第31話 ロンバルディア王国 魔術具大国

「さて、そろそろ火の国ロンバルディアだ。地上へ降りよう」

 ロンバルディア王国の国境が空から確認できたあたりで、近くの森の広場へ気球を下ろした。森の中にある伝令用の兵士の小屋に、力を失った気球を隠す。

 おそらくロンバルディア王国にも観測はされているだろうが、まだ気球の存在を眼前に知らせて原理を観察されるのは避けたかった。


 国境門を守る兵に来訪を告げた。兵は最初徒歩でふらりと現れた一行をいぶかしんでい たが、国王の親書を見ると顔色を変えた。

「確認して参ります」

 上長へと話が通り、すぐに王城へ案内されることになった。

 ロンバルディア王国は山岳の上にある王国だ。魔術具大国として有名だった。建物はいくつもの階層にわかれていて、上下に移動することが多い。クレアたちは国境門につづく建物に案内され、上階への移動のための箱に乗った。

 この金属の箱は馬車一台がのれるくらいの大きさがあり、魔力を動力にして上下移動を可能にしているらしい。同乗した国境門の兵士長が操作すると、ゆっくりと上に上がっていった。この国は魔石の産出量が多いので有名で、魔術具の開発が世界で一番進んでいると言われている魔術具都市だ。そこここに金属で動く魔術具が見受けられて、クレアやタクトは好奇心をかき立てられていた。

 上階につくと、扉が自動で開く。

 魔術具の馬が動かす馬車が、扉の外で待機していた。

(うわあ、これはどういう仕組みになっているのかしら……!)

 頭の良い者ほどウォルテス国からここロンバルディア王国へ留学し、帰ってこない者が多いというのも理解できた。興味深すぎる。

 しかし、クレアと、それからタクトは、眠るルーシェを思い出して平常心を保った。

(いつか、絶対! ルーシェと一緒に旅行したい滞在したい留学したい)

 ぽん、とアルフレッドがクレアの頭を撫でた。

「我が婚約者殿はこの国にたいそう興味関心があるようだね」

(あ。婚約者……)

 そうだった。クレアはウォルテス王国の王太子の婚約者なのだ。そうそう留学などできない。クレアはがっくりと肩を落とした。そんなクレアに、タクトがにっこりとうなずいて何か言おうとしていた。

「タクト兄上も。そうそう王族が国外に出られると思わないでくださいね」

 アルフレッドが釘を差す。タクトがぎぎぎと固まった。

「……王族といっても。僕はもう臣籍降下した身だし」

「ええ、国内では好きになさっても父上も何も言われないかと思いますよ。ですが、そう簡単に国外に、兄上のような優秀な研究者を放出しないでしょうね。様々なしがらみを持ち出されるのではないかな、父上も。(……私ならそうする)」

 にこにこと、言葉にならない言葉まで伝わるように、アルフレッドが追撃した。アルフレッドがふたりのふくらんだ好奇心をしぼませて落ち着かせていった。

「また、国賓として来させていただけるようにしましょうね」

「……はあい」「……そうだね」

 クレアとタクトは少ししょんぼりしながらうなずいた。



 王城について、謁見の間に通される。

 国王は、すぐに面会に応じた。

「やあ、ウォルテスの王太子どの。先頃婚約されたと聞いたぞ、おめでとう」

「ロンバルディア国王陛下。ありがとうございます。こちらが婚約者のクレアと、兄のウィンフィールド公爵です」

「クレア・ウィンフィールドと申します。お初におめにかかります」

「養父のタクト・ウィンフィールドです。彼女はクリスティーナ・クレール博士の娘です、もしご存じであれば」

 タクトがにっこりと言葉を継いだ。

「なんと。あのクリスティーナ・クレール博士か! ウォルテス王国にありながら様々な魔術具の発明をしていた。ぜひロンバルディアへ来てほしかったのだが、残念なことになってしまったね。ご令嬢にも期待しているよ」

