第213話 超大国の女王

 晴れてF級冒険者となったヴァン達は、一刻も早く上へと昇り詰めるが為に、各地での依頼達成に奔走していた。真っ新な新人ランクであるF級を一時間ほどで終え、昇級したその日にもう何ランクかのアップを達成。更にその数日のうちに昇級試験を受け、これに全員が見事合格。嵐の如き速度でC級へとなったヴァン達は、当然の事ながら冒険者の中で有名な存在になりつつあった。


『おい、聞いたか? 超大型新人がすんげぇ勢いで各地を荒らし回ってるみたいだぜ? ヴァンって奴なんだが』

『ああ、知ってる知ってる。けど、噂ほど大柄でもなかったけどなぁ。特にそのヴァンって奴? そいつはむしろ小柄な方だったぜ?』

『いや、体のサイズ的な意味じゃなくてだな……』

『体は小さくても、実力的にはもうS級冒険者のそれなんじゃないかって、そんな風に言う奴も居るよ。ひょっとして、この北大陸で初のS級になるのは、ヴァン達なのかもしれないわね』

『かもな…… なあ、ヴァンって男で合ってるのか? いっつも鎧姿で中身を見た奴は居ないし、全く喋らないしで、正直性別も分からないんだが……』

『つか、パーティ全員が防具で姿を隠しているからなぁ。あのやたらと長い舌を出してる奴だけは、声で男って分かるんだが』

『もう一人は何かギュインギュインいってるばかりだしね……』

『実力もそうだが、全くもって意味不明な奴らだよな…… まあS級は変人ばかりって聞くし、そういう意味でも適任なんかな?』

『『『ああ、なるほど!』』』


 と、そのような会話が各所でなされ、同業者達は一様に納得。まだまだ時期的には新人の域であると言うのに、早くも北大陸冒険者ギルドの次代を導く存在であると、そのように認識され始めていた。また、こういった流れはヴァン達にとって歓迎するものでもあった。


『フッ、どうやら上手くいったようだね。僕の考えた、“ヴァンがいつも鎧姿のままじゃ目立って緊張させちゃうし、それなら一層僕ら全員の姿を隠しちゃおう作戦”は……! 実力を示す事も大事だけど、それと同じくらい話題性も必要な要素だ。ミステリアスな僕らの魅力があれば、各国のお偉いさんの目にも留まりやすい! 僕調べによれば、覆面のS級冒険者は他に居ないっぽいし!』

『……(コクコク)』

『……(ギュインギュイン)』


 ジーマは聞いた。本心は? と。


『急に辞職しちゃった手前、僕の顔が売れるのは心情的に何かやだ! 変な恨みとか責任とかからはおさらばしたいし、未来の自由を確約する為にも、顔を隠すのは必須だった!』

『……(ナルナル)』

『……(ギュインギュイン)』


 ジーマは思った。なら、名前とその長い舌も隠した方が良かったんじゃ? と。


『よーし、この調子でお金を稼ぎに稼――― 否、ヴァンを有名にしていって、出自を調べ上げるぞー! おー!』

『……(オテテアゲアゲ)』

『……(ギュインギュイン)』


 周囲の反応と勢いに押され、ヴァン達の快進撃はその後も続いて行く。基本的に口の達者なドルモが依頼交渉をし、ミステリアスな雰囲気と高潔さを第一とするイメージ戦略を行う事で、北大陸での評判は日に日に向上。同業者達からの嫉妬心が唯一の懸念点であったが、これについても特に衝突する事はなく、むしろ好意的に受け入れられていた為、三人の障害となる事はなかった。


『なあなあ、ヴァン達がA級に昇格したんだと。予想はしていたけど、やっぱすげぇな!』

『流石としか言いようがないわね。やっぱり、あの三人が次のS級最有力かしら?』

『だろうな。姿を隠して常時よく分からねぇ事をしているところ以外、特に迷惑になるような事もしていないし、むしろ冒険者としては理想的な仕事っぷりだ。北大陸筆頭の冒険者として、あいつらほど相応しい奴らは居ねぇよ!』

