第13話 わたくしの蔵書



 書庫で三人でお茶を飲みながらくつろいでいた日のこと。

「そういえば、君の蔵書はどうしたの? まだクレール侯爵のところにあるのかい?」


 タクトが何気なく聞いた言葉に、クレアはふと表情を凍らせた。


「……わたくしの蔵書」


 クレアは思いだして、うつむく。ぎゅっと手を握り締めて、あきらめたようなほほえみをうかべた。


「……燃えました。すべて。母の残してくれた、わたくしの本は」



 母が病の床につき、父の植物図鑑を見つけてしまった頃。

 裏庭に、クレアの母の書斎の本が運び出された。クレアは侍女に押さえつけられていた。

「何をするの、ねえお父様やめて」

 嫌な予感に、クレアは指示している父に向かって必死に叫んだ。

 父に声は届かず、父は本の山に油を撒き、火を落とした。

 紙でできた書物は勢いよく燃え上がった。初めて読んだ思い出の本も、知識欲をかき立てた大切な宝物も、すべて燃えた。


父は、炎を見ながら嗤っていた。

「いやあああああああっ」

 無我夢中で、侍女の手を振り解いた。端の方にあった一冊の本をつかむ。クレアの手が、嫌な匂いをたてて焦げた。

「傷をつけさせるな。治療しろ。高く売れなくなる。……こんなでもこの家の跡継ぎの妻になる女だ」

  一冊の本を抱き抱えて叫ぶクレアを、侍女が取り押さえて強制的に手のひらを開く。

 冷たい水がかかられた。

 傷跡に滲みて、クレアはまた絶叫した。


 右手の手の火傷の跡をクレアはみつめた。一冊だけ、端の方で燃え残っていた母の魔法書を救った時についた跡だった。

(お母様の手書きの魔法書……あれ以全部燃えてしまった)


 話す間に、アルフレッドやタクトが表情を変えていた。


「本を燃やすとは。何という酷いことを」

 クレアは手の傷跡をみつめ、そして顔を上げてほほえんだ。

「だから、わたくしは図書館が好きなのです。あのとき燃えた『ウォルタニア帝国全史』も王宮図書館に行けば読めますもの。個人の本はいつ奪われてしまうかわかりません、ですから図書館があるということは本当に心強いのです」


 アルフレッドが不意に、クレアをだきしめた。


「これからは!」

「はい?」

「これからは、クレアの部屋にも書棚を作っていこう。図書館にある本だって、手元に置いておくために購入しよう。君の本棚は私が守る。ううん、本棚ごと、君を護る。約束するよ」


「わたくしの本棚……」


 その言葉に、ふわりとクレアは思い描いた。それはしっかりと鍵のかかる、こぢんまりとした本棚。大切な本が入っていて、書斎の机の横にある。時折開いて読み、大切な本はそこにおいておける。想像して、クレアは花がほころぶように笑った。

「ありがとう存じます、アルフレッド様」

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