第13話

 たぶん僕は戻れない。

 僕は僕自身が死んでいることに気づいた。死んだ後、この白亜の塔がある世界へと来た。途中、いろいろなことを経験したが、女王の言うように、僕は選ばれた者だ。

 なぜ選ばれたんだろ?

 仮に引き留める鎖から放たれたとしても、もう美月さんや拓也のところへ帰ることはない。そしてここに残ることもできない。白亜の塔の住人と同じく、すべて忘れてどこか遠くの世界へ還るのだ。それが新しい人生か、獣なのか虫なのかわからないが、いずれにしてもすべて忘れてしまい、それぞれの新しい道を歩むことになるのだろう。そう考えれば、とんでもなく非合理だな。

 僕はハンドアックスに縛り付けた布をほどいて、大きく息を吸い込んだ。そして長い溜息をついた。呼吸することを忘れていたようだ。

 ゆっくりと白亜の塔のバルコニーを歩いた。バルコニー自体が整備された庭園を抱えていて、手すり越しには青空の下、雲が流れ、霞の向こうに壮大な世界が広がる。

 すべてを壊してよいのか?

 僕は迷っていた。

 天上の世界で暮らしているあらゆる死者にも、この世界で暮らしているあらゆる生者にも世界を奪われるいわれはないのは間違いない。たしかに悲しみや憎しみ、負の制度も存在しているが、だから世界ごとすべてが失われていいのか?

 混沌が訪れるかも。

 僕は湧き水から流れてくる桶の水を片手ですくい、そのまま顔に撫でつけて、冷たさを感じた。

 そうだ。

 美月さんの魂だけを取り戻せばいいのではないか。僕はそれだけを願い、誰かに呼ばれ、トンネルを抜けてきたんだぞ。他のことなんてどうでもいいんだろうが。そんなものは寄り道に過ぎない。仮に美月さん一人のことなら、女王は僕の申し出に応じる可能性がある。

 そういうことか。なぜ琥珀のカケラをくれたのか理解できた。美月さんの命をくれてやるが、この世界からは出ていけということだ。

 それなら、

「呪術で帰してくれれば」

 と、呟いた。

 いやいや。

 それでいいのか。

 ここで繰り返させるのは、まがいものの暮らしだ。人々の肉体から離れた魂は、女王や誰かに引き留められるわけでもなく、自由に還らなければならない。まだ元の世界へ戻れる姿があるのなら、戻らなければならない。少なくとも今の美月さんには戻るところがあるはずだ。

 帰らせる呪術がないんだな。

 異世界同士、行き来できる術がないんだ。隣接してはいるが、そこには大きな川か山か壁がある。

 僕は白い石の手すりに額を押し付けた。どうすればいい。人々は還ることが必要なのか。美月さんは親のいない世界へ戻りたいのか。戻ったところで、施設で育てられたという世界で生きていたいのか。事故で死にかけているのなら、ひょっとしてひどくつらい思いをするかも。わからない。他の人々も同じだ。

 しばらくして誰かが近づいてくるのを察した。長靴の紐がだらしなく垂れ、シャツとズボンは疲れをまぎらわせるようにラフな姿だ。

「シン、気分はどう?」

「どうしてここに?」

「どこにいてもわかる」

「たしかにね。まあ、気分は良くも悪くもないかな。疲れたよ」

「わたしが死んで……」

 レイは不意に話し出した。

「もし魂とやらになるんなら、もう一度わたしに生まれ変わりたくはない。親も知らないし、村で冷たくされ、その村からも厄介払いのように捨てられるなんて嫌だな。そういう可能性もあるんだろ?」

