第11話 ウィンフィールド公爵邸

 タクトは、この離宮の維持にほとんどの使用人を置いていってくれたようだった。

 ふとした拍子にそれを知って、クレアは心配になった。

「タクト様の新しいお屋敷は、大丈夫なのかしら。私のためにこんなにたくさん残してくださって、申し訳ないわ」

「そうですね、次の休みに様子を見に行ってきますね」

 マーサが髪をとかしながら言った。クレアはうなずく。ふと思いついてつぶやいた。

「わたくしも、行ってみたいわ」

 そろそろ外へも行ってみたい。

「にゃうん」

 ルウが「わたしも!」というように鳴いた。ルウは妙にタクトになついているのだ。

 ルウは迷子にならないように籐の鳥籠の中にいれて連れて行くことになった。


 離宮の入り口から、馬車に乗る。しばらく揺られて王宮の門を出ると、思ったよりも早く馬車は止まった。さすがは公爵邸。王宮にほど近い場所に構えられているらしい。

 ウィンフィールド公爵邸は、取りつぶしになった貴族の家を買い取ったものだそうだ。趣味の悪い家具は処分したのでがらんとしているよ、とタクトが苦笑していた。

 実際に馬車から見えたお屋敷は、それどころではなかった。

 うっそうと木が生い茂り、門扉にまで蔦が絡みつく。外から見た感じも荒れきっており、屋敷の奥にちらちらと灯りが見える様子はまるで幽霊屋敷のようだった。

 蔦を引きちぎりながら門扉を開け、ノックを鳴らす。玄関扉を開けたのはタクト自身だった。聞けば通いの下働きメイドが一人、侍従が一人のみでこの屋敷を維持しているらしい。タクトが居住する部屋いくつか以外は埃まみれで使える状況ではなく、庭木も荒れ放題のため、侍従が草むしりをしているそうだ。

「研究ができればそれでいいんだ。どうせ寝に帰るだけだし」

「よくありません!」

 マーサはぷんすかと怒った。

「公爵邸を、なんだと思っていらっしゃるのですか! このままにはしておけませんからね、覚悟をお決めなさいませ! タクト坊ちゃま!」



 王宮の離宮に帰ってきてからも、マーサの怒りは続いていた。

「いくらなんでも公爵様の邸があの有り様では問題です! クレアさま、こちらの離宮から数名まわしてもよろしいでしょうか」

「ええ、もちろんよ。タクト様が不自由なさらないように支えて差し上げて。研究に夢中になると身の回りのことをおろそかにされるお方だから」

(他人のことは、言えないのだけれど。)

 クレアもアルフレッドも、興味があることに夢中になると寝食が疎かになるのは共通していた。幼いころにも、三人で夢中で討論しているとよくマーサにこの調子で怒られていたものだ。

「ほんとうに! あの調子では食事すらまともにとっていないかもしれませんわ!」

「いいのよ、マーサも行って差し上げて」

「私はお嬢さまのお世話をいたします! お嬢さまを甘やかすのがこのばあやの生き甲斐なのですよ」

「まあ、ありがとう」

 ふと、思いつく。


「ああ……わたくしも、そちらで働かせていただければよいのかしら」


 いつまでも、この王宮におせわになるわけにもいかない気がするし。庭木は切りたいし、埃だらけの部屋は掃除したい。クレアのしてきたことでも活用できることがありそうだ。

それにウィンフィールド公爵邸から王宮はすぐだ。図書館にも行きやすい。良い条件のような気がしてきた。


「そうね、そうしましょう」



***



「クレア、会いたかった。ただいま」

 その日、アルフレッドが視察から戻ってきた。三週間ぶりだろうか。離宮が息を吹き返したように鮮やかになったように感じられて、クレアは目を瞬いた。土産は、数種類の葡萄ケーキだつた。

「お帰りなさいませ。視察はいかがでしたか」

「うん、とても得るものが多い旅だった。トレント遺跡にも行ってきたよ。残念ながら雨の日で、遺構の魔導具まではみつけられなかったのだけど」

「雨ですか! 素敵ですね! 雨水はどのように流れていましたか?」

「ああ、この図なんだけどね、……、……」

 アルフレッドが書記官に書かせた遺構の図を土産に、二人の話ははずんだ。

「ああ、わたくしも行きたくなりました。そうね、お仕事をしたらお金を貯めて行ってみるのもいいですね。わたくしはもう自由なのですもの」

「お仕事?」

 アルフレッドが首を傾げる。クレアは今日思いついたことをまだ報告していないことを思い出した。

「そう、今日タクト様のお屋敷に行ってきたのです」

「ほう、兄上の」

「それで、あまりにも人手が足りていないようでしたから、わたくしもあちらで働かせていただけないかと思いました」

「え、待って。ここから出て行ってしまうのか?」

 アルフレッドが慌てたように口を挟む。クレアは頷いた。

「……実は、先日王妃様にお招きいただきました」

「母上の!? 母上がなにか言ったのか?」

「いいえ。ですが、あらためてわたくしはいまここにいさせていただいている状況に、いつまでも甘えていてはいけないと思いましたの」

 クレアはぐっとこぶしをにぎった。目をきらきらと輝かせてアルフレッドを見る。

「タクト様のお家で働かせていただいて、次の生き方を決めたいと思ったのです」

 クレアの様子に諦めたのか、アルフレッドは肩を落として息を吐いた。

「……わかったよ。いつ、行く予定?」

「五日後です。なるべく急ぎたかったのですが、こちらの片づけも必要ですし」

「五日後! 早すぎるよ!」

 アルフレッドはまた驚きの声を上げた。だが目をつり上がらせて準備をしているマーサの様子に何も言えなくなったようだった。

「……わかった、じゃあ、四日後の午後を私にくれないか。一緒に行きたいところがあるんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る