第6話
僕は公衆浴場を出た。
ようやく体が動く。
「温めないと死ぬぞ」
と、ビリケンさんと三つ編みさんが荷車で運んでくれた。
レイは金の髪で額を隠し、その上からニット帽をかぶった姿で壁にもたれていた。僕はドンゴロスの貫頭衣ではなく、市場で揃えたまともなシャツとまともなズボン、まともな靴を履いていた。髪と髭は鋭いナイフで剃り上げられ、寺の坊主よりも坊主らしくなっていた。さすがに恥ずかしいので、市場で手に入れた手編みの帽子で隠すことにした。
レイはうつむいたまま新しい外套を渡してきた。まだなめしも馴染んでないので、ごわごわした。街に来てすぐ財布を盗まれたときと同じ様子だ。この子はかわいそうなくらい抱え込んでしまう癖がある。元の世界の僕も、美月さんたちにはそう思われていたのかもしれない。
そっと僕はレイの頭を抱き締めた。彼女は抵抗もなく振り子のように傾いてきた。あのときの面影は泣いている姿に残っていた。
「ゴメン…」
彼女は呟いた。
「ワタシ、シン、信ジルナイ」
財布を押し付けてきた。僕が何気なく受け取ると、彼女は僕の外套の下で泣くのを我慢していた。
「誤解くらいある」
「デモ、ワタシ……」
「成長したのは図体だけか?」
僕は笑いながら、彼女の頬を流れる涙を親指で拭った。いろいろなことが起きすぎて、僕自身も混乱していた。とにかく二人で相談してしばらくの宿を探すことにした。薄汚いが出入りのある食堂の路地裏に宿を見つけた。そこは旅人のためのものではなく、季節労働者のためのものだった。春めいてきた今、出稼ぎの人々と入れ替わるように一室を借りることができた。主はレイを品定めするように見た。婆さんのようにも爺さんのようにも見える。レイはというと、木の額飾りで三つ目の目を隠していた。市場で買い求めたのだ。どうやら見せるのは好ましくないように思えた。初めは布を巻こうとしたが、それではあまりにも芸がないということで、僕が木から掘り出した飾りを見つけた。どうせ後ろでくくるのだから同じだと抵抗したが、せっかくなのだからと付けさせた。プレゼントだ。財布は同じだからプレゼントとは言えないが、レイは気に入った様子だった。
市場の帰り、僕と彼女は「腹減ッタ」と呟いた。露店の、まさしくあの夜に食べた小指ほどの粒のフライを食べながら歩いたまさかまた同じように歩けるとは。しかし人は気になるくらいレイを見られた。途中から彼女は襟に顔を埋めた。
とりあえずちゃんとしたものを食べようと、固いパンを買い求め、何だかわからない味の飲み物と何だかわからない肉と一緒に宿へと持ち込んだ。宿に入ると、ずっとパンと肉と塩をモグモグさせていた。窓からはいくつもの建物が見えた。教会風の尖塔もあるし、鐘もある。センスないなと思う四角い建物が、たぶん学校だなと考えた。いや。あの無機質なものは警察署か役所か。
モグモグしていると、レイは額飾りを外して、僕の額に額を押し付けてきた。お互いにモグモグしていた。そこのところレイは行儀がなっていない。しばらくモグモグ。僕は照れてしまったが、レイにもも伝染ったのか、恐る恐る離れた。
咳払いをしつつ、
「今カラ、ドウスル」
と、聞いてきた。
「言葉、話セル?」
僕も片言になる。
「少シ、オマエ、言葉、学ンダ」
額の紅玉の眼を指差し、
「聖眼ノ力」
「せいがん?」