「あると思う」

「不幸から解放されたのに、また不幸になるかもしれないのか?」

「でも誰かにつながれたまんまじゃね」

 とは答えたものの、僕はわからないと話した。さっきからレイの言った問いに悩んでいると。しかし僕が答える前に彼女は続けた。

「そんなことなら、わたしはまがいものでも、ここに暮らしている方がいい。苦しみのない世界で。みんなそうじゃないか?」

 レイは青空に顎を上げた。その表情には、まったく曇りがない。

「たしかにね」

 僕はたくさん浮かんでくる言葉を整理しながら話そうとした。信じていた村の人から生きるか死ぬかわからない世界に捨てられたんだ。

「でもね、大きな流れを止めるべきではないんだよ。生きものは、すべて生まれて、死ぬ。これは代え難いものだと思う。与えられたことやものを恨むのではなく、与えられた中で生きていかなければならないような気がしてるんだ」

 僕はレイに殴られるかもしれないと覚悟した。捨てられた者にはひどい言葉だとわかっていた。お互いに酷な言葉だ。僕自身がも涙が溢れてきそうだった。そんなはずあるわけがない。僕にはテレビで映る家族のドラマ、CMなんて記憶にない。必死で忘れようとしていたのだ。忘れようとして、逃げようとして、追いつかれた末、こんなところに来た。

「わたし自身、難しいことはわからない。でもわたしはおまえと一緒にいられるなら、おまえの言うようなことなんて気にしない。二人で納得すればいい」

 僕は手すりに背を預けて、両腕を左右に伸ばした。白亜の塔の裏から見上げる形になるが、ここから見ていると巨大さが頷ける。生者でも死者でもない者が控えるところが白亜の塔だ。そして裏が魂が暮らしている陸、海、空、世界だ。

「特別に頼んで、美月さんの魂とやらをあちらの世界に戻してもらえばいいんじゃないのか。それでおまえの願いは叶う。互いに戦わずにも済む」

「それだよね。でも女王は何を望んでるんだろうか。僕が彼女の傍で仕えるだけでいいのかな」

「それだけだろう。もしくはおまえも元の世界へ帰ること」

 忘れたわけではない。美月さんへの願いを叶えようとして、他のことを犠牲にしてもいいのかと考えていた。また意識しないで同じことを繰り返している。美月さんならどう言うのだろうか。これから生まれる者たち、まだ生きようとしている者たちを解き放たねばならない。それができるところに来たんだから。そんなことどうでもいい。わたしを助けてと言うかもしれない。決断を美月さんに頼るのは違うぞ。今こそ僕は覚悟しなきゃいけないんだ。

「どうした?ダメなのか?わたしは、ここにいてもいいと思う。みんなは幸せそうに見えるし」

「ただ肝心の女王様がいない。僕が覚悟したところで、彼女は消えちゃったんだ。僕たちの強さに逃げてくれればいいんだけどね。今は女王不在の世界でただ死者の住人が楽しそうに暮らしている。そして僕はそれを眺めている。まず交渉だな」

 レイも世界を見下ろした。犬が駆け回る。親子連れが笑い合う。大道芸がおどける。好きなときに好きなことができるし、嫌なことはすぐ消し去られる。

「レイ、君の額の眼でも幸せそうに見えているんだね」

「うん。寒さも飢えもない、寂しさもない。すべてが満たされた世界に見えるよ。ずっと春みたいだ」

「冬は嫌いだもんな」

「うん」

「ひょっとして魂がここに引き留められたせいで、本当は生まれてこなければならない人が生まれることができないのかもしれない」

「また話を戻すのか。そんなことは黙っていれば、誰にも気づかれないことだろうが」

 レイは穏やかさをなくさないように答えると、

「おまえの持つ琥珀の石ころの力があれば、美月さんとやらは元の世界で蘇られるんだろう?」

「そうなのかな」

「そう話していたじゃないか!」

「どうして怒るんだ?」

「怒ってなんていない。ただシンの気持ちがはっきりしないから」

「話を戻してるんじゃないんだ」

 決断をした。

 僕は清々しい気持ちだ。

「ただすぐにでも出さないといけないんだ。でも美月さんはどこにいるかわからない。この白亜の塔のどこかにはいる。たくさん棺が並ぶ空間にいるんだけど、僕はそれがどこかわからないんだよな。女王が見せてくれたくらいしかヒントもない」