 ロンバルディア国王は快活に笑った。

「それにしても、なにやら不思議な浮遊物体が近づいて来ているという報告は受けていたのだが、そなた達は歩いて現れたな。なにかからくりがあるのだろうね?」

「ええ、そのうちには学会に発表されるかと思います。まだ研究途中のため、残念ですが秘密にさせていただきます」

「ほほう、学会でな。では楽しみに待つとしよう」

 アルフレッドとロンバルディア国王は笑顔でやりあった。クレアとタクトは後ろで平常心を保つ練習をしていた。


 ロンバルディア国王はすぐに、国立図書館への入館措置をとってくれた。

 司書がひとり、案内に王城にかけつけた。

 自走馬車に乗ってすぐにロンバルディア国立図書館へ着く。

 図書館の扉は、自動で開いた。

「これが自動で動いたら、夜中でも入れてしまいませんか?」

 入り口から案内してくれた司書が首を振る。

「閉館後は魔術具への出力を切るので開きません。夜間は館内保全の魔術具が動いていますから」

 そうして、文字の鍵盤の付いた魔術具の前へ案内された。

「何か、本をお探しですか? こちらで所蔵している本をすべて調べることができます」

「……では、呪いの解呪方法の載っている本など出てきますでしょうか」

 クレアが代表して答える。

「承知しました、しばらくお待ちください」

 がしゃんがしゃんと言葉を入力すると、石板に文字が表示された。

「何冊か蔵書があるようです」

 司書があがった書名を読み上げた。

 その書名を聞いて、クレアは首を振る。

「その本とそちらのシリーズは読みました」

「では貴重書架の資料になりますかね。あちらの女神像の見える階になります」

 司書が指す先には、女神像が見えた、階段を上っていった先に見える階だ。

「少し見させていただいてもよろしいですか?」

「どうぞ。階段は自動で動きますのでご注意ください」

 階段の踏み板に足をのせると、ぎしぎしと階段が動き出した。

 館内では、自走する魔術具が本を運んでいたり書架へ配架していたりする。

 図書館の仕組みさえも変わってしまうような効率化された図書館に、クレアは感嘆のため息を付いた。それでも、書架に並んでいる本は見覚えのあるものもあって、不思議な感じだ。ウォルテス語とロンバルディア語の違いなど、知っている本を手にとってみたくなったが、クレアは自重した。

 女神像のフロアへたどり着く。

 女神像の周りは祭壇のように段になっていて、その周辺の壁際に貴重な本が並べられているようだった。

 女神像の足下、小さな広場を見て、クレアが鍵の栞を準備する。アルフレッドと目を合わせて頷くと、広場になっているところにひざまずいた。隣にアルフレッドが寄り添う。

クレアは栞を握りながら祈りを捧げた。

 栞の石、薄赤いものが光を放ち、女神像から赤い光がクレアに注ぐ。


『炎の知識を授ける』

 また、知識が流れ込んできた。



 突然、広場に穴があいた。ちょうど、クレアとアルフレッドの足下が穴になった。

 クレアとアルフレッドは為すすべもなく落下した。護衛のピートが慌てる声が遠くに聞こえた。




 二人は風の魔法を放ち、ゆっくりと降りる。最後はアルフレッドがクレアを抱きしめて受け身をとった。着いたところは地中の洞窟のようになった場所だった。落ちてきた穴は遙か上になり、のぞくピートもタクトも見えない。


