第30話 空の旅
クレアも旅立ちの準備をした。
魔法書から取り出したのは小さな白い石。
『これ、クレアにあげる』
以前にルーシェがくれた石だ。
クレアは石をぎゅっと握りしめると、祈りを込めた。石が心なしか魔力を吸収してほんのりと光ったような気がした。
眠るルーシェの胸の上に、そっとその石を置く。
「ルーシェを、守ってね」
石はほんのりと清浄な光を放ち、黒い闇に負けずにルーシェを守り始めた。
クレアはひとしきりルーシェの下で祈ると、立ち上がった。
留守の間のルーシェの様子はマーサが見てくれるという。料理長が作ってくれたお弁当の籠を持って、クレアは気球の発着場へ行った。
気球の魔石に魔力を込める。
気球は、ふわりと、浮かびあがった。
浮かぶ力もも風を操る力も、魔力が動力になっている。この国で一番魔力が強い王家の出身であるアルフレッドとタクト、それに一人魔力を使ってたくさんの家事をこなし続けたクレアの魔力量も常人よりも多く、つまりは一行の魔力は豊富だった。
見た目はふわりふわりと、実際は早馬よりも早い速度で気球は飛んでいった。
空に浮かぶ気球からは、はじめてみる景色が見えた。クレアは夢中になって記憶の中の地形と目の前に見える景色を照合した。
「あ、ねえ、あちらに草原が見えます」
「遊牧民の地かな」
アルフレッドも珍しげに観察する。護衛のピートは一番腰が引けていて、籠の縁を持ってしゃがみ込んだまま外を見られない様子だった。
「あ、アルフレッド様、あちらは緑の畑が一面に。穀倉地帯でしょうか?」
「そうだね、我が国の食糧庫と呼ばれるオーランド地方かな。こんな上から見たことないから多分だけど」
進む方向を操るためにタクトが広げた地図を隣からのぞき込んで、アルフレッドがうなずく。
「ねえアルフレッド様、あちらは森がひろがっているのですね」
「うん、かつて古代王国だった森じゃないかな。あまり人は住んでいなかったように思う」
一通りの景色を眺めてはしゃぎ疲れて、ふう、とクレアは息をついた。
だいぶ国境の山脈が近づいてきたように思える。
雲が浮かぶ空を、ぼんやりとながめる。
「きれいですね」
「うん」
アルフレッドがそんなクレアをみて頷いた。
「ルーシェも、連れてきたかったですね。きっとさぞよかし喜んだでしょうに」
ぽつりとクレアがつぶやく。
アルフレッドはクレアの頭をそっと抱き寄せた。
「また来ればいい。ルーシェの呪いを解いて、また来よう。絶対」
「はい!」
クレアはにじんだ涙を拭ってうなずいた。力を抜いてアルフレッドに身を任せる。
狭い籠の中で、タクトとピートはそっと二人から目をそらして、見ない振りをしてくれた。
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