「わたしの魔眼なら見つけられるかもしれない。あのとき、わたしも一緒にいたし、さっきもあの間で戦った。まだ残り香があるかもしれない。探してみよう」

「頼むよ。ありがとう」

「気にするな」


 レイはランプを手にして、白亜の塔の地下まで降りた。僕はハンドアックスに指をかけたまま、彼女の後に続いた。円筒状の壁際を螺旋に続く階段の途中、それぞれの階が見えたが、一つは木々が生い茂っていた。森のようだ。続いて海のような世界が広がる。やがていちばん下まで行くと、棺の列がどこまでも続く世界へと出た。白亜の塔の外と違うことは、彼らが起き上がれないことだった。楽しく暮らしていない。ただただ棺で眠っていた。

 レイはランプを掲げた。錆びたランプの音がキコキコと揺れる。

 一人一人たしかめた。

 ここは天上への世界と行くことができない魂、また元の姿へ帰ることもできない魂たちが、ただ行く末を待っているだけの世界だ。 

 僕は棺の中の一人一人を丁寧に覗き込んだ。待っている人、肉体があるのかもしれない。老いた者、まだ生れて間もない者、それぞれが収められていた。僕は一人の赤ん坊の頬に触れた。若草の匂いがした。

 元の世界で、

「お父さんとお母さんが待っているのかな。戻れるといいね」

 と、呟いた。

 青年が眠る。

「若いね。どうしてここにつながれてるんだい?どの世界から来たんだ?」

 病気なのか、事故なのか、それとも自殺なのかわからない。それでも死にきれていない者が、ここで待機させられていた。まさしく生者の控えの間だ。ふと社会も同じようなものかもしれないなと考えた。

 不意にレイの声がした。遥か彼方でランプが揺れていた。この老婆はは今どんな状況で、ここにいるのだろうか。家族や縁のある者に見守られているのか、または身寄りもおらずに見捨てられたのか。そうこうしている間にも、何人もの姿が棺から消えて、また新しい顔が現れた。

 僕がレイのところまで歩いている間にも、無数の陰火が天井の闇へ吸い込まれていた。

「これではないか」

 レイが指差した。

 美月さんが眠っていた。まだ魂は天へと吸い込まれていない。もっと焦るかと思ったが、不思議と急ぐわけでもなく笑みを浮かべた。僕自身が不思議な気持ちがした。美月さんは帰るべだね。後ろで束ねた長い黒髪はゆらめき、頬は青白い光を湛えていた。僕は美月さんの鎖骨のところに触れた。このためにここに来たんだ。ようやく戻れるね。僕の首から吊るした革袋の中が熱を帯びていた。美月さん、まだ天国へ行くのは早いよ。元の世界で待っている人たちがいるんだよ。琥珀の光が美月さんの体へと流れると、彼女の姿は徐々に薄れ、やがて消えた。

 僕の涙が棺の底に落ちた。

 すぐに違う人が現れた。

「さよならだね」

 僕はレイに微笑んだ。美月さんが息を吹き返したのが見られないのは残念だが、僕の願いは済んだ。あの優しくて、少し意地悪な人は、もう少し人生を続けられる。

「これで納得した?」

「そうだね。美月さんについては納得できたよ」

「じゃ、これからおまえはこの世界で暮らすんだな?」

「どうかな」

「何!?」

 僕は両腰に据えたハンドアックスに指をかけるや、一方でレイの頭蓋骨を砕き、他方で鎖骨から肩を裁ち落とした。そして飛び退き樣、真一文字に首をを刎ね落とした。

「貴様……」

「おまえはレイじゃない」

「いつから」

「リングが鳴かない」

 僕は彼女の胴から離れた。

 あちらこちらで棺が輝き、人の姿が消えて陰火が飛び、また棺に人が現れた。ずっと繰り返される。

 僕は呪術使いに背を向けた。まるで蛍の光でも見るように、ゆっくりと歩いた。

「僕の願いは叶えられた」

「ならば貴様もわたしの願いを叶えてみよ。わたしに仕えるのだ。悪いようにはせん。もしくは去れ」

 もはや女王は正体を隠す気はないようだった。死者しか招かれない庭園にレイが来れるはずがない。それだけではない。

「レイはね、冬が好きだと話してくれた。くっついて寝ると温かいからとね。ああ見えて優しいんだよ。どんなに自分の人生が悪かろが、この世界をあんたの率いる死者に渡したりするもんか。あの子は自分より人のことを心配する子だよ」

