第19話 屋台街

 そこは賑やかな食べ物屋さんが立ち並んでいた。

 朝の鮮魚売り場で仕入れた魚貝を、ディナーとして提供するほかの余剰分を食べやすい形で売っている店が多い。帆立の牛酪焼きや小ぶりなイカの姿煮、小魚の塩焼きなんかもあった。

「子どもに食べさせたいのですが、味が薄めのものはありますか?」

 クレアは店主に声をかけた。店主はいらっしゃい、と笑って言った。

「ああじゃあ今から焼いてやるよ。味が濃いのは苦手かい?」

「ええ、素材の美味しさを分かる子ですから」

 隣でえっへんと胸を張るルーシェが可愛くて笑いをこらえながら、クレアは用意してきた小銭を出して払った。

「……買い物、できたんだね」

 ぴかぴかな金貨を出そうとしていたアルフレッドはそっとそれを懐へ戻した。

「もちろん、両替ずみです。父の屋敷から出ることはありませんでしたが出入りの商人との会計ごとは、執事の隠れ蓑で任されておりましたから、相場はよく知っておりますもの。こちらは王都の魚屋より品質が良いのにとても安くて驚いています」

 クレアたちの会話が聞こえた店主が驚いたように口を挟んだ。

「なんだ嬢ちゃんたち王都からきなすったのかい。そりゃあここは産地だからな、新鮮なものが安く手に入るんだよ。この小魚なんかもな、王都には運べねえ規格外だから、格安でこうやって売れるって商売よ。お嬢ちゃん、あんたもどうだい?」


「ふふ。じゃあわたく……わたしは、そちらの味付きのものをくださいな」

「まいどあり! じゃあこれとこれもオマケな! またきておくれ」

 店主は小魚二匹分の値段でアルフレッドとタクトの分もおまけしてくれた。

 一行は広場のベンチへ座った。

 露天の店主に手渡された小魚の串焼きを手にアルフレッドが固まっていた。それを見て、クレアは微笑む。

「アルフレッド様。こうやるのです」

 そうして大きく口を開くと焼きたての小魚の背にかぶりついた。かりっとよく焼けた皮の下に旨味たっぷりの身がつまっている。

「うーん、美味しい!」

「おいしい!」

 ルーシェも真似してかじりついた。

 アルフレッドは覚悟を決めたように生唾を 飲み込むと、小魚にかぶりついた。

 目を見開き、夢中で食べる。

「美味い!」

 クレアは嬉しくて笑顔になった。

「こうやって出来立てを食べるのは幸せでしょう。お行儀とは別の世界があると、かつて母に教えられましたの」

 夢中で食べ終えたアルフレッドは頷いた。


 小魚の骨と串は懐紙につつみ、広場の中央の鐘の横にあるゴミ処理箱に持っていった。横に立つ役人の確認を受け、ゴミ処理箱の魔術具に放り込む。魔術具が作動して処理していくのがわかった。

「すごいな」

「これは、国が設置している試験的な魔術具の処理箱でしょう。昨年完成披露があったとか。今、国内で何箇所かで試験中と、先月の魔術具通信に書いてあったのをこの間読んだのです。これを、直接見るのも楽しみにしていたのですよ。こうやって運用されているのですね」

 クレアは感心して魔術具の処理箱を観察した。クレアの情報収集力にアルフレッドとタクトは驚いた。

 その後は、帆立や蟹や、それからジュースを楽しんだ。



 お腹がいっぱいになったので、隣の小路の小物屋街を散策する。

 紐で編んだ貝の飾りから魚の形に彫った小物までさまざまな小物があって楽しかった。以前から、お礼に何かプレゼントしたいと思っていたのだ。

 クレアは自分の稼いだお小遣いを使って、ルーシェに貝殻のリボン留めを買い、タクトに同じ貝のペン置きを買ってプレゼントした。

 それを羨ましそうにちらちら見ていたアルフレッドに、何を贈ろうかといろいろ見ていたら高級な商店のあたりに迷い込んだ。ガラス越しに見る珊瑚の耳飾りに目を奪われた。淡いピンク色の珊瑚石はとても可愛らしかったがそれは買わずに、その店で海の石のイヤーカフを買った。アルフレッドのアイスブルーの瞳によく似合うと思ったのだ。

 クレアがそれを、アルフレッドへ、と差し出したときに、アルフレッドは目を丸くして、それから満面の笑みを浮かべて大変喜んでくれた。その場でつけて見せた。

「これは一生外さないよ」

「そんな。……また、こうして出かける時にでも着けていただけると大変嬉しいです」

クレアははにかんで笑った。

 皆大変喜んでくれて、クレアは満足した。

贈り物というのは相手のことを考えながら選べるのでとても楽しいのだということを実感した。


 その夜は、領主のオード伯爵の館に宿泊させてもらった。

 オード伯爵の息子夫妻は今王都に住んでいるようで、オーレリーには末の娘がいるそうだったがこの日は会えず、領主夫妻と挨拶をするだけだった。

 もしかしたら何かあったのかもしれない。オード伯爵がクレアとルーシェを見てすがるような眼差しをしていた。しかしながら短いら旅行だ、あまり口を出すのも良くないだろうと思い、クレアは視線には気づかないふりをした。

 

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