第33話 世界樹の図書館

 クレアが意識を取り戻したときには、ほぼ王都の上空だった。

 空はすっかり夜になり、星が瞬いていた。

 周辺に照らす灯りのない夜空で見上げる星空は息をのむほど美しくて、クレアは思わず見とれた。

「気が付いた?」

 アルフレッドがのぞきこんでいた。ふと、自分がなぜ上を向いているのかに気づく。

 クレアはアルフレッドの腕の中で抱き抱えられた状態のままで、空の旅をしていたようだった。

「す、すみませんっ」

 ずっと意識のないクレアを膝の上に抱き抱えていたのだ。アルフレッドの腕や足が痺れてしまっているはずだ。クレアは慌てて立ち上がろうとして、くらりとめまいがしてそのままアルフレッドの膝の上に引き戻された。

「急に動いては危ないよ」

 アルフレッドの顔が至近距離でクレアをのぞき込む。

 クレアはこのまましゃがみこんで意識を失いたくなった。失えないけど。

(早く、退かなきゃ)

「アル。足が痺れてしまっていませんか。すいません。わたくし、そちらの椅子へ移動いたします」

「ずっとこのままでもいいよ」

 アルフレッドはにっこり笑った。

「星空に照らされた君は本当に美しくて。銀の髪に星がきらめいて、星の姫のようだよ。このままずっとここにいてほしい」

「だめです、立ちます。ゆっくり立ちますから、手を離してください」

 アルフレッドのうっとりと吐いたため息が髪をくすぐって、クレアはたまらなくなって叫んだ。


「アルフレッド、同乗する僕たちのためにもそろそろその状態は解消してもらえると嬉しい。目のやり場に困るんだ」

 タクトが言う。護衛のピートも頷いていた。


 王都に無事降り立ち、気球の旅は終わった。


 栞の鍵は完成した。世界樹の魔導書を紐解かなければいけない。

 翌朝、ルーシェの眠る部屋に三人が集まった。

 護衛のピートには部屋の外を守ってもらう。

「誰もこの部屋に入れてはいけないよ」

 アルフレッドはピートに命じた。


 クレアが完成した栞の鍵を世界樹の魔導書グリモワールに近づける。

解錠アペリオ

 世界樹の魔導書グリモワールの刻印が光り、宝石に魔力が灯る。

 魔導書は開き、飲み込んだ知識の奔流が文字となり魔力回路となって、その魔法陣の中央に扉が出現する。

 三人は、こくりと息を呑んだ。

 タクトがルーシェを抱える。

 三人で、魔法陣へと踏み込んだ。 


 扉が開いた。


 扉の向こうでは図書館の精霊アイルが待っていた。

「世界樹の図書館へようこそ」

 こうして三人は、世界樹の図書館へ入った。


 それは、大きな木の中にある図書館のようだった。周りの壁は木でできていて、ゆるやかに湾曲している。ところどころにあいた窓からは木々の葉っぱが見えた。

 そして、そのそこかしこに大量の本が並べられ、書棚からあふれて積まれていた。




「ここは、世界中の書物が集まる世界樹の図書館。地下の魔界の図書館から天空の図書館まですべての図書館に通じている」

 アイルが図書館を案内する。

「今はちょっと整理ができていないんだけど。ここのところ、図書館の聖女がいなかったから人手が足りなくてね。どうぞ、奥まで入って」

 いくつもの部屋を通り抜けた先にある、礼拝堂。そこにもまた、女神像があった。巨木の幹を背に立つ女神像の前に、祈りを捧げるための場があった。

 アイルは長椅子をすっと指さすと、指の通りに女神像の前に移動させる。

「その子をこちらへ」

 タクトは言われたとおりに、呪いにむしばまれた状態のルーシェを長椅子に横たえた。

 アイルがひょいと、ルーシェをのぞき込む。


「ああ。この子は、風の魂を持っている子だね」

 タクトを振り返る。そして目を凝らして、うなずいた。

「君……? うん、君、タクトがこの子についているといいよ」

 ほら、ここで祈ってあげてて。とアイルに指示されて、タクトはルーシェの横に跪いた。 

 ルーシェの首にかけた白い石がほんのりと光を強める。

「で、クレア」

 アイルはクレアに向き直った。その瞳孔のまん丸い猫の目で、クレアをじっとみつめる。

「新たなる図書館の巫女姫。君は、世界樹の根っこを通って魔界に行き、この子の呪いを解いておいで」

 そうして、大樹のうろのほうを指した。そのうろは影になっていて、よく見えなかった。

「あちらの扉から根っこへ行けるよ。このうろは世界樹の根に通じる回廊だし、この世界樹の中でクレアは傷つけられることはない。図書館の女神の巫女姫だからね。あと図書館の中も大丈夫だよ。魔界では図書館以外の場所へ出ないように、気をつけてね。帰れなくなるよ」

 魔界へつながる扉と聞いて、クレアはぎゅっと胸の前で手を握りしめた。

「私も行く」

 アルフレッドがクレアをかばうように前へでる。

「アル。…………うーん、いや、君はここで待っていたほうがいい。クレアが帰る場所だろう? 君は、僕の愛し子だし女神の下へ行ったら君まで女神の愛し子になってしまう。それは、僕がいやだ」

「クレアが、帰る場所」

「そう。だよね? クレア」

 クレアはアルフレッドを見上げて頷いた。

「はい。わたくしは必ずアルの下へ戻ります」

 アルフレッドは複雑そうに笑った。

「じゃあ、クレア。待っているからね」

 クレアの耳に揺れる珊瑚の首飾りにそっと触れる。

 クレアは笑顔で頷いた。 

 そしてひとりで、長い世界樹の根の回廊の階段をを下っていった。


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