『ねっ! 他大陸のS級に比べれば、随分と常識的よね! 私、是非ともヴァン達には頑張ってもらいたいわ!』

『ああ、本当に他の奴らと比べれば、実力の割に変人度は控え目だからな! あいつらが北大陸の筆頭になれば、俺も自信を持って誇れるよ!』


 とまあ実力もさることながら、既存のS級冒険者の性質に比べれば、うちの大陸は至極真っ当! と、そんな感じで受け入れやすかったようである。


 そんな訳でS級冒険者となる基盤を固めたヴァン達は、次に最後の昇級条件を達成する為の行動を開始した。


①A級以上の依頼を10回連続で成功。

②S級相当の依頼を達成した経験がある。

③冒険者ギルドを置く中規模国家以上の2国の国王から許可を得る。

④S級冒険者立会いの下、昇格試験に合格する。


 S級冒険者へ昇級する為には、以上の条件を満たす必要がある。①と②は既に達成している。となれば、あとは③と④になる訳だが…… ヴァン達は残りの条件を満たす為、とある場所を訪れていた。


 ―――グレルバレルカ帝国、北大陸最大規模の超大国である。そして、いきなり王座へ。


『ご、ご機嫌麗しゅう存じます。我ら三名、要請に応じ馳せ参じました』

『……(アセアセゲキアセ)』

『そんなに緊張しなくたって良いわよ。別に取って食べようって訳じゃないんだから』


 グレルバレルカ帝国、その王座でヴァン達を待っていたのは、他でもない彼の国の女王であった。流れと勢いに押されたまま、不用意にここまで来てしまったヴァン達であったが、今になって少しばかり後悔をし始めている。王座には護衛がおらず、今は女王ベルとヴァン達のみでの謁見中。普通であればあり得ない警備態勢だが、彼女を前にしていると、何となくその意味が分かってしまう。


『……(ギュインギュイン)』

『こ、こらジーマ、鉱石磨きは止めろって言っただろ!? お願い、今だけは勘弁して……!』

『フン、やっぱり変なのも交じっているみたいね。ハァ、どうして素質のある奴って、基本的に変人なのかしら?』


 女王の溜息と共に、鋭い視線がドルモに突き刺さる。


(いやいや、圧がやば過ぎでしょ……! と言うか、今のタイミングなら視線を向ける先はジーマでしょ……!?)


 紅髪の女王、ベル・バアルは小柄であり、一歩間違えれば子供にも見えてしまう容姿をしているのだが、彼女の放つプレッシャーは戦闘モード時のヴァン以上であった。正直に言ってしまえば、ドルモは凄まじくビビっていた。こんな怪物が王であるのなら、そりゃ警備も必要ないだろうと、心の中でツッコミを入れまくっているほどだ。


(し、しかし…… なるほど、ヴァンと同じ大魔王クラスでも、やっぱり格差はあるって事か。流石は超大国の頂点……! けど、彼女ならひょっとして……?)


 その上でドルモは思う。これだけの力を有する女王であれば、自分達以上にこの世界に詳しく、人脈や情報網も広い筈。今日は昇級の為の試験兼、国王からの許可を貰いに来たのだが、それとなくヴァンについての情報を伺った方が良いだろうな、と。


 金にのみ執着していると、そんな印象を受けてしまう彼であるが、仲間のヴァンとジーマを大事に想っていない訳ではなく、実のところはできる範囲で力を貸そうと真面目に考えてもいる。ヴァンが彼にも懐いているのは、まあそういう訳なのだ。


『へぇ、緊張している癖に、何か聞きたそうな顔をしているわね?』

『えっ!? わ、分かるのですか……?』

『私、悪魔一倍勘が鋭い方だから。まっ、北大陸で有望な悪魔の冒険者が現れたって聞いて、突然呼び出しちゃったのは私の方だし、それくらいは特別に許してあげようかしら。で、何を聞きたいの?』

『あ、ありがとうございます! 実は―――』


 これまでの経緯をかいつまみ、丁寧に良い感じに伝えるドルモ。意外な事に、ベルは彼の話に興味が湧いたらしく、心なしか放っていたプレッシャーも弱くなっていた。


『―――と、そい言う事でして……』

『ふーん、ヴァンの出自について、ねぇ? 鎧の体でそれだけ強ければ、否が応でも有名になると思うのだけれど…… 貴方達が冒険者として名前が売れる以前に、そんな悪魔の話を聞いた覚えはないわ。残念だけど、力になれそうにないわね』

『そ、そうですか……』

『……(シュン)』

『……(ギュインギュイン)』


 北大陸の頂点とも呼べる存在も、それらしい情報を知らない。その事実はヴァン達に相当なショックを与えていた。何せ、一番の希望が潰えてしまったのだ。その衝撃は語るまでもないだろう。


『……まあ、違う動く鎧なら知ってるけど』

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