#35

今更宴会場に行く気力も無いので、当初の予定通り風呂に行く。


ずっとモヤモヤしてるけどね。




脱衣所に着くと、やはり人気旅館らしく人が沢山居た。


何とか脱衣カゴを見つけて、タオル一枚で風呂に向かう。


おぉ! さすが! なんて巨大な露天風呂なんだ!


石鹸も備え付けられており、なんとシャンプーまである!


体を洗い露天風呂に入ると、嫌な事も全て忘れるね~。


ふぃ~~~。気持ち良い。




ふと横を見ると、何故か行列が出来ている。


どうもそこは打たせ湯のようなんだが、行列が出来る意味が判らない。


近くに看板があったので行って読んでみる。


『髪神温泉名物 髪の湯』


なるほど、どうりで薄い人が滝行のように頭で湯を受けているハズだわ。


誰もが一心不乱に祈っている。この風景はなかなか怖い……。


俺はそっと目を逸らし、露天風呂に入りなおした。




風呂を上がり牛乳を飲んでいると、カンダさんも出てきた。


そういえば髪の湯の列に並んでたような気が……。見なかった事にしよう。


いや、風呂は良かったよ? 帰るまでに後2回は入ろうと思ってる。




部屋に帰ると、何故かまた主人がいた……。




「・・・何の用ですか?」


「はい。風呂上りで後は寝るだけ、となれば枕投げですよね?お手伝いに来ました」


「・・・いや、しませんけど?」


「え~~? しないの?」


「しませんよ!! 旅館側としては禁止するんじゃないの?!」


「じゃあ寝る前に百物語ですね。ロウソクをちゃんと100本用意しましたよ」


「3人で百物語って!! 1人33話も話さなきゃならないじゃないか?!」


「じゃあ3本で」


「それでいいのかよ!! いやしないけどさ!!」


「まずは福田様からですね。じゃあ明かり消しま~す」


「話を聞けよ!!!」




カンダさんは我関せずと言わないばかりに、既に布団に入っている。


おいおい、逃がさないぜ。今夜は寝かさないよ?


男に言うセリフじゃないな…。


とにかく、このワクワクしながら俺の話を待っている主人を帰さないと!!




「・・・じゃあ1話するので、聞いたら帰ってくださいよ?」


「判っていますよ~」


「本当かなぁ……。え~と、あれは俺が子供の頃でした。寝ようと2階に上がった時の事です」


「なんで2階に?」


「2階に寝室があったので」


「なるほどなるほど」


「川の字で寝てたのですが、夜中にふと目が覚めたのです」


「なんで?」


「なんで?! 何か感じたからじゃないですかね?!」


「なるほどなるほど」


「起きたついでにトイレに行こうと扉の方に向かった時に、それは起きました!」


「漏らしたんですね?」


「なんでだよ?! 漏らさない為にトイレに行くの!」


「誰が?」


「俺が!!」


「へ~」


「聞けよ!! ふと壁を見ると白い何かが浮いていたのです!」


「豆腐、ですかね?」


「豆腐が浮くか!! 豆腐だったら食べるわ!!」


「なんで?」


「なんで?! 豆腐はおいしいからだよ!!」


「醤油はいらないんですか?」


「いるよ! ネギもいるよ!! って豆腐は関係無い!! 幽霊だったの!!」


「お父さんの?」


「親父は生きてるよ!! 死んでない!! 横で寝てるの!!」


「横で寝てる?! クマが?!」


「いつクマが出てきた?! クマは出てこない!! 一生出てこない!!」


「クマ出てこないのか~。じゃあもうこの話はいいや。おやすみなさい」


「聞く気なくなっちゃったよ?! で本当に帰っていったよ?! なんなの?!」




俺は腹いせにカンダさんに枕をぶつけてやった。




グッタリした俺はもう一度温泉に入る事にした。


あのまま寝れるほど、俺の神経は太くない。


風呂に着くと、扉に張り紙がしてあった。


それによると、今は掃除中で、この廊下を進んだ先に別の露天風呂があるのでそちらへどうぞ、との事。


まだ入ってない風呂があるというのなら行きましょう!


こういう所に来ると、全ての風呂を制覇しなきゃね!!




廊下を進むと外への扉があり、下駄が用意してあった。


どこまでも和風だねぇ。悪くないよ。


下駄に履き替え外に出ると、10m先に脱衣所の扉があった。


そこには下駄が一つあり、先客がいるようだ。


横の看板には『美肌の湯 混浴』とある。


あらあら、これはこれは。


もしかして俺の運が作用して、誰か女性が入っているのか?


さっき散々不幸な目にあったからね。幸運が来ても不思議じゃないよね!


本命はコタニさんだろう。対抗はキジマさん。大穴で奥さんかな?


運の力でラッキースケベを引き起こす。男の夢だね!!


わざとじゃないもんな。しょうがないよ。




ニヤケた表情を理性で押さえ込みつつ、急いで服を脱ぐ。


風呂場の扉を開けると、




「いやん!」




主人! お前かよ!!


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