通常、彼女たちは三回の成長期を経て聖眼が現れるのだという。しかしレイは四回目でも現れず、体も小さいままで、もう一族としては認められないと判断され、村から追い出された。そのときに与えられたのが僕だ。ひょっとして奴らが僕を連れてきたのではないか。もしそうならば、レイに帰してもらえるかもしれない。ただ簡単に連れてこられるものではないだろう。そんなことができるなら、あちらの世の中の行方不明が解決してしまいかねない。異世界へ連れ去られましたね。探す術はありませんなんてことになる。ようやく五回目の成長期、今回の場合は越冬を経て、レイは覚醒した。この街にそんなことを知る者などいないから、墓穴に埋められることになってしまった。もちろん僕も知らないかった。聖眼が発露されると、様々な力が備わるとうことだ。
「どんな力?」
「サア?ワタシ、ドンナ力アル、知リタイ、学ビタイ、使イタイ」
レイは額飾りをつけた。気に入ってくれたようで、水に映して何度か位置を整えた。
僕はスープを飲んだ。気をつけなければならないのは、このパンも肉も水気を含むと爆発的に増えるのだ。口の中でも容赦なく、ただ膨らんで、ただでさえ美味しくないものが、さらにクソ不味くなる。
「聖眼、使ウ呪文。オマエ 言葉。モット、話シタイ。ワタシ、墓、入レラレル、ナイ」
「ゴメン」
「謝ルナイ」
彼女は僕の痩せた腕に触れ、
「オマエ、ツライ目、遭ッタ」
また涙ぐんだ。
「話ス、コンナコト、ナイ。オマエ、死ヌナイ」
「生きてるよ」と、笑った。
「生キテル、ワタシ、ウレシイ」
小さく頷いて、
「ワタシ、オマエ、許ス、ナイ」
「僕を?」
彼女は少し考えて、
「奴ラ、殺ス」
と、答えた。
そのために呪術を学ばなければならないとのことだった。何となく使えるものは備わっているが、自由自在に扱うためには体系的に学ぶしかない。僕も何となく理解した。
すでに動機が野蛮だ。
「学ベルトコロ、行ク」
と、なる。
学校なんてあるのか。
呪術なんて門外不出だろ。
数日、お互い動けずにいた。僕は僕で体力と気力に限界が来ていて、彼女は彼女で成長期の後の特有の気怠さがあるのか、まだ体が慣れていないのか、はたまた墓に押し込められていたからなのか、ずっと寝ていた。要するに二人共、食っては寝てを繰り返していた。
数日後、ようやく僕たちは外へ出ることができた。食料が尽きたのもある。僕たちは貴族街の北、中貴族街、上貴族街との間にある、閑静な区域にいた。レイの聞き込みが正しければ、たぶんこれが学校だ。物作りの呪術、風を操る呪術、大地を揺るがす呪術、敵を攻撃する呪術など様々あるという。中には呪術✕剣術、弓術など融合術も存在しているということだ。伝聞が多いのは、僕には何のことかわからないからだ。レイ自身もほとんど意味がわからないと話した。聞きかじりだそうだ。何でも呪文なども教えてくれると。呪文さえ唱えれば、僕にも使えるのかと尋ねたら、わからないと返ってきた。やはりレイならあちらの世界へ戻してくれるかもと期待した。
「うさん臭いな」
僕は漏らした。こういうのは素質ありきではないのか。教えてどうなるものなのか。門に文字が綴られた金属板が埋め込まれていた。
僕は読めない。
レイも読めない。
正門の奥、構内では、短い肩掛けのような制服姿の子供が、本を脇に抱えて歩いているのが見えた。
「ここで学ぶのか」
「ソウダ。ソウカモ」
「入学デキルノカ」
僕は自分の言葉が怪しくなっているのに気づいた。
「どうすれば入学できるの?」
「ソンナモノ、シナイ」
「は?」
「読メバ、ワカル。聖眼ノ力」
忍び込んで書物を読み漁ればよいということだ。無茶苦茶だ。彼女は奴らから学ぶことなど必要ないと付け加えた。夜に忍び込んで、できるだけ本を盗もうということだ。
