第28話 豊穣の宴
豊穣の宴が始まった。
アルフレッドのエスコートでクレアが会場に入ったときには、すでにたくさんの人が入っていた。会場中の人がクレアたちを見ている気がした。あれは誰だ、とその視線達が言っている気がした。クレアが思わず足を止めそうになる。隣のきらきらな王子さまのような盛装のアルフレッドがまぶしく感じられて、視線が下の方を向いた。
きゅ、とアルフレッドの手がクレアの手を握った。クレアはアルフレッドを見上げる。
目があって、優しい微笑みを見て、クレアもふと肩の力を抜いた。大丈夫、と言われている気がした。クレアも少し微笑んだ。微笑みあった二人に、会場の空気が少し和んだ。
先に入っていたタクトとルーシェに合流する。ルーシェは今日は、薄桃色のふくらんだ袖のドレスにタクトにもらったリボンを付けていて、とてもかわいらしい姿だった。
タクトも盛装をしていていつもとまた少し雰囲気が違う。ルーシェはレッスンの効果か いつものような無邪気な振る舞いはなく、つんと取り澄ましていてちゃんとした令嬢のように見えた。クレアと目があってにかっと笑った瞬間だけは崩れた。
そうこうしているうちに国王夫妻も入場し、豊穣の宴が始まった。
「今年もこの豊穣の秋を迎えられたことに感謝する」
国王の挨拶が終わり、アルフレッドとクレアは壇上へ招かれる。
内心どきどきしながら、こわばった顔で国王と王妃の下に立った。
「皆に報せる。王太子アルフレッドと、このたび婚約が成ったクレア・ウィンフィールド公爵令嬢だ」
大広間がどよめいた。
「誰だ」という声や「ウィンフィールド公爵令嬢だと!?」と驚く声も聞こえる。
そして、宴が始まった。
アルフレッドとクレアのところには、挨拶を望む人が列を成した。
事前に学んだ成果を生かして挨拶していく。
人並みもようやくとぎれたところで、一息付いた。
「クレア、大丈夫?」
「はい、殿下」
グラスに入った飲み物を手渡されて、クレアは頷いた。
そこへ、つかつかとやってきた人物がいた。
オリヴィア王女だ。
オリヴィア王女は隔意を隠そうともせず半眼でクレアをにらんだ。
「ごきげんよう、クレア・クレール。……わたくしの友人マリア・クレールを陥れた元凶」
オリヴィア王女が吐き捨てた。
まわりがざわりとざわめく。
「え……」「クレール……?」「ほら、最近、投獄された……」
先ほどまでの婚約を言祝ぐ視線から、クレアを探るような視線に変わっていった。
「いい気にならないでくださいませ、デビュタントすらできなかったクレア・クレール。…ついこのあいだまで、床を磨いてらしたのでしょう?」
オリヴィア王女の嘲笑。クレアは思わず顔を背けた。
「オリヴィア!」
アルフレッドが制する。今にも逃げ出そうとしていたクレアは、アルフレッドの手に支えられて踏みとどまった。
「いい加減にしろ。私の婚約者に不満があるのか。……知ってのとおり、クレール元侯爵は犯罪を犯し捕らえられた。クレアはその侯爵の直接の被害にあい、デビュタントにも出ることができなかったんだ。これ以上彼女の素性について何か言う者があれば、私が相手する」
アルフレッドが周りにも聞こえるように宣言した。
「今のクレアはクレア・ウィンフィールド公爵令嬢だ。彼女を侮るのは私と公爵を侮るということだ」
クレアはきゅっと手袋の中の手を握りしめた。
「クレア、大丈夫? 控え室に一度休む?」
クレアは首を振った。
「大丈夫です。この場から、逃げたと思われる方がいやです」
「では、踊ろうか」
そろそろダンスが始まっていた。
アルフレッドがあらためてクレアに手を差し出す。
「踊っていただけませんか、私の愛しい人」
クレアは微笑んで、ドレスを持って膝を曲げた。
「よろしくお願いいたします」
婚約が決まってから付け焼き刃で練習したにしては、クレアはそこそこ踊れているようだった。
「これは、魔術具のおかげなのです」
クレアが足下にちらりと目を遣る。
クレアの靴には、水色の魔石がきらりと輝いていた。
「風の魔石の力を使って、足を軽く動かせるようにしています。ダンスの型は覚えましたので、音楽に合わせて動かせばあとは魔術具が動かしてくれるのです」
「その発想はなかったよ。まったく、君は魔術具の天才だな」
アルフレッドが感嘆のため息をつく。クレアははにかんで微笑んだ。
「こうやって、日常を少し便利にする魔術具を、もっと作りたいと思っています」
「そうだね、助かる人も多いんじゃないかな」
目の端に、くるくると舞うルーシェとタクトの姿が映る。
「ルーシェも、魔術具を?」
クレアは笑って首を振った。
