第13話


 引き取られた、といってもそんな簡単な話ではない。おっさんについては警察という身分ではあるものの、一時的にしか児童を預かる権利しかないらしく、里親申請というものが必要になったそうだ。その申請がどうしようもなく、それはそれは大変な苦労を強いられた、とおっさんは言っていた。なんでも、独身という身柄の人間が子どもを引き取るには信用問題がどうたらこうたら。言ってしまえば、あの男のように虐待する人もいる可能性を考えなければいけないからしようがない、とおっさんは語っていた。……結局、警察という身分を提示して里親としての許可を勝ち取ったとらしいけど。


 そうしておっさんに引き取られるけれど、問題は山積みだったらしい。本来であれば出産をした後に出生届を受理して戸籍が作られるのだが、戸籍というものが俺には存在していない。もちろん、姉も。そこから、戸籍をとるための手続きを行っていくわけだけれど、出生日が不明だから、そこが難航していたとか。


 ……あと、何が問題だったかは忘れたけれど、まあ何かいろいろあった気がする。このころの記憶については、正直あいまいだ。きっと、苦しかった生活と比べて、幸せに過ごすことができていたから。


 おっさんの家にはおっさん以外は誰も住んでいなかった。ただ独り暮らしという割にはだいぶと広いマンションに住んでいて、当時はとても喜んだ記憶がある。


 しばらくおっさんは仕事を休むことになり、俺と一緒に過ごす生活が始まった。


 ここからは、きっと明るい話になると思う。





「金髪とタトゥー……、どうしようもなく目立つな」


 タトゥーについてはどうしようもない、と諦めて、おっさんは黒髪に染めるものを買ってきた。そしてあの男みたいに風呂場で処置をする。慣れたもんだ、と思って、男の時みたいに呆然として過ごした。


 洗い流す時間になって、おっさんと一緒にそれを洗い流すけれど、洗い流した後におっさんは困ったような顔をする。なんでそんな顔をするのかわからなくて、鏡を見たけれど、俺の髪の色は白っぽい金髪のままだった。そしてたまにちぎれる髪が排水溝に吸われていく


 なんか間違えたか? とか独り言をつぶやきながら、また翌日もやったけれど、結局変わらずに金髪。これはおかしい、っていうことで、新しい保険証を手に病院に行ってきたけれど、そこで聞かされたのは、もう二度と黒髪に戻ることはできない、という事実。


 ただの染髪であれば、大して髪にダメージはないものの、執拗に一度のタイミングで繰り返し同じ処置をしてしまった結果、毛髪が死んでしまったとか、そんなことを言っていた気がする。本来であれば髪の毛を切ってしまえばメラニン色素でまた黒い髪が生える、ということもあるらしいが、髪だけでなく毛根自体が死んでいる、ということで、どうやら俺は金髪のままで過ごすしかない、髪を切れば生えることもない。そんなことを理解した。


 おっさんは、その事実に対して、沈黙していたけれど「それならしようがないよな」と言葉を吐いて、無理に納得しようとしていた。よくよく手を見れば、拳が硬く握られていたから、それに対しての憤りを感じていたんだと思う。俺は、別に気にしなくてもいいのに、とか、そんなことを思っていた。





 それからしばらくして、おっさんは俺にランドセルを買ってくれた。


 テレビのCMでよく見たランドセルを目の前にして、俺は喜び以上の感情をおっさんに表していたと思う。俺がそれをすぐに背負うと、おっさんに見せつけて、似合うかどうかを聞く。その姿を見ておっさんも喜んでくれて、そこから俺も学校に通えることになった。


 まあ、少し特殊なものになったけれど。


 俺の存在については、ほかの子どもたちには秘匿される形式になった。なぜかと言われてしまえば、金髪にタトゥーという見た目だから。事情については学校側も理解を示していたけれど、保護者への対応や、そこから考えられる俺へのいじめの可能性など、様々なことを鑑みてと相談された結果、俺は、ほかの子よりも遅く登校して、保健室で学習をする、ということになった。


 そこで聞いたのは。本来の年齢であれば、俺は小学二年生らしい。基準の学習が行われていないことから、俺は保健室にて一年生からの学習を進めることになる。


 テレビで見たような知識があったから、ある程度文字は読める、けれど書き方についてはさっぱりだから、そこでくじけまくる。それでも、保健室の先生は優しく教えてくれる。


 算数については地頭がよかったというか、テレビで問題をやっていた場面を思い出して、計算についてはきちんと出来ていた。だから、割と早い段階で身に着けることができた。


 俺に対する勉強の内容は凝縮されつつあったけれど、それでも俺が理解することはできたから、短い期間で小学二年生の勉強にも取り組むことができて、俺は事実の上でも、学習面でも立派な小学二年生になった。