 目の前には、巨人が座していた。まるで像のように動かなかった。

 巨人の背後、壁一面には巨大な書架があった。階段などもなく、ただただ見とれるほどの壮大な本棚だった。

 そっと、二人は本棚に向かって巨人の横を抜けようとした。

 巨人の目が光り、意志が宿った。額の石が赤く光る。


『我はエッダの守護者なり。侵入者は排除する』

 巨人は立ち上がり、大きな槌を振り上げた。


 アルフレッドがとっさにクレアを庇う。

 槌が地を打ち、大きな音が響いた。


 反響が収まるまで、誰も動かなかった。

「どうしましょう」

 クレアはぎゅっと栞を握りしめた。


「あれも魔導具……」

 巨人の額の石は魔石だろうか。

 アルフレッドは念のため剣を佩いていたが、剣の腕はさほどでもない。魔導具の巨人相手に何とかなると思う余裕はなかった。


「仕方ない。切り札を使おう」

 アルフレッドが髪留めをむしり取った。

 装飾の宝石にささやく。

「約束だよ。来て、アイル」

 宝石が光り、緑色の魔力が可視化するくらい溢れる。

宝石の前に後ろ足で立った猫が姿を現した。

「やれやれ、やっと呼んだね」

 猫が猫の姿のまま立って、しゃべった。



「僕は精霊のアイル。図書館の精霊だ」

 クレアにぱちんとめくばせする。

「これは古代図書館の守護兵だね。僕が止めよう。アルフレッド、僕を呼ぶタイミングばっちりだねさすが」

 巨人がまた槌を振り下ろす。

 猫はひらりと巨人の槌をかわすと、額の石に触れる。魔力をこめると、石が緑色に染まる。巨人が動くのを止めた。構えていた槌を、下ろす。

「この子を倒してしまわれても困るんだ。図書館の守護者だから。この部屋には禁忌の知識が収蔵されている。守護者なしに解放することはできない」

 司書猫は洞窟の壁の書架を見上げた。

「さあ、クレア、図書館の申し子。おいで」

 精霊アイルに呼ばれて、クレアはおそるおそる巨人に登る。巨人はそっと手をさしのべてくれた。巨人の手を伝い、額の前へ。アイルに誘導されるままに、額の魔石に触れる。魔石は淡く光り、クレアが持っていた栞の鍵の赤い宝珠が色濃く光った。

「またひとつ、封印が解けたね」

 アイルが鍵を見て言う。

「はやくおいで、クレア。すべての封印を解いて、図書館の魔力を手にするんだ」

 アイルの目が不思議な深みをおびてきらりと光った。


『なにを、知りたい』

 巨人が問う。

「……呪いの、解呪方法を。悪魔が協力した人が、わたくしの大切な家族に呪いをかけて、起きないのです」

 巨人が身を起こし、洞窟の本棚から本を取り出す。

 そしてクレアに手渡した。

 巨人は、この書架の専門の司書でもあるらしかった。

 巨人が差し出したのは、古の錬金術の辞典だった。

 クレアは夢中で項をめくる。万能薬の作り方の項があった。とりあえず持ってきていた母の魔法書へそれを書き記した。材料は特殊な蛙の干物や鉱石の粉などさまざまなもの。

とりあえずこれを作ってみようか。

 アイルが不思議な目をしてつぶやく。

「君はそれを作らなくてもいい。その鍵を完成させて。そして、世界樹の図書館へ来るんだ。あの子、黒猫の少女を連れて」

 クレアは、アイルをみつめた。アイルはふっとほほえんだ。

「ああでも、その薬の材料を求めに行くことは正解へと近づくのかな。……じゃあね」

 アイルはくるりと後転すると、姿を消した。 




 クレアは巨人に尋ねる。

「森の国の図書館って、どこにあるかわかるかしら」

 巨人が差し出したのは一枚の地図。古代の森の王国と図書館の地図らしい。

「ここは、今はウォルテス国だね。広大な森が広がるエリア。かつて国があった。今はウォルテス国の一部になっている。帰りに寄ろうか」

「そうですね、早い方がいいですもの。でもどうやって帰ればよいのかしら」

 途方に暮れて穴の上を見上げると、巨人が手を差し出した。

『帰る。運ぶ。……またくる、鍵、使う』

「運んでくれるそうです」

 クレアは巨人に微笑んでお礼を言った。

「帰りましょう、アルフレッド様」

 クレアとアルフレッドは巨人の手に乗り、穴の上に帰った。穴は二人が登り切ると元通りに見えなくなった。

 護衛のピートは大変心配していたらしくアルフレッドの無事を確認し、へたり込んでいた。タクトは興味深そうに質問し、二人の体験をうらやましがった。

 こうして国王に感謝を述べて、一行はロンバルディア王国を発った。


 最後の鍵は、緑色の石。森の図書館。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る