第212話 大魔王級

 S級冒険者『篝火かがりび』のヴァン・クエスト、北大陸にて圧倒的な知名度と人気を誇る彼であるが、その全身鎧の中身――― と言うよりも、その鎧こそが彼の本体である事を知る者は、実のところ殆ど存在しない。パーティの仲間であるドルモとジーマ、信頼に足るヴァンの知り合いが数名、あとは同じS級冒険者の一部の者達、くらいなものだろうか。


 それだけ、ヴァンは自らの正体を明かさない。鎧の中に何もない、声帯がない為に喋る事ができない、気持ち悪く思われたくない、空虚な存在である事を知られたくない――― 彼が極度の人見知りになったのには、そういった様々な理由がある。その中で一番の理由を挙げるとすれば――― 嫌われたくないのだろう。嫌われて、距離を置かれたくないのだ。それだけ、ヴァンは温もりに飢えていた。


 ヴァンは生まれながらにして天涯孤独、彼には両親どころか親族さえも存在しな――― いや、これには少し語弊があるだろうか。


『……(オドオド)』

『……(ギュ、ギュギュイン……)』


 ヴァンはとある鉱山にてジーマの手によって発掘された身であり、発見される以前の記憶がない、所謂記憶喪失の状態にあった。記憶がないから、なぜそこに居たのかも分からない。記憶がないから、自身に身寄りが居るのかも分からない。記憶がないから、自身について知る術がない。だからこそ、天涯孤独なのだ。


 この時に分かった事と言えば、彼のステータス上に記されていた情報くらいなものだ。その表記によれば、どうやらヴァンは北大陸の者達と同じ、悪魔ではあるらしい。もちろん、ヴァンはその事をジーマに伝えようとした。彼の目の前に居るジーマは、常にドリルを回し続ける割とヤバ目の悪魔であった。だがそれでも、悪い悪魔ではない。何となくそう見抜く事ができたのだ。


『……(アセアセ)』

『……(ギュインギュイン)』

『……(アセアセ)』

『……(ギュインギュイン)』

『『……(アセギュイン)』』


 ただまあ、お互いに声帯的な意味でもドリル的な意味でも不器用であった為、暫く意思疎通は図れなかったようだが…… 兎も角、その後の思考錯誤の結果、幸いにも筆談が可能である事に気づいたヴァンは、諸々の情報をジーマに伝える事に成功するのであった。


『……(ギュインギュイン)』


 ジーマは思う。幅広い生態を有する悪魔の中には、食事や排泄を必要とせず、特定のエネルギーを供給すれば生命の持続が可能な者達(ゴーレムや武器に命を宿すタイプ)も居る。ヴァンもそこに属するのであれば、長年土の中に埋もれていたとしても、生きて行く事はできるだろう。そこに不思議な点はない。


 ここで少し、悪魔と言う種族について説明しておこう。悪魔には大まかに分けて、下級悪魔レッサーデーモン中級悪魔デーモン上級悪魔アークデーモンと言う進化階級が存在する。その昔、まだ悪魔と言う存在がモンスターと認識されていた時代では、下級悪魔レッサーデーモンでさえ国の騎士団が派遣されるレベルの強さがあるとされ、恐怖の対象となっていた。その上位階級となる中級悪魔デーモンともなれば、中小国レベルの人間の国が大混乱に陥ってしまう。ならば、更にその上を行く上級悪魔アークデーモンともなれば? ……最早それは魔王と呼ばれ、災厄に分類される。決して手を出してはならない、関わってはならないタブー中のタブー、そんな存在だ。ともあれ、基本的に・・・・悪魔はこの三つのいずれかに該当する。


 ……しかし、だ。ヴァンは発見された時点で、そのどの階級にも属さない、悪魔としても異例の存在であった。


 ―――『悪魔の機動鎧デーモンアーマーロード』、それがステータス上に記されたヴァンの種族名であり、彼の存在がこの世で唯一無二である事を示す証であった。正直に言って、ジーマはそのような種族名の悪魔を知らない。あるとすれば、上級悪魔アークデーモンよりも更に上位の進化形態である特異点、そこに至った者のみに配られる特別な階級だ。


 北大陸の超大国、グレルバレルカ帝国の女王などは、その次元に至っていると噂で耳にした事がある。が、噂はあくまでも噂だ。本当にそうなのか、事の真相を確かめた事はないし、眼前でオドオドしているヴァンの姿を目にしても、そのような超越した存在には、とてもではないが思えなかった。


『……(ギュインギュイン)』

『……(コクコク)』


 ともあれ、この件は自分の手に余る。それと同時に興味もある。最終的にそんな考えに至ったジーマは、人脈が広い知り合いを通じて、ヴァンを知る者がこの北大陸に居ないかどうかを確かめる事にした。この頃にはすっかりジーマに懐いたヴァンは、これをあっさりと了承。発見場所である鉱山を出発し、知り合いの下へと向かったのである。