そこはかとない何か重いものが腹に溜まる。これが不安というものだろうな。よぎるのではなく、溜まるものだ。不安で胃もたれする。
「レイさん」
「ハイ?」
「泥棒、良クナイ」
「元々、呪術ハ我ラノモノ。奴ラ蛮族ハ我ラカラ奪ッタ」
「そうなの?」
「ト、村デ聞カサレタ」
「何か怪しいなあ」
何もかも怪しいぞ。
僕たちが学校の正門にずっと立っていたものだから、不審に思った若い守衛が近づいてきた。
僕はレイに訳させた。
「学校に入りたい」
「許可、イル」
と、衛兵。
「モシ入学、試験イル。トテモ難シイ。年、二度」
「何年で学び終える?」
「本人ノ才能。学ビ終エナイ、辞メル人、多イ。タイテイ五年クライ、限界、気ヅク」
五年?僕は五年前、何をしていた?小学四年くらいか。もう美月さんや拓也はいた?マンションで暮らして、たくさんの友だちがいた気もする。夕食もお風呂も就寝も時間が決められていたような。
「試験入ル、才能気ヅク、辞メル」
「少しくらい呪術は使えるようになるのか」
「少シクライナラネ」
衛兵は僕に、
「入リタイナラ、シカルベキ身分ノ方ノ紹介イル」
「例えば?」
「貴族、剣士、コノ学校出身ノ呪術使イ、他ノ有名ナ呪術使イナド」
僕はレイを見た。
レイも僕を見た。
貴族にも有名な剣士にも有名な呪術使いにも、その他にも知人はいない。ビリケンさんと三つ編みさんくらいかな。何だか二人は呪術を使える雰囲気はあるが、そんな簡単なものでもないのだろう。たしかに呪術使いが多くいる世界もおかしいことになるな。そもそも呪術とは何だろうか。いかんいかん。泥沼にはまるところだ。なぜ氷の上は滑るのか。なぜ麻酔は効くのか。世の中、いちいち考えないことだ。
レイは衛兵と話し終えた。衛兵もレイの姿ならやさしい。
「見学デキルラシイ」
「今から?」
「シカルベキ紹介アレバ」
「おいっ」
それがないから困ってるんじゃないかと思いつつ、それを言うと堂々巡りになりそうなので、ひとまず学校から離れることにした。
その前にレイの額飾りを外し、プレートに額を押しつけた。ぶん殴られたが、内容はわかった。
呪術 此れ
万人ニ 与エラレシ
衛兵曰く、ここは塔を建てた大呪術使い殿が作ったということだ。
「どうする?」
「教エ、イルナイ」
レイは露店でヒモムスという揚げ物を買い求め、僕も摘みながら歩いた。何か考えているようだ。僕は邪魔しないようにした。何も考えていないかも。そんなことはない。これからの自分のことだからな。
ヒモムスはサクッとして、その後にとろっとする揚げ物だ。この街では有名だ。もし戻れないなら、ヒモムス屋になろうか。資格とかいるのか?ヒモムス検定一級とか。王国認定ヒモムス師とか。
「イイ考エ浮カンダカ?」
食べていただけだな。
僕が考える担当らしい。
「本屋でよくないか?」
「ホンヤ?」
「この世界にはないの?」
レイは納得したように頷いた。
「オマエ、賢イ。学校ナンテ行クコトナイ。ワタシ、革命起コス」
僕たちは市場から少し離れ、中貴族街に隣接する建物に本屋を見つけた。下貴族街にはない。あったとしても商売にならないだろう。この中貴族街の周辺でも、庶民は本など読まないらしく、本というものを説明するところこら初めなければならなかったので、探すのに苦労した。
本屋は厚いガラスがはめ込まれた飴色の扉の向こうにあった。中に入ると、天井まで届くたくさんの本棚が並んでいた。革のツーンとした匂いが鼻を突いた。店主は僕たちを品定めしている様子だった。ここの街の者は品定めが趣味だな。レイは呪術書のあるところを見つけた。壁一面に古めかしい革の装丁の本が並んでいた。実際、売り物ではなく貸し本だと知ったのは後のことだ。然るべき紹介があれば貸してくれる。