 ドラマで見たような教室での学校生活、とは言えないけれど、それでも勉強をすることは楽しい。できればできるほどに保健室の先生にも、おっさんにもほめられる。テストで百点をとったときには頭をなでてくれた。





 保健室で過ごしているから、たまに外で活動をしている子どもが保健室にやってくることがある。怪我をしている子と、付き添いの子。保健室に入ると、俺のことが視線に入って、びくっと驚く姿が大半だった。


 怪我を治療する先生を傍らに、俺はグラウンドに視線を向ける。俺と同じような子どもがたくさん集まって遊んでいる姿。俺はそこに入っていいかわからないから、遊びたい気持ちを我慢して、目の前にある課題に取り組む。


 だから、唐突のことでびっくりする。


「お前も一緒に遊ぼうぜ」


 付き添いの子がそうやって声をかけてくれたことに。


 でも、俺は困った。おっさんが言っていたみたいに、俺の存在はどうしようもなく目立つから。無理に遊ぶことを止められたことはないけれど、それでも視線がそんな雰囲気を孕ませていたから。その頃くらいから、自身が金髪であることを憂い始めていた気がする。


 保健室の先生は、そんな俺の様子を見て、少し困った顔をする。でも、しばらくした後、「行ってきなよ」と背中を押してくれて、俺はにこやかに外へと飛び出していった。


 本当に楽しい学校生活。俺は今までの人生の中で、一番幸福だったと思う。


 けど、頭の片隅に残るのは、ずっと姉のこと。


 こんな生活を姉と一緒に過ごせたのならば。でも、取り返しなんてつきようもないし、俺に何ができただろうか。


 きっと、姉にとっては俺がいない生活の方が幸福だ。たまにおっさんから聞く情報で、姉は幸せにやっている、と聞くことがあるから、その言葉で憂いを飲み込む。


 そうして、学校生活をきちんと送るようになった。





 中学に入学するまでも、入学に至っても、俺の待遇については同じような感じ。ただ、部活動に関してはどうしても制限があって、運動が好きだった俺にとってはそれに参加できないことが少し悲しかったかもしれない。


 勉強については楽しいもの、という意識があったから、特に挫折みたいなことを味わうこともなく学習していった。


 というわけで、飛んで中学三年の秋ごろの話。


 進路をそろそろ視野に入れなければいけない時期。俺は前々から考えていたことをおっさんに話した。


 話した内容については、高校にはいかずに働いていく、ということ。特に資金面でおっさんと困ったことはないけれど、中学でも保健室登校なら、高校でも確実に保健室登校。その先についてを俺は全く想像できないし、なによりも恩返しをしたい気持ちが強かったから、そのことを話した。


 ……めちゃくちゃに怒られた。勉強が苦手なわけでもないのに言い訳をするな、とかそんなことを言われた気がする。


 でも、俺の中ではわだかまりがどうしてもとれない。いつも脳裏には姉のことがある。おっさんから姉の生活について耳にするけれど、俺だけが更にこんな幸せを生きていいのか、よくわからなくなる感情が存在した。だから、せめて自分の力で生きたい、って考えるようになった。


 おっさんは、その気持ちを否定することはなかったけれど、それでも高校はきちんと行くように念押ししてくる。結局俺も、その言葉を裏切りたくないから高校受験することになるんだけれど。


 高校受験の際には、中学の担任が助けてくれた。俺のどうしようもない見た目で差別をされないように、生い立ちを説明してくれたりしたんだと思う。そんな先生の力もあってか、こんな見た目でも特例で入学することはできた。


 ……まあ、言わずと知れた保健室登校だけど。後はタトゥーを隠せるように冬服を着なければいけない、という縛りが追加された、というくらいだろうか。


 それから、高校生活が始まったけれど、やはり姉についての感情が消えることはない。せめてアルバイトでもしようと相談したことはあったけれど、それも却下。おっさんは、俺には大学に進んでもらいたい、という願望があるらしく、勉強に集中してほしい、ということから。


 それでも、俺は何かをしたかったんだと思う。自分だけがこんなに幸せでいいのかをずっと考えて、そうしていろいろと考えてみる。


 おっさんは、本当に優しい存在だ。仕事から帰ってきた後も家事を進んで行おうとするし、俺が手伝おうとしてもやらせてくれない。だいたい、俺が勉強をする姿を見ているだけで幸せだとか言って、俺には何もやらせてくれない。


 せめて、おっさんの負担が消えてくれれば、それだけでも。なんてことを考え始める。俺という存在が、少しは消えれば、なんとなくおっさんも楽にはなるのかな、とか。


 ……別に死のうとか考えていたわけじゃない。単純にいなくなれば、少しはおっさんが楽になるのかとか、そういう話。


 そんなことを考えて、そうしてたどり着いた結論。


 ──そうだ、家出をしてみるか。


 そんなくだらないところから、こんな家出は始まった。

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