第20話 廃墟の島

 翌日は、早朝に海に行きたいルーシェに起こされた。

「クレア、おきて! うみにいこう」

クレアが目を覚ますと、わくわくした顔のルーシェがのぞきこんでいた。まだ窓の外は薄明るく、夜が空け始めたころだろうか。

「……ルーシェ、早起きね……」

「うん! うみにいきたい!」

 領主館の庭園から、浜辺に出られるらしい。昨夜は結局海へ行けず残念がっていたルーシェに、領主が教えてくれた。

 クレアはうーんと伸びをして、目を開いた。

「わかったわ。準備をするから少し待っていてね」


 玄関ホールで調度品を整えていた侍女に、海に行ってくると告げる。

「アルフレッド殿下とウィンフィールド公爵たちにもわたくしたちが海へ行ったと伝えてくださる?」

「かしこまりました」

 侍女は一礼してどこかへ行った。



 夜明け前の海はとても幻想的で、引いては寄せる波に目を奪われた。

 ルーシェはきゃっきゃと波打ち際で遊んでいる。猫の性質のせいなのか、あまり濡れたくはないらしい。

 やがて水平線が赤く染まり、今日の太陽が顔を出した。

「……美しいね」

「アルフレッド様」

 ふと隣を見るとアルフレッドがいた。

 窓の外を眺めていて庭園を行く二人の姿を見つけたらしい。

「私にも声かけてくれればよかったのに」

「ちょっとした散歩のつもりでおりましたから。……侍女に伝言を頼んだのですが、お聞きになってはいらっしゃらない?」

「うん? いいや、知らないけど」

「では行き違いになったのでしょう。……来てくださってよかったです。こんなに美しい景色を一緒に見られるのですもの」

「そうだね」



 朝食の席で、本日の予定を確認する。

「今日は、図書館に行くのです。

 まずは潮流の関係で午前中しかいけない廃墟の島に行きます。それから、このオーレリー地方の最新の海洋図書館を見学します」

 クレアの言葉に、皆が頷いた。



 廃墟の島は、廃墟の上に手つかずの自然が生い茂っていた。

 花が咲き蝶が飛ぶ。

 わーい、とルーシェがかけていった。タクトがその後を追う。


 クレアは複写してきた地図を広げて、井戸の奥に海中都市の遺跡が見えたという場所にたどり着いた。

「ここよ。探検家の手記に書いてあったわ」

 井戸の外壁に手をかけて、底をのぞき込む。その外壁が崩れた。

「え」

「クレア!」

 とっさに引き上げようと腕をつかんだアルフレッドごと、クレアは底の見えない井戸に落ちていった。

 思いついて下に向かって風魔法を放ち、反動で落下速度を落とす。

 そして二人はふんわりと草の生い茂る井戸の底に着地した。

 井戸の底から、建物の跡が続いていた。巨大な地下都市があったようだった。


「殿下ーーーっ」

「無事だ!」

 アルフレッドがピートたち護衛の声に答える。

 クレアは携帯していた紙に、『地下都市をみつけました。一時間以内に戻らなければ救助をお願いします。』と書いて、風魔法をかけ、鳥のように羽ばたかせて地上へ届けた。


「では、行きましょうか」

 二人は顔をあわせた。少しわくわくしている。そして、地下都市の探索にとりかかった。


 この島は中央に大きな山があり、ひとが居住可能な場所は少ない。その点もあってこういった地下都市が発展したのだろうか。そう話しながら、地下都市の大通りを歩いていった。

 ところどころに光が射しているのは、地上から採光する仕組みだろうか。もしかしたらクレアたちが落ちた井戸のようになっているのかもしれない。

 町の中心らしき広場は、ほんのりと全体的に明るい光が射し込んでいた。どうやら池の底がすべてガラス張りになっていて、水とガラスを通した光が射し込むらしい。

「この技術は素晴らしいな」

 アルフレッドが感嘆しながら天井を見上げた。


「こちらへ」

 呼ばれているような気がする。

 広場からひとつ小路を入ったところにある、大きな建物。これが、クレアを呼んでいた。


「……古代図書館だわ」


 扉を押すと、簡単に開いた。中には崩れた書物の残骸と、空になった書棚があった。

ひっそりと静まりかえった空間。どこかで水のしたたり落ちる音がする。かつて書物であった固まりは、クレアが触れると崩れて塵のようになってしまった。

「知識は、こうして失われるのね」

 大好きな図書館の最後の姿に、クレアは衝撃を隠せなかった。


「クレア、こっちは残ってる」

 扉付きの書棚の中に、一枚の石の板が保管されていた。刻んである文字はまだ読みとることができる。

「古代フェニキア文字な気がします。あまり詳しくはないのだけれど。……持ち帰ってもよいでしょうか?」

「いいよ。文化財の一時的な保護だ」

 アルフレッドが言った。


 ぴちょん、と水音が聞こえる。

「図書館は、育っていくものだと思っていたけれど。始終新しい本が生まれ、それを所蔵することで成長していく。古い書籍も篩にかけて残されていく。だけど死んでしまうと、こうなるのね」

 図書館の廃墟を前に、クレアはしみじみとつぶやいた。

 