レイは重そうな本を開いた。
「使えそう?」
「分カルナイ」
しばらくして、
「読ム、ナイ。ワタシ、字、読ムナイ、書クナイ」
「マジか」
「マジ」
僕と彼女は見つめ合った。どうしようもない沈黙。もちろん僕もこちらの言葉を読み書きはできない。
「デモ…」
彼女は額飾りを指差した。
「聖眼、記憶スル」
「ん?」
「コレ」
レイは挿絵を見せた。ローブをまとった老人が杖を掲げていた。
「あ、道具か」
他にも剣、斧、指輪、呪文の類も記されていた。持っていない道具は使えないし、知らない知識に類する呪術も使えない。
「コレ、子供ノ、本」
レイは本から手を離した。本は下の戸棚へ音もなく収まる。墓で土くれを浮かび上がらせ、僕を叩きつけた。彼女の呪術に呪文はいらない。ただ彼女の想像を対象に押し付けるだけで成立するのか。他の棚を見たが、呪術系の本はなかった。
「コレ、才能ダケ…」
「たしかに才能だよね」
レイが人差し指で本棚の縁を撫でると、かすかに焼け焦げた匂いがした。窓ガラスは焼け焦げない。金属のノブも無理だった。僕の外套の裾に火がついて、すぐ消えた。
突然、ガラスが粉々に割れた。
レイの仕業だ。
僕は素知らぬ顔で、
「戻せるの?」
「今、ヤッテル」
店主が驚いて外へ飛び出した。どこかの誰かが石を投げ込んできたのだと思ったようで、怒鳴り散らす声が聞こえた。
床にぶちまけられたガラスが虫のようにうごめいて、一つのところに集まる。これから修復が始まるのだ。僕は目を凝らした。息をするのも忘れていた。しかしそこから何も起きない。
「戻ルナイ」
「壊せるけど直せないのな」
「掃除、デキタ」
「そうだね」
僕たちは貸本屋を後にした。すべてが燃えるわけではなく、割れるわけでもないということだ。僕の首を絞めることは簡単にできる。ひょっとして破壊系しかできないんじゃないだろうな。
その夜、僕たちは学校に忍び込むことにした。たいていのことは慣れるものだ。実は忍び込むのも初めてではない。たまに村の家に忍び込んで、食料を盗んだ。ただ塀で囲まれた学校へは初めてだ。そもそもこの世界で学校を見たのも初めてだ。
「待って」
僕は茂みの中で、
「罠とかないのかな」
と、尋ねた。
「ワナ…」
僕はレイの足首に爪を立ててつかんでみせた。レイは木の下からトラバサミを持ち上げた。鎖で幹に繋がれていた。
「コレ?」
「うん」
「結界とか」
「ケッカイ?」
首を傾げた。
ここで話していてもしょうがない。校舎に忍び込もうと、窓の下に身を寄せた。瞬間、僕とレイは元の下の茂みまで吹き飛ばされ、僕は全身がしびれた。レイはかろうじて頭を打っただけだったようで、慌てて木に登った。そして僕の首を絞めて、引きずり上げた。あちこちから夜警の松明が近づいてきた。
何やら口々に話しながら、松明が茂みを照らしたが、それでもそんなに緊迫してなさそうだった。小動物でもいたのだろうと思ってくれたのかもしれない。
「大丈夫、カ…」
「首吊られて大丈夫なわけがないだろ」
僕は睨みつけて、
「今度やったら死ぬぞ」
「守ルノ術、アル」
「結界だよ」
「ワタシ、アルカモ、気ヲ付ケタ」
「怒るぞ」
「オマエ、勇者ダ」
まだ指の節々が痺れる。枝の上で何度も手の平を結んでは開いた。冬の間の奴隷生活で体力も筋力も落ちているが、まだ大丈夫そうだ。食えば戻る自信がある。夜警の集団がそれぞれに去るまで、こんな呑気なことを考えられるとは、しっかりこの世界に染まっている証拠だ。