 やることは目茶苦茶だけど。

 待て、冷静に考えるんだ、僕。

 少し怪しい気もするぞ。

 たしかに好奇心はあるが、深く考えないところもあるからな。

 世界なんてどうでもいいとでも言いそうな気もするな。今、そんなことを疑問にすることはない。

 なぜ迷うんだ。

 レイ、迷わせるな。

「あんた、僕の頭に迷いの呪文を唱えただろう」

「わたしは何もしとらん。貴様が勝手にブツブツ言っているのだ」

「待って」

 僕は深呼吸した。

 押しきるしかない。

(わたしのこと疑っただろう)

 と、言われかねない。僕は慌てて頭の中の黒板の文字を消した。

 言葉はあふれた。

「それにレイは僕に苦しい選択をさせるようなことはしない」

「貴様はクズだ。わたしと約束したのに、破ろうとするクズだ」

「そうかい?」

「魔眼の奴は今頃、わたしの迷路で迷うているわ。永遠の迷路で泣き叫びながら、幻覚の中で苦しむ」

「それがどうした!」

 僕は襲いかかる女王の頭を払い除けた。ハンドアックスから抜けた頭は胴体につながる。背中に向いて付いたが、強引に前に戻した。

「強気も惨めだな。貴様は救い出すこともできん」

「あんたはレイのことを何もわかってないんだ」

 僕は革袋から琥珀をつまみ出そうとした。するとそれは菓子のように粉々に崩れた。一つ一つの粉が、まるで割られるのを待っていたかのように、それぞれやわらかに輝き、棺の上を何重にも包み込んだ。

「貴様、それは……」

「この光は魂を行くべきところへ導いてくれる。輪廻に還る者、元の姿に帰る者。あんたの私利私欲でつなぎ留められた魂は、この光の中で解き放たれるんだ。この世界を死者の兵で侵略しようとでもしたか?」

「おのれは……」

「呪術使いも『永遠』の魅力に取り憑かれたか?」

「ふん」女王は笑い、「もはやこの世界では、間もなく生者の世界は死者の世界に食われる。ありとあらゆる世界が、わたしにひれ伏すのだ。貴様には止められん。もし貴様がわたしのために働くと言うのなら、ほどほどの地位を与えてやろうと考えていたのに、貴様は間違えた」

「かもしれない。でも僕はレイを守ることに決めたんだ」

「ノロケ話も滑稽よな。貴様にとってのお姫様は、今や囚われの身なんだよ。わたしが死ねば、ずっとわたしの思念の中でネズミのように行き来を繰り返すのだ。どうだ?それでも貴様はわたしを殺せるのか?」

 僕は小さく笑い、

「何度も言わせるな。あんたはレイのことを何も知らないんだ。迷路に閉じ込めるなんてバカバカしい」

 女王は顔を歪めて、両手で頭を押さえた。異変に気づいた様子だった。まず膝をついて、今度は肩から崩れ落ち、目を剥いて、涎を垂らしながら、僕に何やら呟いた。

 呪文だ。

 しかしリングが弾いた。

「奴め。この重たさは何だ。内臓が重い。術をかけた奴がいる」

「それはあんた自身だ」

 僕はハンドアックスの柄をホルスターに差し込んだ。

「貴様、わたしに何をした!」

「何も。僕は穏やかだ。美月さんを救えたんだ。そしてこの世界を死者の浸食からも救おうとしている」

「英雄になる気か?この世界もあの世界も私のものだ。わたしがすべてを支配して、皆の楽園を創る!」

 僕はそこに疑問を感じた。なぜそんなことをしようとしたのか。

「あんたは死者の記憶、思念を魔術使いの源にした。そして隠すわけでもなく、能力のある者に教えてもいた。フィリやカンパにはあんたの弟子として目をかけた。僕にはあなたが私欲だとは思えない」

