第23話 ◇義妹 マリア
わたくしの名前はマリア。クレール侯爵の娘。
母のイザベラはマリアが生まれた頃は、別の男の夫人だったそうだ。だけど、マリアが知っているのは母親の実家の離れに住み、「おじさま」が来るのを楽しみに待つ日々だけだった。
おじさまは優しく、来るたびに美味しいお菓子をくれた。子どもらしい無邪気な振る舞いをすると、ことのほか喜んでくれたように記憶している。
ようするに、お馬鹿な方がよかったのだ。
比較対象に小賢しい小娘がいたために、マリアの無邪気な振る舞いが好ましく思われていたのだと今は思う。
10歳の時に、母親が「おじさま」と再婚して、おじさまはお父様になった。義姉ができた。それが、クレアだった。
お父様であるところのトーマス・クレールは、マリアの母イザベラと恋仲だったのに、引き裂かれて義姉の母親クリスティーナと結婚させられたらしい。それでも、トーマスはイザベラが好きだった。だから、ことのほかマリアを可愛がった。マリアはトーマスにそっくりだった。母よりもトーマスによく似ていた。つまりは二人は他の人と結婚した後も付き合いがあり、マリアは不貞の子なのだろう。両親は何も言わないけど。
義姉は頭が良くて冷静だった。
最初はクレアを入れた四人家族、を演出しようとしたトーマスが、耐えられなくなったのか突然暴力を振るいはじめてもあまり表情を変えることなく従っていた。マリアなら泣き叫んだだろうに。
そういえば一度、姉が泣き叫んでいるのをちらりと見た。何だっただろうか。父が何かを燃やしていた。珍しく姉が取り乱していた。怪我もしているようだった。泣き叫ぶ姉の顔と炎に照らされた父の顔がそれはそれは恐ろしいもので、マリアは本能的に今はダメだと感じて見なかったことにしたのだった。その後マリアに会った時の父はにっこりといつもの優しい父だったので、何かの見間違いだと思うことにした。
姉は、虐げられていった。
ドレスを奪われ、部屋を奪われ、食事すらまともに与えられなくなった。マリアがクレアを虐めると父が嬉しそうにした。母はなるべく無関心でいたいようだった。母の奥にも、炎に照らされた父のような魔物がいるのかもしれない。それに気づいてからは、積極的にマリアが義姉を虐めるようにした。
幼い頃、二人だけで暮らしていた時の母は怖かったのだ。魔物に魅入られたようにマリアを虐め、聖母のように謝罪しながら傷を撫ぜた。
父と再婚してからはそのような様子は見せなくなったが、いつ母が無表情で暴力を振るうかと恐れる気持ちはずっとマリアの中であって、その恐怖から逃れるために姉を積極的に虐めた。虐めていると、すっきりした気分がして楽しくなった。
姉は家事をどんどんこなすようになっていった。その頭脳を生かして効率化しているらしく、気が付いたら仕事を終えて庭師と植物の研究をしていたりした。それに気づいた父が激怒し、さらに仕事を言いつける。その繰り返しだった。だから、マリアはあえて邪魔をすることにした。
掃除を言いつけられてある姉の前でごみの籠をひっくり返し、バケツの水にわざとつまずいてぶちまけた。ごめんなさいねえ、と高笑いしても姉はし表情を変えず、マリアの起こした厄介ごとの対処にあたっていた。
給仕の時には何かと文句をつけて、飲み物を姉にぶちまける。そうすると父も母も嬉しそうだった。
姉に、婚約者がいた。
姉は前夫人の血を引く唯一の後継者として貴族簿に登録されているのだ。それを何とかしたいと思ったのか、父はこそこそと悪いことをするようにくわだてていったようだった。
姉の婚約者。あれも酷い男だ。言葉は甘く優しいが、賭博に夢中で借金を作ったり、色々な夫人と浮名を流していた。あえて既婚者の夫人を狙い、そういう割り切った関係がいいとか言っていた。姉は何も知らなかったようだったが。
そんな姉が、消えた。
父は血眼になって捜索していた。
家の中が、うまく回らなくなった。いらいらした。
あの人が。逃げるから。
腹が立った。
あの女がいた部屋を、蹴り上げた。
壁に穴が空いた。
穴は、地中奥深くへ繋がっているようだった。
ここから逃げたのだろうか。
マリアは腹が立って、そこに花瓶を投げつけた。
遠くの方で、花瓶が割れる音がした。
穴から男が現れた。
頭から黒い血を流している。悪魔だ。
「今この花瓶を投げたのは、お前か?」
マリアは悲鳴を上げた。
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