第29話 呪いの解呪方法
ルーシェは目覚めなかった。
呪いにかけられたときの少女の姿のまま、クレアに与えられた離宮の一室でこんこんと眠っていた。黒い闇が、ルーシェを覆っていた。
クレアは脇に積み上げた書物を眺め、ため息をついた。
どこを探せばみつかるのだろう。もうめぼしい書籍はすべて探した。神々の知識にも向き合った。だけど膨大すぎて見つからない。
母の魔法書を抱きしめる。
涙がポロポロとこぼれた。
『クレア!』
笑顔のルーシェが思い浮かぶ。会いたい。目を開けてほしい。
にゃあ、と鳴く黒猫の姿でもいい。クレアの手に頭を擦り付けて、気持ちよさそうにごろごろ言うのだ。
会いたかった。
悔しくて涙がこぼれる。
マリアを、クレアが止めることができていたら。クレアの問題に巻き込まれて、ルーシェは呪われてしまった。後悔で焼き付きそうだった。
あのとき破壊音がしたのは図書館近くの物置小屋で、庭師の道具のほかには被害はなかった。
義妹の行方は杳としてしれなかった。
「
魔法を唱える。青い石が光る。
海辺の図書館は、ひっそりと静かに佇んでいた。ルウのしっぽが見えた気がして追いかけたが、みつからなかった。クレアはため息を付いて部屋に戻る。
「
魔法を唱える。黄色い石が光る。
教会図書館の中はしんと静まっていた。司書神官もいないようだ。窓の外から子どもたちの歓声が聞こえた。教会図書館の窓から外をのぞく。あたりまえだけど、ルーシェはいない。
しばらく眺めて、クレアは部屋に戻った。
「
魔法を唱える。紫色の石が光る。
そこは王宮図書館、のはずが、違う見覚えのある場所を照らした。母の研究室だ。クレアは藁をもすがる気持ちで、扉を越えた。
母の机に座り、書架を眺める。ふと立ち上がって、魔術具の書箱を手に取った。母の書箱を開ける。
そこには、世界樹の
ふと、手元の栞の鍵を見た。
思いつきで、魔導書に鍵をかざす。
「
唱えてみた。
魔導書は、反応した。
栞の鍵が光るのに呼応して、魔導書の表紙の宝石が、光る。紫、青、黄色。宝石が順に灯っていった。
あと二つ。そこで、魔導書は反応をやめた。
クレアは興奮した。
きっと、この中に答えがある。
残りの、光ってない宝石を調べる。光らないのは栞も本もどちらもふたつ。薄い赤と、薄い緑だ。薄い朱色なのは、火の象徴だろうか?
ではもう一つの深い緑色は何だろう。近隣の図書館のリストを開いた。
火の象徴の図書館。思いつくのは火の国、ロンバルディア王国だ。
火の図書館へ行かなくては。
クレアは、世界樹の
その夜、様子を見に現れたアルフレッドとタクトにクレアは言った。
「火の国ロンバルディア王国へ行こうと思うのです」
眠るルーシェの側で、クレアは言った。
「だが火の国までは馬車だとひと月近くかかるよ」
アルフレッドが指摘する。
「承知しております。急げばもう少し早くなるかと」
タクトが、咳払いをした。ルーシェの解呪に力を尽くした後、ここ数日は研究室の方へ詰めているようで姿を見なかった。
「もっと早い方法、使う? 安全は未確定だけどそろそろ実証実験は終わりそうな乗り物があるんだけど。……ルーシェを少しでも早く識者のところへつれていけるように準備していたんだ」
タクトが言った。
「そろそろ研究所で実験するんだけど、見にくる?」
タクトがさらりと、眠るルーシェの髪を指に絡ませた。
「僕の可愛いルーシェをこんな目に合わせたままで放っておくなんて許さない」
「タクトさま。わたくしのルーシェは必ず目覚めさせます」
「もちろんだよ」
クレアとタクトはにっこり笑いあった。
研究所の中庭で、その完成試乗会が行われていた。
以前、海辺の街へ行くときに発見した古代の魔導具。あの籠が、人が乗れるくらい大きくなったものが作られていた。
籠の上の炎の魔石に魔力が込められ、空気が温められていく。大きな革の風船が、ふわりと浮かび上がった。籠は大人が四人ほど乗れそうだ。ふわりと、地上から浮かび上がる。
「『気球』と名付けたんだ」
タクトが言った。
籠に乗った人が風魔法をかけると、気球はふわりと指向性を持って動き出した。
風魔法によって速度や方向を操っているようだ。やがてくるりとまわって戻ってくると、炎の魔力を調整して、ゆっくり降り立った。
「これは、先日の実験で海側の国境まで半日で行って帰ってきた。ロンバルディア王国までも遙かに短い期間で行くことができるだろう。どうだろう、乗ってみるかい?」
「乗りたいです!」
クレアは宣言した。新しい魔術具はわくわくする。それに一刻も早く、火の国ロンバルディア王国の図書館へ行きたかった。
「…‥わたしも行こう」
クレアの後ろにいた、あるフレッドが宣言した。護衛のピートが慌てる。
「アルフレッド様! だめです、危険です」
「だが私がいた方が他国でも話が早いだろう。父王の親書をいただいてくる。この国にはまだウィリアム王子だっている。大丈夫だ」
「……わかりました、国王陛下のお許しが出れば。ですが、せめて私は同行させてください」
「タクト、あれは四人乗れるか?」
「うん。4人と荷物くらいなら軽々と。一度馬もつり上げたことがある。馬の性質があまりむいていないようでかわいそうだったからもうやってないけど」
「わかった。では父上に話をしてくる」
国王は、面白そうに許諾してくれた。
「ふむ、そなたが行かなくてはならないのだな? その必要性があるのであれば、行ってくるがよい」
さらさらと、国王はロンバルディア国王への親書をしたためる。
「若いあいだに、見聞を広めるのはよいことだ。存分に行ってくるとよい」
「ありがとうございます」
アルフレッドは親書を預かり、跪いて感謝を述べた。
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