「そう思うなら、貴様、今わたしにかけた呪術を解くんだ」

 苦しげにする指は、森の枯れた枝のように曲がっていた。

「僕が解くんじゃない」

 今頃、レイは女王の呪術の中の迷い続けているに違いない。イライラしながら、扉と扉、部屋と部屋、廊下と廊下を歩いているのが、手に取るようにわかる。やがてすべて吹き飛ばして、ここに戻るはずだ。

「生者と死者の世界の垣根を取り払うには、まだ早い。いずれそんな日が来るかもしれないけど、それはもっと違う方法で来るよ」

「貴様は答えを……」

「知らないし、知りたくもない。限りなく同じことを繰り返す世界なんてゲームの中だけでいい」

「愚かな!」息苦しさの中「二度と別れることもない世界が」と。

 次を言いかけたとき、王女の前の空間が歪んで、棺の間全体に熱風が吹き荒れた。僕は腕で顔を隠して石の岩の破片を止めた。女王は仰向けになり、胸をかきむしった。

「レイに迷路なんて意味ないよ」

「ムカついた!」

 レイが炎の蛇を身にまとい、王女の体から飛び出してきた。そのまま炎の槍で突き刺しそうな勢いだったが、僕の笑みを見てやめた。頭に来ているのはわかる。彼女は這いつくばる女王を見ながら、僕の隣まで歩いてきて、短い溜息を吐いた。

「やったの?」

「美月さんは救われた」

「そうか」

「レイを待ってた」

「バカにしてるのか?行き止まりばかりの道だったぞ」

「彼女の術だよ」

「初めは道を歩いてたけど、だんだん腹立ってきて、邪魔になる壁や扉なんかは壊した」

 迷路にいちばん向いていない者を迷路に閉じ込めたせいで、女王の呪術世界の方が崩れた。何も考えていない奴ほど怖いものはないな。

「ところでこの黄昏れのような光は何だ?」

 レイは女王に聞いた。王女は四つん這いになると、まだ行息ゼエゼエさせながら、答えの代わりに上目遣いで睨んだ。僕が答えろと?

「琥珀が魂を導いた」

「琥珀?」

「トトを」

 と、言いかけたとき、

「あの石ころか」

 レイは答えた。

 すでにここに誰もいない。琥珀に導かれて、魂は自由を得たんだ。さまよえる魂は、元の世界へ。

「やったな」

「あぁ」僕は続けた。「この女王様は僕たちを幻覚で操ろうとした。でもレイは額に眼を持っていたから騙されずにいて、僕を救ってくれた」

「わ、わたしは別に……」

「ありがとう」

「ど、どういたまして」

 女王を名乗る呪術使いが、死者へ安住の地をもたらし、死者から得た力を利用し、これからも他の世界を浸食しようとしていたのだ。

 たぶん死者の暮らす街は夕暮れに染まり、多くの窓に灯が浮かび、賑やかな夜が訪れ、やがて静かな朝が来て、昼が来て、また同じことが繰り返される。ここで平和に暮らしている死者は疑うことなく、また同じ朝が来ることを信じている。

「レイ、聞いていいかな」

 僕は迷いながら尋ねた。

「難しいことはわからないよ」

「おまえは村にも捨てられた」

「そうだね」

「美月さんも同じだ。そんな世界に帰りたいのかな。今から壊そうとしている世界で暮らしている死者の魂も、次の世界ではひどいかもしれない。運命だと片付けられない」

「わたしはシンと会えた」

 一言、しっかりと答えた。

 そうだな。レイならそんなふうに言うだろうな。

「ついこの前までのことなんて吹き飛んだ。生きていたからこそだ」

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