「見エル」
「何?」
「オマエ、見エル、ナイ?」
レイが僕たちが跳ね返された校舎の壁を指差した。そっと僕の頬に額の眼を押し付けた。
「見える」
呆れるしかない。僕と彼女の忍び込もうとした残像が結界に張り付いていた。僕はカエルが叩きつけられたような間抜けな格好をしていた。彼女はまだ用心していたから、それでもお世辞にも格好いいとは言えない。そもそも格好いい跳ね飛ばされ方などあるものか。二人の顔まではわからないが、アホな泥棒だというくらいはわかる。レイの額が僕から離れると、見えなくなった。
僕は額に手を当ててみた。
「隠スナ」
「見えるな」
しかし像が薄い。彼女の頭を抱くようにして、頬に当てた。
「濃く見える」
「照レル、ヤメロ」
レイは無理に抱かれた猫がイヤイヤして離れ、そっぽを向いた。
「どうする?」
「壊ス?」
僕に尋ね返した。たしかに壊せるかもしれないが、壊してどうする気なんだ。誰にも知られず、呪術を載せられた本や、それを使いこなすための道具を盗む。これが今回のミッションだ。呪術を学ぶための学校なら、それくらいは揃っているだろうという、二人の浅はかな、他に誰も止めてくれない知恵だ。今、月影の髪をなびかせ、冬にきらめく星の瞳をした、精悍な女盗賊の参上とはいかなかった。結界に激突し、次の考えも浮かばないポンコツが、二人がん首並べて枝にいる。鳩でももっと考えているような顔をしているはずだ。結界で守られた学校へ、どう入る。自問はしたが、自答はない。
「才能あるんだろ?」
僕は閃いた。
「ナケレバ、タダ、三ツ眼アルダケノ人」
「そうだね。聖眼、珍しい?」
レイは頷いた。
「じゃ、聖眼を見せたら通してくれるんじゃないか?」
「ムリ」
「どうして」
「昔々、我ラ、世界支配シタ。俗民ドモ呪術知ラナイトキ。祖先、油断シタ。仲間同士争ッタ。ソノウチ俗民、トテモ強イ呪術、創ル、覚エタ。我ラ、負ケタ。我ラノ王、燃ヤサレタ。歌、残ル」
「今は仲良しとか?」
「仲良シ、アンナ村、イナイ」
「たしかに」
「コレ」
額を指差して、
「我ラ、聖ナル眼、言ウ。デモ皆、邪ノ眼、言ウ」
悲しいかなだな。よく聞く盛者必衰のことわりをあらわしていた。
学校に忍び込んで、敵の呪術の秘密を盗むしかない。追いつかれ追い越されてしまうことは、よくあることだ。夜なら警備も少ないから力ずくで押し込めると、レイは考えていたが、僕は生徒がいるところに紛れ込んだ方がいいと考えていると答えた。
「紹介イル」
「入学するのと見学は紹介がいるかもしれないけど、このまま朝まで待てば生徒が入ってくるから、一人から制服奪う」
「イイ考エ」
レイは悪巧みには尊敬の眼差しを向けてくる。
「一人、殺ス。入レ替ワル」
「殺さなくてもいいよ。入れ替わる間は閉じ込めておくけど」
作戦が決まったところで、僕たちは校庭の隅まで移動して、誰にも見つからないように待機した。
レイは相変わらず僕の外套の中で丸くなる。まだ自分が小さいと思っているようだ。僕は彼女の頭を枕代わりにして寝た。成長しても寝付きはいい。僕の肩に頭を預けて、うずくまるように寝た。
前よりも重い。
彼女たちは三回の冬眠ごとに成長し、三つ目の眼ができるのだが、レイは発育が遅く、三回でも四回でも眼が現れず、捨てられたとうことだったな。五回目でようやく美しい姿に変化した。蝶々のように羽化するというのだろうか。いや。蛇のように脱皮かな。脱皮なら抜け殻はあるのかな?また聞いてみようと思いつつウトウトした。もう一度、自戒のために言うが、ウトウトした!
