第15話 学園の修了認定試験

 アルフレッドが、馬車で迎えに来た。学園に行くらしい。

 魔術学園、通称「学園」は、王宮から出たところにある貴族街の中央にある。隣には教会があり、周辺には貴族御用達の店舗が建ち並ぶ。中央に学園の図書館を備え、王宮にある王立研究所とも連携する学園は、ウォルテス国で一番の学問府だった。園内は広く、魔術演舞場や実験場、騎士コースの修練場なども兼ね備えるため、棟の間は馬車で移動することもあった。

 クレアは道中で説明を聞いた。

「修了認定試験?」

「そう。……きみは学園に通えなかったけど、学園で学ぶ相当の学問はおそらくそれまでに終えているんだ。それを、証明してもらう」

「わたくしに可能でしょうか」

「君なら大丈夫。入学前に、すべての学問を納めていたと証言できるよ。……私は、君が学園で学ぶことがないから留学でもしているのかと思っていたんだ。まさか苦境の中にいたなんて。もっと気にしておかなくてはいけなかったのに」

「よいのです、わたくしはどこでも生きていけるスキルを身につけました。苦しいこともありましし学園には行けませんでしたがあの日々は無駄ではありませんでした」

「うん。君の経験は無駄じゃない。君が耐えてきた大切な日々だ」

「ありがとうございます」

クレアは微笑んだ。

「とりあえず教授たちの約束を取り付けたので、今日は顔合わせだと思って会ってほしい。もしかしたら試験をするかもしれないけれど、何度でも受験可能だから安心して。そういうふうに話はつけたよ」

「承知いたしました」


学園の門をくぐる。昔の日々を思い出した。よくタクトについてこの門を通っていた。あのころは、母が亡くなってここに通わないとは思いもしなかった。

「今は長期休暇期間だから生徒の数も少ないはずだよ」

「それはよかった。……義妹のマリアが、まだ通っているはずですから」

 クレアは息を吐いた。学園の制服や鞄を、嬉しそうにクレアに見せつけられた日々を覚えている。

「義妹はわたくしのものを奪うのが楽しくてならない様子でした。あの夜も。わたくしの元婚約者が、あの子の方が良いと言ったと、それは嬉しそうに言っていました」

「元婚約者、ね」

 ちょっとすねた顔をして、アルバートは聞いた。

「ねえ、クレアはそいつのこと好きだったの」

「好き? ……特に感情はありませんでした。彼が来るとまともな扱いを装われたので、苦痛が少なかったことは喜ばしいことでした。食事もとらせてもらえましたし」

 こうやっってクレアから聞くと、改めてクレアが置かれていた環境に対する苛立ちがわき上がり、アルフレッドは息を吐いた。

「……じゃあ、がっかりした? 婚約破棄になって」

「彼の付属物となってまともな生活が送れるかもしれない、という未来が潰えたことにはがっかりしましたね。心が折れたといいますでしょうか。せめて彼の付属物として子孫をつなげていれば、クレール侯爵家の血を絶やさずにすんだのですが。父は入り婿です。義妹も、仮におそらく父の実子だとしても侯爵家の血は継いでいません」

 アルフレッドはクレアをみつめた。

「君が、継げばいい。クレア」

 クレアは首を振る。

「わたくしは、あの家に戻るつもりはありません」

「戻らなくていい。あいつらが失脚したら、君が唯一の後継者で女侯爵になれる」

「……あの人たちは小ずるいのです。そう簡単に失脚してはくれないと思います。それに、もう良いのです」

 ため息をついた。

「母の残したものは全て失われました。クレール侯爵家は、実質的には滅びたのです」

 馬車が馬車停に着く。降りたらそこはすぐ教授棟だった。

 

 その部屋には、学園の教授たちが揃っていた。アルフレッドが学園長と挨拶を交わす。

「これは、アルフレッド王子。ようこそいらっしゃいました」

「学園長、こちらが話していたクレア嬢だ。学園の修了資格がほしい」

「事情は承知しました。ですが、数年間学ぶものを誰彼と短縮で突破できると思われては困ります。テストを受けていただきます。厳しい内容になりますが、覚悟はおありですか」

「はい。よろしくお願いいたします」

「よろしい。ではまずは現在の状況の確認テストをさせていただきます。担当の教授を呼びましょう。王子、お忙しいようでしたら外していただいてもかまいませんよ」

「いや。同席する」

 各教科の教授が前へ出た。

 紙に書かれた設問が、クレアの前に置かれた。す、と集中した。

(これは、先週殿下から借りた本にまとめられていた内容。こちらも、知っている)

 クレアのペンは止まることなく解答を書ききった。

 採点した教授がうなる。

「ほう、見事なものだな」「こちらも、満点だ」「こちらはここが間違えている。が、他の設問で十分及第点だ」

 筆記試験は問題なく解けた。

「では、次は実技試験だ」

 実技担当の教授とともに演習場へと移動する。他の教授たちもがやがやとついてきた。

「魔法は使えるかね? 水魔法は? よし、ならば水球を作り、あの銅像の持つ籠まで届けてごらん」

 そんなことでよいのだろうか。クレアは集中して、水球を浮かべた。洗い物の水を運ぶ要領だ。クレール邸ではこれをあと三つ同時に操っていた。

目的の場所へ落とす。ばしゃん! 石像は汚れが落ちてぴかぴかになり、籠の中にはきれいな水が溜まった。

「なんという魔法の練度だ」

「あの美しい球体を見たか。遠心力の影響も見られなかった」

「ご……合格!」

 実技担当の教官が告げる。学園長は笑った。

「どうやらこれ以上の試験は必要なさそうだ。君が少し間違えていた魔術生物学と魔導錬金術のなかで学びたいものがあれば追加で学ぶといい。ようこそ、学園へ。そして修了おめでとう」

 こうしてクレアは当日の内に、学園の卒業相当の資格を手に入れた。


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