第34話 魔界の図書館と義妹マリア
どれくらい下っただろうか。窓の向こうに、魔界の図書館が見えた。
そっとのぞき込んで、クレアは絶句した。
義妹が、床を磨いていた。
クレアは目を疑った。
あの、義妹が。床に跪き、床を磨いていた。
良く理解できないまま、図書館の扉の前でこくりとのどを鳴らす。
こんこん、とノックした。
「どうぞ」
扉が音を立てて開く。
中には床を磨く義妹と、それを監督するように立つ、あのときの悪魔メフィストがいた。
「なにしにきたの、……っ」
義妹がふてくされて口を開き、すかさずメフィストに押さえつけられる。
「しつけが甘かったですね、失礼しました。ようこそ、魔界の城の図書館へ。私は司書のメフィスト。これは私の従魔です」
「従魔なんかじゃ、っ、……!」
マリアが反論しかけて、雷に打たれたように動きを止める。
クレアはそっと目をそらした。
「クレアと申します。メフィスト卿。わたくしは、わたくしの身代わりになったルーシェの呪いを解いていただきたくてここまで参りました」
「そうですか。……その通路から現れたということは、図書館の女神の巫女姫でいらっしゃる? こちらの女神像に祝福していただいてもよろしいですか?」
「魔界でも、女神像があるのですか」
「この世界を創世した女神ですからね」
魔界の女神像は、少々露出の多い服を着ている、色気に満ちた女神像だった。
クレアは世界樹の樹でつながる世界を想い、祈った。
ふわりとクレアから祈りの魔力がふくらみ。女神像に吸収される。
女神像が笑みを浮かべたようにクレアには見えた。
『闇の知識を授ける』
闇の知識がクレアへ流れ込んだ。
女神像から黒い光が凝り、クレアの手のひらにころりと落ちた。光に透けさせると黄色く反射する黒瑪瑙だった。
「ありがとうございます。我がレディもきらめきを取り戻しました」
メフィストは女神像の伸ばした指に口づけた。なにやら独特の嗜好があるらしい。クレアはそこからそっと目をそらした。
「ルーシェの呪いを解いてください」
「そうですね。あの呪いをかける代償として私は従魔を得ました」
マリアをみる。マリアは悔しそうに目を伏せた。
「あの従魔を、そのまま私のものにしてくださるのであれば解呪は問題ありませんよ」
クレアはマリアをみつめた。自分を散々に虐げた義妹。ずっとまえ、家族になったばかりのころは愛しく思ったこともあった。だけど。
ひとつ息を吐き、目の前にいるのがただの人であるとして考えてみた。
「……マリアの生はマリア自身が選ぶべきものです。わたくしが干渉すべきものではありません。ですが、最初に、マリアは従魔となる契約を是としたのでしょう。でしたら、その契約の形が少し変わろうとも、わたくしには問題はありません。あとはマリアと貴方の問題です」
「ふむ。……聞いてみようか?」
メフィストはついとかがむと、マリアの顎に指をかけた。
「そなたは、なにを、のぞむ?」
マリアはかっと頬を染めた。羞恥に満ちた目でメフィストを見上げる。ちらっとクレアをみて、すねるように唇をゆがめた。クレアに聞かれたくないらしい。メフィストは表情を全く動かさず、傲岸不遜にどこか愉悦をにじませたまなざしでマリアを見下ろしていた。
「……………………あなたの側に、おいてください」
マリアが根負けしたようにつぶやいた。メフィストが、我が意を得たりと笑った。
「よろしい」
マリアが頬を染めてうつむく。
わたくしは何を見せられているのだろう、とクレアは少し考えた。気にしないことにした。
メフィストは、クレアに向かい直った。
視線はクレアに向けたまま。マリアの髪をぶちりとむしり取る。
髪を握った手に何か唱えると、赤く光り、手の中にはひらめく黒い蝶が出現した。
ふう、と息をふきかけると、蝶はひらめいて上の方へ飛んでいき、消える。
「これで呪いが解けたはずです。では、ごきげんよう」
メフィストは優雅に一礼した。マリアも、見えない何かに押さえつけられたように頭を下げる。
「ありがとうございます。それでは、ごきげんよう」
クレアも膝を曲げて、世界樹の根の回廊に戻った。
*
眠っているルーシェの元に、黒い蝶がひらひらと飛んできた。
ルーシェの上でひらりひらりと舞い、鱗粉を落とす。ルーシェを蝕んでいた呪いが、しゅわ、と解けて消えた。
「ルーシェ!」
タクトがルーシェを揺する。
ルーシェの頬に、少し赤みがもどったようだった。
だけど、目覚めなかった。
アルフレッドは戸惑ってアイルを見た。
アイルがルーシェをのぞきこむ。
「うーん。魂が奥深くに迷子になっちゃったのかな?」
アイルはごそごそと、飾り戸棚の奥をあさって、ひとつの小瓶を差し出した。
「これは、世界樹の葉の滴。これを飲むと、夢の世界を共有することができるんだ。……いる?」
タクトが迷わず手を伸ばす。
「僕に行かせてほしい」
「わかった。飲んだら、額を対象とくっつけて。そのままその対象の夢の中に入れると思うよ。いってらっしゃい」
タクトは躊躇なく液体を飲んだ。そっと、ルーシェの手を握り、額を合わせる。そのままふっと目を閉じた。
アイルがアルフレッドに向き直る。
「このままここで舞っているのも退屈だから。彼に視界を共有してもらおう」
タクトの後頭部に、そっと世界樹の葉を乗せる。
葉は光を放ち、大きな紙のように状況を映し出した。真っ暗だ。
真っ暗な中に、黒い髪の女の子がうずくまっていた。ルーシェだ。猫耳がぴんと立って、音を探している。だけど何も聞こえないようだった。
動こうとしても、硬い何かに阻まれて少ししか動けない。
しばらくはじっとしていたが、じっとしているのに飽きたのかルーシェはうーんと伸びをして、床を叩いたりした。
あるとき、白い石が落ちてきて、床に穴があいた。穴の向こうから光が見えた。
「あれえ?」
ルーシェはぽかんと口を開ける。そのまま、光の方へ落ちていった。
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