第32話 森の文庫
一行は、森の中程にある泉の近くに降り立った。
「このあたりかしら」
巨人の見せてくれた地図を複写したものを、現在地の地図と重ねる。泉の位置を目印にしたら、北へもうすこし進んだところにありそうだった。
獣が通るような道を歩いて進んでいく。
薔薇の藪を越えたところに、その小さな家はあった。煙突から煙がでている。誰かいるようだった。
椚の木でできた生け垣を越えて、扉をノックする。
鳥達が一斉に飛び立った。その音にクレアは驚いて肩をびくりとはねさせた。
「誰だい」
中からしわがれた声が聞こえる。
「あの。森の図書館を探しているのです。何かご存じないでしょうか」
クレアが問いかけた。扉が開く。
「図書館? ああ、あの書物がある場所のことか。……うちの庭の奥にある」
「すいません、すこしだけ見せていただくことはできませんか」
「……そういえば教会にまた聖女ができたとか、巡回の司祭が言っていたね。聖女はかならずここを訪れると教会の伝説で聞いているよ。案内する」
「司祭が、巡回にいらっしゃるんですね」
「このあたりはぽつぽつと家があるだけで村もないからね。司祭が布教のついでに食糧品などを持ってきてくれるんだよ。あたしたちは教会に助けられて生きている。まあ代金の代わりに薬品を納めているから慈善事業ってわけでもないんだろうけどね」
庭は、様々な薬草が育てられていた。
「動物が、来るんだよ」
教会に納める薬品の他に、調子をくずした動物達の面倒を見ているという。
「あいつら同士でけんかして傷口つくって、うちの前で情けなく鳴いたりしてるんだ。だから、動物にも使えそうな軟膏を塗ってやったりしている。膿むよりはましかと思ってね」
庭からは、温泉にも行けるのだそうだ。動物達はそこを訪れたりもしているらしい。
「さあ、あそこだよ」
庭の最奥に、緑の蔦に被われた東屋があった。
中に入ると、たくさんの本が並んでいた。日に焼けて褪色しているが、思ったよりも痛んだりはしていない。風雨の影響は少ないようだった。この東屋の中には風雨が入り込まないようになっているらしい。
所蔵されているのは自然関係の本がほとんどだ。
「薬草のことはここで学んだんだ。ここにあるのはほら、生活の知恵だけだ。今も残っておるのはな」
何度も、書き継がれた書物たちが、そこに保存されていた。それを、大事そうに撫でて、森の番人がぽそりとつぶやいた。
蔦に被われた壁の、蔦を避ける。そこに、壁に埋め込まれた女神像があった。
クレアが祈りを捧げる。
女神像は光りをはなち、クレアの栞の鍵の最後の石、薄緑色の石が濃い深緑色にひかった。
そして、クレアに緑の知識が流れ込んだ。
すべての石の色の分の知識が、クレアに流れ込む。緑の知識が他の、意識の外に追いやっていた知識の海をも呼び起こした。
知識の奔流におぼれそうになって、クレアは持参した世界樹の
(これを開けたら、入り口が開く)
クレアは理解した。
(ルーシェを。連れて行かなくては)
魔導書を胸に抱き込むと、クレアはふっと意識を失った。
アルフレッドが慌ててクレアを抱き留めた。
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