『その子について調べてほしい? ……いや、何で? 見ての通り、僕ってば忙しいんだけど? ここ、迷子センターじゃないんだけど?』


 向かった矢先、頼みの綱である人物にそんな事を言われてしまう。ジーマが頼りにしたのは、この時にとある国の結構な地位に勤めていたドルモであった。弁が立ち頭も回り、おまけに結構な地位と魔法の腕を持つドルモであれば、何かしらの手段を講じてくれると、そう考えたのだ。


『……(ギュインギュイン)』

『いや、ギュインギュインじゃなくて』

『……(ドキドキ)』

『いや、ドキドキでもなくて。と言うかさ、どっちか片方くらいは普通に喋ってほしいんだよね。流石の僕も、読心術までは習得していないんだよ?』

『『……(ドキギュイン)』』

『ドキギュインって何!?』


 何だかんだ言いつつも、ドルモは二人の心を読み解いていた。


『あのねぇ、さっきも言ったけど、高給取りなりに僕も忙しい訳よ。確かにジーマとは長い付き合いよ? けどさぁ、友情だけじゃ飯は食えないんだって。その子――― ええと、ヴァンだっけ? 僕が力を貸したとして、ヴァンは僕に何かしてくれる訳? そうじゃないんでしょ? なら悪いけど、僕じゃ力になる事はできないね。まあ、アレだ。自分探しの旅に出たいって言うのなら、最近巷で噂になっている冒険者になるのが良いんじゃない? 身分がなくても実力次第で出世できるみたいだし、何よりも自由だ。僕みたいに必要以上に責任を負う必要がない。今の君にはピッタリの職業だよ。けどまあ、そんな調子の君じゃ上手くいくとは思えないけどね。所詮この世は力が全てなんだよ、力がね』

『……(ギュインギュイン)』

『は? この子の力は上級悪魔アークデーモンより上だって? ……っぷ、ククッ! あははは! おいおい、ジーマも冗談を言うようになったのかい? な訳ないでしょうが~。上級悪魔アークデーモンより上って言ったら、魔王中の魔王、言うなれば大魔王みたいな存在の事を指すのよ? 雲の上の存在過ぎて、実際に目にするのも躊躇われるレベルだよ。まあでも、初めてのジョークにしては面白かっ―――』


 話の途中であったが、百聞は一見に如かずと言う事で、ヴァンはその場で自身の力を披露する事にした。取り合えず、気分を高揚させて鎧の体を戦闘形態へと変化させる。ここへ来る道中、モンスターとの戦闘で知る事ができた、ヴァンの固有スキル『機動体きどうたい』の力である。


『―――たのは過去のお話でして、ちょっとお時間を頂いてもよろしいでしょうかね? うん、何その力? 唐突に脂汗が凄い事になっているんですけど? 失禁する間際だったんですけど? タイム、ちょっとタイムですよ? マジで待ってね?』


 眼前で様変わりしたヴァンの姿を目にして、ドルモは一瞬のうちに考えを方向転換させた。また、あ、これはあかん力や。マジで大魔王級かもしれん。などと、使った事もない方言を思わず出してしまうほど、動揺もしていた。それほどまでに、この姿のヴァンは危うい空気を醸していたのだ。


(待て待て待て待て、これなら本当に冒険者としても大成するんじゃないか? そのトップも目指せるんじゃないか? 落ち着けドルモ、落ち着いて計算するのよ、ドルモ……! 確か、S級冒険者がこなす依頼報酬の平均ってアレくらいだろ? 今の僕の給料がこれくらいだから、ええと、んんと……)


 そんな中でも、ドルモは冷静に金の計算をこなしていく。未来を描いていく。流石の抜け目のなさ、本当に頼りになる気質であった。そして、計算の結果……?


『……オーケー、そこまで言うのなら仕方がない! 君達の熱意が、この僕のハートに火をつけた! ヴァン、是非とも僕に君の手伝いをさせてくれ! 一緒に冒険者として高みを――― いや、君の出自を調査しようじゃないか! 今の仕事? 全然問題ないよ、直ぐに辞表を出してくるから! あ、ジーマも協力するんだぞ!? 僕の読みが正しければ、君の力はヴァンと相性が良さそうだからね! よーし、これから忙しくなるぞー! 今日から僕らは一心同体、家族みたいなものさハッハッハー!』

『……(ギュインギュイン)』

『……(テレテレ)』


 その言葉通り、ドルモはこの日のうちに辞表を提出。直後に冒険者ギルドの門を叩き、三人は晴れてF級冒険者となるのであった。

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