夕立

 ぽた。ぽたぽた。さーーっ。


 放課後、夕方。突然雨が降ってきた。私は読んでいた本に栞を挟めて、窓を見る。


 細い銀色の針が、ねずみ色のアスファルトを黒く染めていく。


 窓にかかる半透明のカーテンをシャーっと開けて、冷たい窓のストッパーを外して、窓をからから開ける。


 透明なのに不透明で、どこか切ない、夕立の匂いがする。


「すぅーー」


 夕立の曖昧な空気を胸いっぱいに吸う。私の胸には、切なさだけが残った。


 夕立の匂いは、恋の匂いだ。


 記憶がしっとりと、私の頭に浮かぶ。


 貴女は今、どこにいますか?


 傘、今日は持っていますか?


 貴女は今日みたいな夕立の日に、私と相合傘したことを覚えていますか?


 傘が少し小さくて、濡れた私の肩をそっと抱いたこと、覚えていますか?


 重ねた唇を傘で隠して、「二人だけの秘密」にしたこと、忘れていませんか?


「貴女は今、どこにいますか?」


 雨音が、夕立の匂いが、半透明な貴女の面影が、消えていく。


 あの日はもう、届かないほど遠く――


「……あ」


 私は目を細める。

 夕陽が、私一人ぼっちの教室に差し込んだ。


 夕立というのは、去るのが早いのだ。


「本、返しにいこうかな」


 私はからからと、窓を閉めた。

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