「ルーシェは、何もなくても風のように舞うのです。むしろ、この魔術具を必要としてらっしゃるのはタクト様です」
よく見ると、タクトのブーツにもさりげなく風の魔石が填められていた。
「ルーシェについて行くには体力が足りないのですって。ルーシェはタクト様を大変に慕っておりますから、どこへでも連れて行こうとして。子どもの体力について行くために、これまで研究一筋だったタクト様が、最近よく鍛錬をなさっていらっしゃると、ウィンフィールド公爵邸の使用人から聞きました」
「タクトあにう……タクト卿も大変だね」
くるくると踊るルーシェはとても楽しそうだ。猫耳が出てもいいように頭にツノをふたつ結っていて、それがまた愛らしかった。今日の盛装をしたルーシェは、子どもが背伸びして大人びた格好をしているようでとてもほほえましかった。
アルフレッドがくすりと笑って言う。
「出会ったころのクレアもあんな感じだったよね」
「あんなに愛らしくはなかったかと思います。本の虫でしたので」
「可愛かったよ」
アルフレッドがほほえんだ。
「こんなに可愛いお嬢さんがすらすらと歴史書の話をしたから、本当に驚いたんだ。いまでもはっきりと覚えている」
ルーシェが歴史書の話をするところを想像して、クレアは思わず笑った。
「それは、違和感がありますね」
「うん。衝撃だった」
「アルフレッド殿下も、まるで精霊のように美しい男の子でしたよ。つくりものかと思ったのです。それが動いたときの衝撃は覚えています」
「ふふ。中身は見た目によらないからね」
アルフレッドはそっとクレアの頬に指を触れた。
クレアは頬を赤くしてうつむいた。
続けて二曲踊ると、壁際に避けて従僕からグラスを受け取る。
踊り終えたルーシェが戻ってくる。タクトは料理を調達しに行ったようだった。
そのとき。
会場がざわついた。
「あの方……」
「本日の招待客にはいらっしゃらなかったのでは」
ささやき声が聞こえる。
桃色のドレスを着た誰かが、クレアに向かって、人々の間を抜けて来た。
「おねえさまなんか!」
義妹の、マリアだった。髪は乱れ、ドレスもくすんで汚れている。近衛騎士の目を盗んでどこかから侵入したのか。
「しんじゃえ!!!」
マリアの手に、きらりと刃物がひかった。どす黒いナイフを持っていた。
とっさにアルフレッドがクレアを腕の中に避ける。その前にルーシェがひらりと立った。
「させない!」
手のひらをつきだし、魔法の結界を張る。ぽ、ぽ、ぽと猫の手のような形の結界が多面展開した。
「どけえええええっ」
マリアがそのまま振りかぶった。
黒い刃が結界に刺さる。
刃から、黒い魔力が染み出してきていた。魔の気配だ。
「はなせええええっ」
義妹が吼える。その姿は、まるで魔獣がうつしとられたかのように歪んで見えてきていた。
ルーシェの魔力が光り、結界へ流れ込む。
「クレアはルーシェが守る。もうクレアだけにつらい思いはさせないの」
マリアの黒い魔力と、ルーシェの紫色の魔力が拮抗した。みしみしと音をたてる。
駆け寄ってきたタクトが、援護する魔術を準備しはじめる。
「うわああああああっ」
マリアが叫んだ。ルーシェの結界がひび割れてきた。
王宮のどこか、図書館の方角で何かが爆ぜる音がする。マリアの援軍だろうか。ばたばたと近衛騎士たちが向かう。
黒い魔力は、ぴしぴしとルーシェの結界を破り、術主であるルーシェへと襲いかかる。
「にゃああっ」
ルーシェが黒い靄に覆われた。
「ーーー捕縛!」
タクトが術式を完成させた。マリアに捕縛の魔術がおそう。
「きゃああっ」
タクトの魔術で束縛されたマリアが叫んだ。
「メフィスト! 助けなさい!」
マリアの影からゆらりと立ち上がる、悪魔。黒いマントに銀色の髪をなびかせて、悪魔は朱色の瞳を嗤うように歪めた。
「承知した」
悪魔の持つ鎌が、タクトの束縛を破壊した。
「さあ、メフィスト! あいつらをやっつけて!」
「契約は果たし終えた」
悪魔は冷たい目でマリアを見下ろす。
「さて契約主よ。お主の望みは叶えた。次は我が望みを叶える番だ。約束通り、我がもとへ疾く詣り、従属せよ」
悪魔の蔦がマリアをからめ取る。マリアは驚愕に顔を歪めた。
「いや、そんな、うそ……っ!」
そして、悪魔とマリアはマリア自身の影へと消えていった。
その場に残ったのは、呪いに覆われたルーシェだけだった。
ルーシェがふらっと崩れ落ちる。
「ルーシェ!」
クレアが抱き留めた。呪いはクレアを避け、ルーシェのまわりをぐるぐると覆い尽くす。
「クレア嬢、貸して」
タクトがしゃがみ込み、応急処置を始めた。
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