。
昔から彼女は基本、無口だ。
授業中に当てられたり、委員会の報告等、絶対に話さなければならない状況にならない限りは言葉を話さないでいる。
同じ教室に居ても今日みたくメッセージアプリで会話をするぐらいだ。
学校でも常に一人で居る。友達も自分を除いて居ないっぽい。
お互いの家が近所であるということもあり、小学校の頃は毎日、登下校を共にしていたが、中学になってからは周りの目が気になって、恥ずかしくてできていない。学校でのいつもの様子を見る限り、彼女は一人で登下校しているのだろう。まあ…こんなこと言っている僕も一人で登下校しているが。
彼女は情報部に入っているのだが、同じクラスの情報部員の情報(昼休みに盗み聞きしたのだが)によると、ゲーム作りを無言でモクモクとやっているらしい。彼女らしい。(僕はちなみに帰宅部)
そんな彼女からの放課後の誘い…何が待っているんだろうか。
帰りのHRが終わり、放課後になった。彼女の方を窺ったら、足早に教室を出ていく様子が見えた。
一体何が待っているんだ?
僕は、空気を読み、少し時間を開けてから、情報室に向かった。
情報室に着くと、ドアをゆっくり開けた。
すると、植芝さんが真っ暗な部屋の真ん中でパソコンに向かって座っていた。
今日は水曜日。ノー部活デーなので、誰にもばれないように隠れてこの教室を使っているのだろう。
真っ暗な、パソコン周辺以外はほとんど見えない空間で、はっきりと見える、光に照らされた彼女の横顔はいつもより綺麗さが際立って見えた。
彼女は、僕の存在に気づいたようで、こちらに視線を寄せ、僕においでおいでの動きをして、手招いた。ドアを閉めて、彼女の許に僕は近づいた。
彼女が指を向けたのでパソコンの画面に顔を近づけると、Excelが開いていた。
Excelの表にはこういったことが書かれていた。
|↓枠内に名前を打って(ひらがなで一文字ずつ)Enterキーを押して。|
____________________________________
私は、
__________________________
| | | | | | | | | |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|です。|
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
はて?どういうことだ???
僕は、わけもわからず、彼女に目をやると彼女は無言でまた、パソコンの画面を指さすばかりだった。
仕方なく、僕は彼女のExcelの指示通り自分の名前を打ち込み始めた。
1文字目、
__________________________
|や| | | | | | | | |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
あ
一瞬、画面がちらつき、枠の下に文字が出た。一文字ずつ対応した文字が出てくるのだろうか。
僕はこれがどういう仕組みで表示されるか気になり、「あ」のセルをクリックした。すると、エクセルの画面上に位置する数式バーに『=IFERROR(VLOOKUP(R[-1]C,R2C26:R10C27,2,0),"")』と表示された。
が、パソコンに疎い僕はその関数がさす意味も良くわからなかった。
2文字目、
__________________________
|や|ま| | | | | | | |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
あ な
3文字目、
__________________________
|や|ま|し| | | | | | |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
あ な た
…あなた???…どういうことだろうか???
4文字目、
__________________________
|や|ま|し|た| | | | | |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
あ な た の
…あなたの???なんだ???
僕は名前を打った先に待っている結果が気になることもあって、5文字目、6文字目、7文字目、8文字目も同じ作業を繰り返した。そして、最後の9文字目を打つとこう表示された。
|↓枠内に名前を打って(ひらがなで一文字ずつ)Enterキーを押して。|
____________________________________
私は、
__________________________
|や|ま|し|た|り|ん|じ|ろ|う|
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
あ な た の こ と が す き
です。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【『VLOOKUP告白法』の実際行った場合の画像 - カクヨム https://kakuyomu.jp/users/muratetsu/news/16818093073760075576 】
【『VLOOKUP告白法』の再現方法 - カクヨム https://kakuyomu.jp/users/muratetsu/news/16818093073880583672 】
僕は顔を紅潮させ、心臓の脈が早まった。
…植芝さんが僕のことが好きだって???今まで気づいていなかった…
振り返り、僕といつの間にか距離を取っていた彼女の方に顔を向けようとする。
そのとき、目の前が真っ暗になった。
彼女がパソコンの電源ボタンを押して、画面を消して、僕にキスをしたのだ。
暗闇の中で唇と唇が重なる。これが僕のファーストキスだった。
彼女の顔は全く見えなかったが、恥ずかしくなったのか、彼女はすぐに唇を離れさせた。その後、すぐに、スマホを開いて何やら文字を打ち始めた。
ピロン
彼女がスマホを閉じ、再び暗闇に包まれた情報室で、僕のスマホの通知音が響いた。無口な彼女は、息すらも聞こえるレベルでは漏らさないため、暗闇の中では、どこに居るかわからず、暗闇で僕は独り取り残されている気がした。そのこともあってか、通知音がこの空間で異質に感じ、少し不安になった。
僕はおそるおそる、スマホを開いた。
通知音の正体はメッセージアプリの通知を知らせるものだった。
メッセージアプリを開く。
『私を離さないで。』
彼女の好きな小説のタイトルを用いて書かれたメッセージだった。
彼女はもしかしたら、中学生になって突然彼女と登下校を一緒にしなくなった僕が自分のことを嫌いになってしまったのか、僕のことを密かに好きだった彼女は、気になっていたのかもしれない。
メッセージを読むやいなや、僕の背中に温もりが襲ってきた。
植芝さんがいきなり、僕を後ろから抱きしめていたのだ。
制服越しではあるが、彼女の胸の柔らかさが伝わってきた。
彼女の心臓の音が耳元で…間近に聞こえる。それを聞き、僕の心臓の脈はますます早まる。やばい…ドキドキが止まらなくて、どうにかなりそうだ…
そのときのことだ。情報室の中がパッと明るくなった。
情報部顧問の教師がドアの前に立っていた。
びっくりして転んだ、僕は植芝さんと一緒に顔を赤らめながら、床に腰を落とした状態で、教師の方を向いた。
情報部顧問の教師は今日の情報の授業中に、教卓の引き出しに忘れたUSBメモリーを取りに来たらしい。僕と植芝さんが行っていたことは若気の至りとして今回は見なかったことにするらしいが、次見つけた場合は上に報告すると喝を入れられた。
僕たちは平謝りをして、学校を後にした。
夕方になり、夕日が沈み茜色になった道を二人で一緒に歩く。僕たちは小学生ぶりに一緒に下校をしていた。お互い顔を赤らめて、無言で歩く。
いつの間にやら、学校からまあまあ遠い僕の家に着いた。
ここから1,2分歩いたら、彼女の家がある。
ちらりと彼女の様子を窺うと、何か言いたげな表情でこちらを見てきた。そして、突然、両拳を力強く握って、足を肩幅くらいまで広げたかと思うと、口を開いた。
「s…s、u…す……好き!!」
大きな声で彼女はそう叫んだ。顔は
彼女の大きな声を出会って初めて聞いた気がする。
唇を震わせながら、目が泳ぎに泳いでいる。
僕は、彼女の緊張を考慮して、彼女がいつもするように、スマホで彼女にメッセージを送った。
『僕も離さないで。』
彼女はそのメッセージを見て笑い泣きして、僕に近づいてきた。
そして、僕たちは家の前で、お互いを抱きしめ合った。
空には、すでに、夜の帳が下り始めていた。
VLOOKUP告白法 村田鉄則 @muratetsu
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