 書庫の奥に、女神像があった。隣には最初の図書館の聖女らしき像もある。図書館と教会や信仰は縁が深いから、この図書館は古代の神殿も兼ねていたのかもしれない。

 クレアは思わずひざまずき、祈りを捧げた。アルフレッドもならう。


 と、胸元にしまっていた栞型の鍵が反応した。女神の持つ本が青い光を放ち、それが栞の鍵の宝石、白っぽい水色の石に吸い込まれていく。

 と同時に、持ち主であるクレアを青い光が包んだ。

 膨大な知識がクレアの中に流れ込んでくる。

---水の知識を、そなたへ授ける。

「…………っ!」

 クレアは思わずアルフレッドの腕をつかみ、その衝撃に耐えた。

 光が消えた後はなにごともなかったように古代の図書館は静まりかえっていた。


「クレア、大丈夫? 顔色が悪い」

 アルフレッドに、平気です、というように首を振って、クレアは帰りはじめた。

「そろそろ時間が経ってしまいます。戻りましょう」

 扉を閉めて、手を合わせた。


 井戸に戻ると、井戸の壁の簡易な補強を終えた護衛のピートたちが縄ばしごをつたって様子を見に来ていた。




 一方そのころ、タクトとルーシェは、二人で地上の廃墟を探検していた。

 なんとか地上へ這いあがったクレアたちが木陰で休憩していると、探索から帰ってきたルーシェとタクトが合流した。

「クレア、おみやげ」

 ルーシェが鐘のような形の花をくれた。振ると鈴のような音がする。

「あら、それはもしかして……」

 クレアが石板を取り出して確認する。

 石板にいくつか描かれた絵の内の一つがその花だった。

「へえ、クレアは何をみつけたの」

 タクトがのぞき込む。

「古代フェニキア人の伝承か。……エル、フィレム、エルデ? この花の名はエルデというらしい。何かの……予兆? 予言? そういったものを告げるみたいだ」

「タクト、すごい。よめる?」

 ルーシェが首をかしげる。

「これでも研究者のはしくれだからね」

 タクトははにかんで笑った。


 昼は領主館に戻り、上品な海の幸料理をいただく。昨日の市場との落差に少しおかしくなったが、これはこれでよく作り込まれた美しい味だった。

 オード伯爵一家は忙しいらしく、挨拶だけで同席はしなかった。

「おかしいね。こちらはまがりなりにも王太子がいるんだ。用など放り出して対応につきっきりになりそうなものなのに」

 タクトが首を傾げる。

「特に歓待はいらないと言っているからかもしれないけどね。調べてみよう」

 アルフレッドも少し不審に思っているらしく、護衛の一人に何か言いつけていた。


 昼食の後は、馬車に揺られて今話題の海中図書館へ行った。

 海岸沿いの崖に建っており、階段を下っていくと海中まで続いている。

 地下階には海中公園が広がっていた。大きな硝子ごしに魚の姿や海の様子がありありと見えて、まるで海中にいるようだった。

「あの廃墟の地下街の技術が使われているのかしら」

「どこかに伝わっていたのかもしれないね」

 クレアとアルフレッドは顔を見合わせる。そして二人も貝の形の椅子に座り、海中を眺めながら読書するという珍しい体験を楽しんだ。

 郷土資料もしっかりと収集されているのこ、最初の聖女に関する情報もいくつかあって、クレアとアルフレッドは書き写したりした。

 その後、のんびりと海の中を眺める。

「とても、居心地のよい図書館ね。まるで居間でくつろいでいるみたい」

「そうだね。こんな私室がほしいな」

 二人は肩を寄せ、真珠のランプの明かりで読む読書を続けた。


 滅びた図書館と新しい図書館を見学して、クレアは満足したように夕食の席で告げた。

「わたくしの目的は達したように思います」

 特に、地下都市の図書館の女神像から流れ込んできた知識と栞の宝石を押さえて思う。

(あれに、呼ばれていたのだと思います)

 知識の方は参照し出すと膨大すぎてぼんやりと宙を見たまま動きを止めてしまうようなので、今は確認するのをがまんしていた。


「そうだね。あの地下都市はできれば研究対象にしたいなあ」

「あ、そうだ。後で私の部屋へ来てくれないか」

 タクトが言った。

「来る途中に見つけた魔導具の起動に成功した」


 タクトの部屋に、クレアとルーシェ、アルフレッドが集まった。

「ここが、風の魔法を示していて、ここが炎の---熱の魔法なんだ。だから、ここに熱の魔法をかけると、ほら」

 小さな箱の中にある赤い魔石に、魔力を込める。すると魔石は光りだし、熱くなり、上についた袋の部分がふわりと膨らんだ。

「わあ。風船ね」

 紙を折って膨らます紙風船のようだ。

 しかし真骨頂はここからだった。

「まだだ……見てて。ルーシェは爪をしまって」

 猫の本能か風船部分に爪を立てようと構えていたルーシェはタクトにすかさず見つかって首をすくめた。

「あ。浮かんだ」

「そう、浮くんだ」

 箱付きの風船がふわりと浮かび上がる。

「そこに、この魔法回路を起動させる」

 風船の側面に描かれた風の魔法陣の回路を起動する。

そうすると風船はゆっくり動き出して、机の上から寝台まで移動した。

「で、熱の魔法を解く」

 魔石が赤い光を失う。

 熱源を失って、風船はゆっくりと寝台に着地した。

「どうだろう。これで正解だと思うんだけど」

「すごい! すごいわ、タクト様」

「タクト兄上! これ、大きくしたらものも運べますか」

「おそらく、人も運べるのではないかと思っている。これから少し研究してみます」

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