朝、僕たちは目を覚ました。
すでに二人別々に縄でグルグル巻きにされていた。そこまで気づかなかったのは、もはや芸術点が高いと言いたい。
剣の腹が頬を叩いた。
体の大きな兵士が三人、何やらわめいていた。僕たちは寝ている間に捕まっていた。起こして暴れられるよりも、寝ている間に捕まえてしまおうと考えたのだろう。兵士の後ろには、何人もの制服姿の若い子たちが好奇心と不安とが混ざった顔をしていた。つるつる丸坊主と、不機嫌なレイが並んで捕縛されているのだから、そんな顔もするだろう。
「レイ……」
「ン?」
「帽子かぶりたい」
地面にニット帽が落ちていた。レイは何やら兵士と話したが、僕が殴られた。ひどいもんだ。兵士は剣で帽子を持ち上げて、ニヤニヤした顔で茂みに捨ててしまった。見物人もどっと笑った。間抜けな侵入者かもしれないが、この扱いはひどい。
「こんなところに何で?」
「何を盗むの?」
という具合だろうか。
今のレイは不機嫌だ。捕まったことにではなく、途中で起こされたことに腹が立っているのだ。基本的に寝起きはいいのだが、他から起こされると腹が立つらしい。旅をしているときでも、たまに僕が先に起きても彼女を起こさず、起きるまで待っていた。たいていは彼女が早起きで、僕が蹴飛ばされていた。
ただ僕は彼女の機嫌を戻す方法を知っている。たぶんこの世で僕だけが知っている。食えば機嫌良くなるのだ。しかし捕縛されるまで熟睡していたとは、お互いに図太い。
「シン…」
寝起きの低く、見た目からはあるまじきかすれた声だ。
「ん?」
「ドウスル」
「どうするも何も」
僕は縄で縛られたのを見せ、
「捕まったんだからどうもできないよ。縄がほどけるなら別だけど」
「縄、ホドク」
「できるの?」
「デキタ」
レイは僕の後ろ手の縄を、
「オマエ、ホドク、タ」
これは解いたのではない。強引にちぎったのだ。これくらい力技なら、もはや呪術を学ぶ理由はないような気もする。こんなものに水金地火木の精霊など必要あるのか。
力こそ正義。
とはいえ、この世界の精霊とやらに力を貸してもらい、とんでもない力を発揮する呪術もあるのだろうか。そうでなければ学生が学びに来ることはないだろう。
レイも人にあらざる者の力を身につけられるのかもしれない。もっと強くなるためには、もっとたくさん学ばなければなるまい。
「レイ、ここの先生に会いたいと言え」
「ナゼ」
「学べるかもしれないぞ」
「コイツラ、殺ス」
「怒るのはわかる」
とはいえ、
「悪いことしたのは僕たちだ。誠意を込めて謝ろう。そうすれば許してくれるかもしれない」
「ワタシ、謝ル、ナイ」
「今日は頑固だね」
努めて冷静に、
「僕には謝ってくれたよ」
「シン、トモダチ、謝ル。ワタシ、守ッテクレタ。旅、一緒ニシタ。大切、人。コイツラ、トモダチナイ、敵、ゴミ、クズ、カス」
「レイはビリケンさんや三つ編みさんとも話したじゃない」
「二人、悪イナイ。シン、ワタシ、優シイ、シテクレタ。デモ、コイツラ」
「彼らの仕事だよ」
「違ウ」
レイは僕を睨んだ。
「仕事、ワカル。デモ、オマエ、バカニシタ。ソレ、仕事、ナイ。オマエ、コイツラ、言葉ワカルナイ。知ルナイ」
レイは顎を引いて、眼光鋭く、兵士と学生立ちを見据えた。兵士も遠巻きにしていた生徒たちですらも後ずさるほど、凄みがある。
「レイ」
僕は静かに話した。
「僕を悲しませないでほしい。レイを嫌いになるのは嫌だ。だからここは冷静に」
「シン、ワタシ、嫌イ?」
彼女の瞳に涙が浮かんだ。
「好きだよ」
無意識に出た。
「だから一緒にいるんだよ。ね、落ちついて」
「ウン」
「僕の言うことを彼らに伝えて」
「ワカタ」
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